第1話

文字数 1,881文字



「大人はみんな嘘つき」

 秘密基地の窓枠に座ったマニは、頬を膨らませてそっぽを向く。

「子供だって嘘つきだよ」

 私が反論すると、余計にむすっとして、足をバタつかせた。

「なにそれ、大人みたい」

 私はポケットからお菓子を取り出して、マニに差し出す。マニは私の手からお菓子をひったくると、すぐに食べ始めた。
 私は途方にくれた。一度こうなったマニは、手がつけられない。まだ夕暮れには程遠いのに、せっかく秘密基地にいるのに。
 私が解決策を考えようと外に出ると、ちょうどキリエが来た。慌てているようで、ぜいぜいと息を切らしている。

「おばけでも見たの?」
「いや、おばけなんて、ものじゃない」

 私の問いかけにキリエは切れぎれに答え、ふらふらと中に入って大の字に寝そべった。相当走ってきたようで、なかなか回復しない。

「で、なんでそんなに走って来たわけ?」

 苛立ったマニの声にキリエは起き上がり、ニカっと歯を見せる。そしてポケットからコインを取り出し、私たちに見せる。古い形だけれどきれいに磨かれていて、きらきらと光を反射させている。

「まさか、それを見せるために?」

 マニの怪訝そうな顔に、キリエは首を降る。

「きっと事件の鍵なんだよ、これ!」

 興奮するキリエに、私とマニは顔を見合わせる。

「事件?」
「川のほうで、ひったくりがあったんだ。そのひったくりを追いかけて捕まえようとしたんだけど……流石ににげられちゃった」

 キリエは笑う。

「それで、そのコインとどう関係があるの?」
「現場に戻ったら、今度は爆発騒ぎがあったんだ!」
「爆発?」

 そういえば、こっちの方にも大きな音が聞こえてきた気がする。その時は、マニの相手をしていて気に留めなかったけれど。
 キリエは得意げにふんぞり返る。

「あのあたりは工場があるでしょ? 煙がもくもくあがって、大変だったんだよ」
「中にいたから、全然わからなかった」
「もったいない、すごい迫力だったのに」
「結局、コインはなんなの?」

 マニが指で窓枠を叩く。

「ひったくりの現場にあったんだ。きっと犯人が盗もうとして、落としたものだよ。これが犯人逮捕につながって、有名人になっちゃうかも!」

 鼻高々にキリエが言い放つ。私とマニは再び顔を見合わせ、首をすくめた。

「キリエ、流石にそれは無理があるよ」
「まったく、すぐに調子に乗るんだから」

 称賛を受けられなかったのが不満なのか、今度はキリエまでもがふくれっ面になる。

「本当に証拠になるんなら、持ってきちゃダメじゃないの?」

 私の言い分に、キリエはぎくりと震える。

「おばけのほうが、まだ信じられる」

 マニはやれやれと首を振ると、秘密基地から出ていった。キリエは当てが外れたのが相当堪えたのか、がっくりと項垂れて動かない。
 私はテーブルの上に置かれた光るコインを見つめていた。古い意匠が、丹念に磨かれている。持ち主はかなり愛着があるのだろう。表面を指でなぞると、ある疑問が浮かんできた。
 私はその疑問を確かめるべく、外に出た。あたりを探すと、マニは木陰から街を見下ろしていた。マニは私を一瞥して、興味がなさそうに街に視線を戻した。私もマニの隣に並ぶ。爆発があったという川沿いは、遠くからだといつも通りに見えた。

「マニは爆発に気づいてたんじゃないの?」

 疑問を尋ねる。マニは、

「私、もう大人だから」

 と笑った。
 その笑顔を見て、まるで探偵みたいなことをしてしまったと反省した。取り繕うと息を吸うが、一つも言葉が出てこなかった。
 やがてキリエが秘密基地から出てきて、「やっぱり喉が乾いた」と街のほうに走っていった。

「あんなにへとへとだったのに」

 マニがまた笑う。今度はいつも通りの笑顔だった。私は心の内でキリエに感謝した。

「今日は何をしようか」

 私が聞くと、マニは、

「何もしなくてもいいんじゃない」

 と伸びをして、秘密基地の中へと戻っていった。私も追って入ると、机の上にコインが置きっぱなしになっていた。

「キリエ、忘れてんじゃん」

 マニが手に取り、指で弾きあげる。手の甲に受け取り、見えないように私に差し向ける。

「裏」
「ざんねん」

 マニが手をどけると、コインは裏を向いていた。マニは面白くなさそうにコインを私に放り投げる。慌ててキャッチすると、マニはまた窓枠に寄りかかっていた。しかし、さっきよりも少し楽しそうな顔をしていた。

 私は手の中のコインを見る。なんだか愛おしく思えてきた。そのコインは、私とマニの間に舞い降りた一匹の妖精のようだった。

「持ち主を探さないと」
「相変わらず真面目。探偵じゃないんだから」

 マニは呆れ顔で答えた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み