第1話

文字数 2,952文字

昔々、有る所に、おじいさんとおばあさんが仲良く暮らしていました。
ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が「どんぶらこっこ、どんぶらこっこ」と流れて来たのです。
おばあさんは大きな桃を川から拾うと「ヨッコラショ」と抱き抱え「ニコニコ」しながら家に帰って行きました。
やがて、柴刈りから帰って来たおじいさんが大きな桃を二つに割ると、なんと、中から玉の様な男の子が出て来たのです。
おじいさんとおばあさんは大喜びで、桃から生まれた男の子を大切に育てる事にしました。
ある日、おばあさんが言いました。
「おじいさん、そろそろこの子の名前を決めなければいけませんね」
「そうだねー、何時までも名無しと言う訳にもいかないし」
二人はお茶を啜りながら、一生懸命に考えました。
やがておじいさんは右手を広げると「一、二、三」指折り数え始めたのです。
「おばあさんや、やはり桃五郎が良いかねー」
「ほんとですね、おじいさん。それしか思いつきませんねー」
おばあさんも、おじいさんの話に賛成しました。
そんな訳で、桃五郎と名付けられた男の子は、「すくすく」と元気に育っていきました。
或る日、おじいさんは茣蓙(ござ)を売るため里へ下りて行くと、「鬼ヶ島の鬼たちが里の人々の金銀財宝を奪っている」、と聞かされたのです。
おじいさんは、夕ご飯の時。
「おばあさんや。里の人々は鬼ヶ島の鬼の為に、大変な難儀をしているらしい、本当に困ったものじゃ」
おじいさんは溜息を付きながら話しました。
「ほんとに、困りましたね。何とかしなければいけませんね」
おばあさんも、困惑顔を天井に向けて嘆きました。
其の時,横で聞いていた桃五郎が瞳を輝かせて言ったのです。
「おじいさん、おばあさん。鬼ヶ島の鬼は私が成敗してまえります」
桃五郎は勢い込んで言いました。
おじいさんは桃五郎の話を聞くと、おばあさんの顔を見つめて言いました。
「おばあさんや、どうかね」
おばあさんは何故か、今にも泣き出しそうな顔をして。
「おじいさん。私は心配ばかりしていた、あの時の辛い思いはもうしたくないのです」
おばあさんは、おじいさんを見つめて言いました。
「おばあさんの気持ちはよく分かるよ。だが、里の人達の難儀を、このままにしては置けないじやろーが」
おじさんは優しい声で語り掛けたのですが、おばあさんを見つめる二つの眼は、何故か光っていました。
「おじいさんの言う通りですね」おばあさんは悲しそうな顔で頷いたのです。
おじいさんは、桃五郎に向き直ると、
「桃五郎や、よく言ってくれた。鬼ヶ島の鬼を退治して来ておくれ」
「分かりました。おじいさん、僕にお任せください」
桃五郎の顔が嬉しそうに輝きました。
「さて、そうと決まれば桃五郎や、そなたに話しておかねばならぬ事が有る」
「桃五郎、そなたには四人の兄がおっての。長男は桃太郎、次男は桃次郎、三男は桃三郎、四男は桃四郎、そしてそなたを入れて五人兄弟になる。そなたの兄たちは鬼ヶ島に行って鬼退治をして来てくれた。だが、鬼ヶ島から金銀財宝を持って帰ると、不思議なことに皆が家を出て行ってしまうのじゃ」
「ふー」おじいさんは深い溜息を付きました。
「おじいさん、大丈夫ですよ。そんな事、私はしませんから。何時までも、何時までも、おじいさんとおばあさんの側を離れません」
「そうか、そうか、桃五郎や、嬉しいよ」
おじいさんは涙を流して喜びました。
翌日の朝、桃五郎はおばあさんに作って貰った黍団子を背に、鬼ヶ島に向って勇んで行きました。
旅の途中、犬、雉、猿に出会うと、それぞれを家来にして鬼ヶ島に着きました。
鬼ヶ島の鬼は桃五郎を見ると。
「桃兄弟よ、また俺たちの金銀財宝を取りに来たのか」
青鬼は青ざめた顔で言うと。
「桃兄弟、刀を抜いて暴れ回るのはもう止めてくれ。俺はお前達兄弟と違い、暴力反対主義者だから降参するよ」
と言って、うんざりした顔で金銀財宝を桃五郎に差し出したのです。
赤鬼も顔を赤くして
「醜い争い事は俺も見たく無いから、降参するよ」
怒ったような顔で言うと、桃五郎にこれまた、金銀財宝を全て差し出したのです。
「赤鬼さん、青鬼さん、待ってください。これではまるで、私だけが暴力を働く極悪非道な人になってしまいます」
桃五郎は、青鬼、赤鬼が差し出したたくさんの金銀財宝を荷車に載せ、抜いた刀をギラツカセてうろたえた。
「なー、桃五郎よ。おぬしは何と言われて鬼ヶ島に来たのだ」
赤鬼は、砂浜に腰を下ろすと桃五郎に聞いた。
「はい。お爺さんの話によりますと、鬼ヶ島の鬼達に里の人たちは金銀財宝を奪われて、大勢泣いていると言っていました」
桃五郎は、大きな声ではっきりと言った。
「桃五郎、よく聞けよ。お前に渡した金銀財宝は、里の人々から無理やり取ったのではないぞ。鬼ケ島では博打の鬼と言われる俺達が、里人と博打をやり勝ったのだ。云わば博打の戦利品なんだよ。里の連中は弱いくせに、博打好きが多いからな。フフフフ」
赤鬼は、大きな口を開け笑いながら話を続けて、「桃五郎よ、何で鬼ヶ島と云われるか、知っているか。鬼ヶ島には様々な鬼がおってな、俺達の様な【博打の鬼】も居れば【仕事の鬼】や【勉強の鬼】其れから【料理の鬼】など、など、ありとあらゆる事を極めようとしている、その道の鬼達が住んでいる島が鬼ヶ島なんだよ。分かったか、桃五郎」
「はー、何となく」
桃五郎は生返事をしながらも、焦点の無い目は中空を見つめていた。
その夜の晩御飯時、桃五郎一行は赤鬼と青鬼の家族に誘われた。
「ワイワイ、ガヤガヤ」賑やかで、そして楽しい食事の時間が終わると、桃五郎のお供をして来た猿、キジ、犬は赤鬼や青鬼の子供たちと一緒に鬼ごっこをして遊んでいた。
「なー、桃五郎よ」青鬼は子供たちの鬼ごっこに目をやりながら話出した。
「赤鬼の言う事が嘘だと思うなら、此の金銀財宝を持って帰りな、そうすれば正義の味方は誰なのかがやがてわかるだろうから」
「はい、青鬼さんの云う通りにします」
桃五郎は、荷車に金銀財宝をいっぱい積み込むと、勇んで家に帰りました。
家では、おじいさんとおばあさんが玄関で出迎えて
「桃五郎や、帰って来たか。無事で何より、良かった良かった」
おじいさんとおばあさんは大喜びしました。
翌日の朝、おじいさんは里の人々に返すため、金銀財宝をいっぱい積んだ荷車を引いて出かけました。
おじいさんが里迄降りて来ると、駕籠かき達が道の真ん中で丁半博打をやっていたのです。
これまでにこやかだったおじいさんの目が、突然ギラリと光ったのです。
その日以来、おじいさんは三日経っても家に帰って来なかった。
「桃五郎や」。おばあさんは、滴り落ちる涙を拭いながら言いました。
「おじいさんはね、ホントはとんでもない博打狂いの男なの。今回も今までと同じ様に、金銀財宝すべてを博打で摩るまで帰って来ないとあもいます」
「フー」
おばあさんは、一息吐くと立ち上がり、鬼の様な形相で箪笥の引き出しを開けました。
箪笥の引き出しから、古い離婚届を取り出すと、墨をすり始めたのです。
そんな、怖い怖い顔のおばあさんを見ていた桃五郎は項垂れ、四人の兄達と同じ様に、トボトボと重い足を引きずりながら、家を出て行ってしまったのです。


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