第1話

文字数 2,647文字

1学年上の先輩に恋をした。些細な出来事かもしれないけど私にはそれだけで十分で、あの日から世界は輝いて見えた。だから今日先輩に告白する。胸のモヤモヤを晴らして先輩と一緒にいたいと思うから。
私だけの教室に時間ピッタリ、先輩がやってきてくれた。2人きりという事実に胸が高鳴り嬉しさのあまり倒れそうだ。しかし告白を前に私は冷静さと羞恥、最悪の場合を考えてしまった。
「あの……先輩…」
口から心臓が飛び出そうなくらいの緊張が身体を支配して、まるで自分の身体じゃないようにカチカチに固まってしまう。言いたい事は昨日の夜いっぱい考えてきたのに頭は真っ白になってしまう。
「…私…私……」
先輩は何も言わずに待っていてくれた。微笑む顔に安心して一番言いたかったことを声に出す。
「先輩の事が大好きなんです!…私と付き合ってください」
徐々に声が小さくなるのが自分でもわかる。先輩は苦笑いで私の頭を撫でた。
「気持ちは嬉しいけどゴメンね…付き合えないや」
足場が崩れるように私はその場に座り込んだ。
「でも嬉しかったよ…また明日」
先輩は帰ってしまう。告白に失敗すると悲しかったり寂しかったりで泣いてしまうと失恋ソングは歌っていたけど、実際はまったく違った。
全身に血が巡るように虚しいという感情が私を襲う。フラれた実感が徐々に身体を蝕んで壊れたように涙が溢れる。私はフラれたのだ、先輩に。事実だけが重くのし掛かる。
「おい、何泣いてんだよ!」
突然の呼び掛けに俯いていた顔を上げる。
「……亮平」
幼馴染みの亮平がそこにはいた。心配そうな顔で私を見ている。
「…なによ」
「いやっ……泣き顔ブスだなぁ~と思って」
「なによ…その言い方!ブスなんかじゃ…」
言葉が喉奥で詰まる。私がもっと可愛かったら先輩も受け入れてくれたんじゃないのか。私は先輩の好みにはなれなかったんだ。可愛くないから。自己嫌悪が頭をグルグルと回り涙が更に流れ出る。
「え、あっオイ!泣くなって」
亮平が慌てて何かを言ってはいるが小さくて聞こえない。
「……落ち着けって」
ポンッと頭の上に手が置かれる。温かい……
「ほら、帰るぞ」
差し出された手を握る。小さい頃は大きさも変わらなかったのに亮平の手はゴツゴツとして男らしかった。だけど温かく、安心する手だ。
「……うん」
少し後ろで手を引かれながら教室を出る。不意に亮平が扉の前で立ち止まる。
「なぁ…俺らって長い付き合いじゃん?」
「うん」
「……俺じゃダメか」
時が止まるような気がした。亮平は振り返らずに話を続ける。
「なんだかんだ言っても俺はお前のこと嫌いじゃないし、むしろ…たぶん…好きだ」
「なによ突然」
「頼む…お試しだと思ってくれていいから、お前の隣にいさせてくれ」
心の中を埋め尽くしていたモヤモヤが晴れていくように感じた。
「私…亮平なんか嫌い……すぐにブスって言うしウザいし…大嫌い」
「知ってる」
「……だけど断れないよ……同じくらい好きだから」
抱き締めてくれた亮平の体温は溶けてしまいそうなほど温かい。
「亮平…ここに来るまでに誰かに会った?」
「誰にも会ってないけど誰かいたの?」
「……大嘘つき…」
私が呟く。本当は亮平が………
私は本当は知っている。さっき聞こえてしまい知ってしまったが正しいが。
「ありがとう亮平」






アイツが帰っていない。部活終わりの亮平は待てど来ない幼馴染みに不安を抱いていた。
同じクラスメイトを掴まえて聞く。なんでもクラスにまだ居るらしい。
「ったくよぉ~なにやってんだアイツ」
足早に迎えに行く。廊下を曲がろうとしたところで1年上先輩が教室から出てくる。とっさに角に身を潜める。どうやら電話に夢中で気づいていない様子で馬鹿みたいに大声で喋っている。
「今告られたよ~ってことで賭けは俺の勝ちだから何か奢れよ……あぁ断るに決まってんだろうよ、興味ないって」
頭は決して良くないが亮平はわかってしまった。コイツに幼馴染みは騙された挙げ句に傷つけられたんだと。
頭に血が上り、握りしめた手に爪が食い込む。
「……先輩」
「あ、何?俺忙しんだよね」
「アイツ騙して楽しかったんですか」
「アイツ……あぁ…あのブスね」
次の瞬間身体が勝手に動いていた。床にカバンを投げると先輩の胸ぐらを掴むと壁に叩きつけていた。年齢は1歳しか変わらないなら運動部の亮平が有利だ。見たところ先輩は細身で文化部のようだし。
「いっ……てぇ」
「…アイツに二度と近づくんじゃねぇぞ」
「なにお前…もしかしてあのブスが好きなわけぇ!?」
「……あぁ悪いか…お前が傷つけたんなら俺も同じくらいの思いをさせてやってもいいんだぞ」
地を這うような低い声に先輩は怯えきってしまう。
「わ…わかった…わかったから」
投げ捨てるように床に叩きつければ先輩は覚束ない足取りで逃げ帰っていった。カバンを拾い上げてアイツの元に急ぐ。扉を開ければ座り込んだ幼馴染みが泣いていた。心底腹がたった。
あんなクズのせいで幼馴染みが泣いている。
顔を見ればいっそう酷かった。目蓋は赤く腫れ、目は充血しており、涙と鼻水でグシャグシャの顔。そんな顔を見てしまい亮平は隠していた本音を言ってしまった。
「……俺じゃダメか」
幼馴染みが唖然としている。秘めているつもりだった。相手は自分をただの幼馴染みとしか思ってないのなら自分に嘘をついて秘密にしておこうと思ってた本当の気持ち。
「なんだかんだ言っても俺はお前のこと嫌いじゃないし、むしろ…たぶん…好きだ」
違う、本当は大好きだ。だけど肝心なところでいつも素直になれない。本当は昔からずっと大好きなんだ。だから……
「頼む…お試しだと思ってくれていいから、お前の隣にいさせてくれ」
真剣に伝える自分の想い。アイツは俯いて肩を震わせていた。
「私…亮平なんか嫌い……すぐにブスって言うしウザいし…大嫌い」
「知ってる」
だけど好きなんだ。だから……
「……だけど断れないよ……同じくらい好きだから」
思わず両腕で抱き締めていた。久しぶりのアイツは小さくて、か細くて、弱々しく感じた。
「亮平…ここに来るまでに誰かに会った?」
「誰にも会ってないけど誰かいたの?」
秘密にしておこう、クズな先輩の事は。きっとそれがいい。嘘のまま僕の中に止めておこう。
手を繋いで帰るいつもの道。後ろの影は寄り添い離れても指先だけは繋がっていた。



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