REASON
文字数 4,994文字
「パシーマ。すまないが少し付き合ってくれないか?」
夜の食事を終えた頃の急な来客は先生 だった。
「どうしたの先生 !?」
「お前に話しておきたい事があるんだ」
事情を知っていたのか、驚いたのはあたしだけで……父さん も母さん も、何も言わずにあたしを送り出した。意味もわからないまま、あたしは先生 と一緒に家を出た。
夜空には満月が輝いていた。
「今夜はいい満月 だ」
呟くように言いながら、先生 はあたしの家の裏からシユ河まで続いている林の小道を歩いた。
「お前ももうすぐ15歳か。早いものだな」
「……ねぇ先生 、あたし何か怒られるような事した?」
「どうかな。お前はお転婆が過ぎるからな」
先生 は冗談っぽく言うだけで、何も教えてはくれなかった。
ほどなくしてシユ河に出た。
「パシーマ!」
あたし達がシユ河に着いた頃、対岸の林に人影が見えた。
「シュルティナ?!」
聞き覚えのある声にあたしが呼び返すと、シュルティナが手を振った。
シュルティナは、シユ河を挟んで対岸に住んでいる農園の娘。少し遠いあたしの隣人。同い年で、生まれた日も同じ幼馴染みだ。
シュルティナは浅くなっているシユ河を対岸 に向かって渡り出した。
そして、先生 に駆け寄ると、その手をとった。シュルティナは、あたしと先生 が一緒にいる事を知っていたようだった。
「先生 が王都に戻るって、本当ですか?!」
「……え?」
驚いた。今度はあたしが知らない事だったから。
「……やれやれ、村の情報網も侮ってはいけないな」
先生 は困ったように頭を掻いた。
「先生 それ……本当なの?!」
「ああ、本当だ。その話をしたくて、お前達を呼び出したんだ。ちゃんと理由を話しておきたくてな」
言いながら河原の砂利に先生 が座ると、あたし達も先生 を挟むように両脇に座った。
「まず信じて欲しいのは、この村で診療所を続けるのが嫌になったわけじゃない」
先生 の本業は医者だった。
村で唯一の小さな診療所を営む傍ら、空いた時間を見つけては隣に建てた小屋に村の子ども達を集めて、勉強を教えてくれていた。あたし達が物心ついた頃には、先生 はもう先生 だった。
医者としての腕も評判が良かった先生 には、これまでも何度も王都に戻って診療をするように要請が出ていたらしいけど、先生 はそれを拒んでいた。
そんな先生 が突然、王都に戻ると言い出した。驚かないはずがない。
「じゃあ、なんで王都に戻るなんて言うの?!」
当然、あたしもそんな事は大反対だった。
「だから理由を話すと言っただろう?まずは話を聞いてくれ」
言われて、あたしは山の様に積もった不満を、一度飲み込んだ。
「私は、この村に"壁"を造らせたくないのだよ」
「……壁?」
あたし達が首を傾げると、先生 は目の前を流れるシユ河をなぞるように指を動かした。
「現王は、この河に沿って壁を築き国を分断するつもりだ」
知るはずのない事実に、あたし達は息を飲んだ。
「ここに……壁が出来るの?!」
「そうだ。お前達の家は、高い壁に隔てられる事になる」
まだ目の前に見えない壁を、あたしは想像することが出来なかった。
「壁を乗り越えての行き来は禁じられ、王都付近に設けた関所からのみ、多額の税の支払いと共に往来を認めるそうだ」
「……それじゃあ、お金の無い人達はどうなるのですか?」
「壁を越える事が出来なくなる。分かるか?このままでは、お前達はこうして気軽に会うことも出来なくなる」
「……そんな」
これまで毎日、それこそ家族以上に一緒に過ごして来たシュルティナに会えなくなる。壁は想像出来なかったけれど、"それ"は考えただけで、背筋が冷たくなった。
「何で……何でそんな勝手な事するの?!」
「人。物。金。その流れを握ることで、現王は更に我々を支配するつもりのようだ」
ずっと村に居るはずの先生 が政治に詳しい理由は、きっと先生 の世間話によく出てくる"王都に住む医者友達"からの手紙だと思った。
「壁が出来る事と、先生 が王都に戻る事に何の関係があるんですか?!」
珍しく、シュルティナが声をあげた。
「……少し、昔の話をしよう」
そう言うと、先生 は夜空 を見上げた。
「私の家は、代々医者の家系でね。私の3人の兄も医者なんだ。3人は王都や町でそれぞれ診療所に勤めている」
初めて知った先生 の過去だった。
「末っ子の私だけがこの村に派遣 された。どうしてかわかるか?」
あたし達は顔を見合わせて……首を横に振った。
「私が、女だからだ」
先生 は、苦笑いを浮かべながら言った。
「神聖なる王都に女医 は要らない。田舎の人間
「なんだよそれーー」
「まぁ待て。怒らず最後まで聞いてくれ」
思わず怒りを漏らしかけた私を、先生 が制した。
「当時の私は、憤慨していた。そんな理由だけで、どうして私が村
「……」
寂しそうな先生 の顔に、あたしは返す言葉がなかった。
「父の命令は絶対だったからな。私は15年前にこの村にやって来た。最初は嫌で仕方がなかった。王都の暮らしとは全てが違ったからな。昼夜を問わずに診療所のドアを叩く村人達。休日なんて勿論ない。私の苛立ちは日々募るばかりだった。一日も早く王都へ帰りたかった」
それは、今の先生 からは想像できない姿だった。今の先生 は、村の誰よりも働く人だったから。
「ひと月経った頃、私は無理矢理を休診日を作った。そしてその日、王都へ帰る計画を立てた。荷物をまとめて、診療所を出ようとした時、急患がやって来た。子どもが生まれそうなのだが、お産婆が来ないと農夫は困り果てていた。私は無理矢理家まで連れていかれ、結局赤ん坊のお産に立ち会った」
先生 はあたしを見ながら言った。
「くたくたで診療所に戻った時には昼過ぎだった。それでも今度こそ王都へ帰ろうとした私を、再び急患が止めた。また子どもが生まれそうだという。しかもまた、お転婆が来ないと」
先生 は、その頃を懐かしむように笑った。
「2人目の子は難産だった。無事生まれた頃には夜だった。私はよれよれになって診療所へ戻った。王都へ帰るはずの休日は、とっくに終わっていた」
今度はシュルティナを見ながら言った。
「翌日、二人の農夫が揃って診療所を訪ねて来た。手土産にお互いの畑で採れた沢山の作物を持って。そして私に言ったんだ」
そう言うと、先生 は急に両腕を広げてあたし達の肩に腕を回して抱き寄せた。
「"この子達の名付け親になってくれないか"……って」
あたしもシュルティナも、先生 の横顔越しに顔を見合わせた。
「昼に生まれた元気な声の女の子。あの日見上げた太陽から輝く太陽 と名付けた。その名に恥じない元気なお転婆娘に育ったよ」
胸が、すごい速さで弾んでいた。
「夜に生まれた小さな女の子は、遠慮がちに泣いていたな。あの夜見上げた月から静寂なる月光 と名付けた。名前の通り、穏やかで優しく、賢い子だ」
それはきっと、シュルティナも同じ。
「驚いたよ。私の育った王都では、女が子どもに名前をつけるなんて考えられない事だったからな」
先生 が「もう、わかったろう?」と言った時には、シュルティナは涙を溢しながら鼻をすすっていた。
「
「……なにも、じでまぜん」
シュルティナが泣きながら首を振った。
「救ってくれたさ。私をこの村に留めてくれた。だから私は知る事が出来たんだ。村の人達が昼夜問わずに診療所を訪れるのは、昼夜問わずに働いているからだ。それを知らず非常識と罵り差別していた私に、""生きる"という事の本当の意味を教えてくれた。"あらゆる壁"に囲まれた王都に居ては、きっと気付けなかった事だ。この村に、壁など造らせてはならないんだ」
月明かりを写した先生 の目は、鋭く光っていた。
「一度は私を切り捨てた父だったが、何処からか噂を聞き付けたのだろう。私に王都へ戻るよう催促するようになった。もちろん断り続けたが……そんな折りに今回の"壁"の話を知った。偶然、父の患者に現王の側近がいるらしくてな。"もしも私が王都に戻って来るのなら、分断 の件に口を出してやる"。そう条件を出してきた」
「……そんなの酷いよ!」
親が自分の娘を脅すなんて、信じられなかった。
「ああ。そうだな。だがこれは、私にとっても武器になる。私が王都に戻る代わりに、壁の件は撤回するよう交渉出来るかもしれないからな。私はもう、あの頃の父に言いなりの私とは違うのだから」
そう言って、先生 は強く拳を握った。
「もしもこのまま何もせず壁が作られて、お前達が離ればなれになってしまったら、私はきっと死ぬほど後悔する。だったら、少しでもやれる事をしたい。お前達を今まで通りただの隣人の幼馴染みのままで居させてやりたいんだ」
そう言って、先生 は笑ったけどーー
「……嫌でず。行がないでぐだざい」
声にならない声で、シュルティナが言った。
「二度と戻らないのではない。必ず村 に戻って来る。私はこの村が好きなんだ」
そう言って、先生 はシュルティナの頭に自分の頭を擦り付けた。
「それまで勉強小屋を留守にする。シュルティナ、お前は誰よりも優しく賢い子だ。私が帰ってくるまで、私の代わりに子ども達に読み書きを教えてやって欲しい。頼めるか?」
少し時間をあけてから、シュルティナは黙って頷いた。そして、大声でわんわんと泣いていた。
「寂しくなったら空を見るといい。どこにいても空は繋がっている」
あたし達にそう言って、先生 は満月 を指した。
「月も、太陽も、きっと見える。私もそうするから」
ひとしきり泣いてシュルティナが落ち着いた頃に、あたし達はシュルティナと別れた。
シユ河からの林の小道を、今度はあたしの家に向かって歩いた。
「パシーマ、お前にも頼みたい事がある。さっきはシュルティナが居たから伏せたがーー」
先生 は立ち止まると、振り返ってあたしを見た。
「自分を過大評価する気はないが、私が村を離れても、子ども達の心が挫けぬように支えてやって欲しい。ついでにシュルティナもな。あいつは幾つになっても泣き虫だから」
先生 は困ったように言った。その顔は、本当の母親のようだった。
「月が光るのは、太陽が輝いているからだ。お前が元気でいてくれる事で、いつもシュルティナは笑っていられた。私や村の子ども達もそうだ。お前の元気な姿に救われたのは、一度や二度ではない。これからも二人で支え合って、私が帰るまでみんなの面倒をみて欲しい。頼めるか?」
「もちろん!任せて先生 !」
あたしは胸を張って答えた。
先生 の気持ちを聞かされた以上、シュルティナみたいに駄々をこねるわけにもいかなかったし、何より先生 に余計な心配をかけたくなかった。
「あのガキんちょ共はちゃんと面倒みておくよ!あの泣き虫 も一緒にね!大丈夫。心配しないで!」
強く頷くと、先生 はあたしを抱き寄せて、シュルティナと同じように頭を擦り付けた。
「お前は幾つになっても、強がりが下手だな」
「……」
でも、そんなあたしの気持ちを、先生 はお見通しだった。
「……だから絶対に、帰ってきて」
「もちろんだ。いつかお前達の子どもをとりあげる事が、今の私の生きる目的だからな」
「……先生 」
「うん?」
「……1回だけなら、泣いてもいい?」
「ああ。もちろんだ」
そう言って、先生 は笑みを浮かべながら、初めて大粒の涙を溢した。
あたしも、これが最初で最後と決めて目一杯泣いた。河の向こうのシュルティナに、聞こえない事を祈りながら。
数日後。
先生 が村を発つ時、村中皆で見送った。
先生 の居ない間、村の診療所には、王都から例の医者友達が来てくれるように、先生 が手紙を送ってくれた。
行かないでとグズる子ども達に混じって、やっぱりシュルティナ は泣いていたけど、先生 はずっと笑顔を絶やさなかった。
あたしも、ずっと笑っていた。それが、先生 との約束だったから。
王都へと続く道を振り返る事無く歩きながら、先生 は一度だけ、空に向かって指を立てた。
きっとあたし達だけが、その意味を知っていた。あたし達は先生 の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
見上げた空には、太陽が輝いていた。
おわり。
夜の食事を終えた頃の急な来客は
「どうしたの
「お前に話しておきたい事があるんだ」
事情を知っていたのか、驚いたのはあたしだけで……
夜空には満月が輝いていた。
「今夜はいい
呟くように言いながら、
「お前ももうすぐ15歳か。早いものだな」
「……ねぇ
「どうかな。お前はお転婆が過ぎるからな」
ほどなくしてシユ河に出た。
「パシーマ!」
あたし達がシユ河に着いた頃、対岸の林に人影が見えた。
「シュルティナ?!」
聞き覚えのある声にあたしが呼び返すと、シュルティナが手を振った。
シュルティナは、シユ河を挟んで対岸に住んでいる農園の娘。少し遠いあたしの隣人。同い年で、生まれた日も同じ幼馴染みだ。
シュルティナは浅くなっているシユ河を
そして、
「
「……え?」
驚いた。今度はあたしが知らない事だったから。
「……やれやれ、村の情報網も侮ってはいけないな」
「
「ああ、本当だ。その話をしたくて、お前達を呼び出したんだ。ちゃんと理由を話しておきたくてな」
言いながら河原の砂利に
「まず信じて欲しいのは、この村で診療所を続けるのが嫌になったわけじゃない」
村で唯一の小さな診療所を営む傍ら、空いた時間を見つけては隣に建てた小屋に村の子ども達を集めて、勉強を教えてくれていた。あたし達が物心ついた頃には、
医者としての腕も評判が良かった
そんな
「じゃあ、なんで王都に戻るなんて言うの?!」
当然、あたしもそんな事は大反対だった。
「だから理由を話すと言っただろう?まずは話を聞いてくれ」
言われて、あたしは山の様に積もった不満を、一度飲み込んだ。
「私は、この村に"壁"を造らせたくないのだよ」
「……壁?」
あたし達が首を傾げると、
「現王は、この河に沿って壁を築き国を分断するつもりだ」
知るはずのない事実に、あたし達は息を飲んだ。
「ここに……壁が出来るの?!」
「そうだ。お前達の家は、高い壁に隔てられる事になる」
まだ目の前に見えない壁を、あたしは想像することが出来なかった。
「壁を乗り越えての行き来は禁じられ、王都付近に設けた関所からのみ、多額の税の支払いと共に往来を認めるそうだ」
「……それじゃあ、お金の無い人達はどうなるのですか?」
「壁を越える事が出来なくなる。分かるか?このままでは、お前達はこうして気軽に会うことも出来なくなる」
「……そんな」
これまで毎日、それこそ家族以上に一緒に過ごして来たシュルティナに会えなくなる。壁は想像出来なかったけれど、"それ"は考えただけで、背筋が冷たくなった。
「何で……何でそんな勝手な事するの?!」
「人。物。金。その流れを握ることで、現王は更に我々を支配するつもりのようだ」
ずっと村に居るはずの
「壁が出来る事と、
珍しく、シュルティナが声をあげた。
「……少し、昔の話をしよう」
そう言うと、
「私の家は、代々医者の家系でね。私の3人の兄も医者なんだ。3人は王都や町でそれぞれ診療所に勤めている」
初めて知った
「末っ子の私だけがこの村に
あたし達は顔を見合わせて……首を横に振った。
「私が、女だからだ」
「神聖なる王都に
でも
診ていろ。そう父から言われた」「なんだよそれーー」
「まぁ待て。怒らず最後まで聞いてくれ」
思わず怒りを漏らしかけた私を、
「当時の私は、憤慨していた。そんな理由だけで、どうして私が村
なんか
に行かねばならないのか、と。パシーマ、私も当時は村の人間を毛嫌いしていたんだ。父を責める資格はない。すまないな」「……」
寂しそうな
「父の命令は絶対だったからな。私は15年前にこの村にやって来た。最初は嫌で仕方がなかった。王都の暮らしとは全てが違ったからな。昼夜を問わずに診療所のドアを叩く村人達。休日なんて勿論ない。私の苛立ちは日々募るばかりだった。一日も早く王都へ帰りたかった」
それは、今の
「ひと月経った頃、私は無理矢理を休診日を作った。そしてその日、王都へ帰る計画を立てた。荷物をまとめて、診療所を出ようとした時、急患がやって来た。子どもが生まれそうなのだが、お産婆が来ないと農夫は困り果てていた。私は無理矢理家まで連れていかれ、結局赤ん坊のお産に立ち会った」
「くたくたで診療所に戻った時には昼過ぎだった。それでも今度こそ王都へ帰ろうとした私を、再び急患が止めた。また子どもが生まれそうだという。しかもまた、お転婆が来ないと」
「2人目の子は難産だった。無事生まれた頃には夜だった。私はよれよれになって診療所へ戻った。王都へ帰るはずの休日は、とっくに終わっていた」
今度はシュルティナを見ながら言った。
「翌日、二人の農夫が揃って診療所を訪ねて来た。手土産にお互いの畑で採れた沢山の作物を持って。そして私に言ったんだ」
そう言うと、
「"この子達の名付け親になってくれないか"……って」
あたしもシュルティナも、
「昼に生まれた元気な声の女の子。あの日見上げた太陽から
胸が、すごい速さで弾んでいた。
「夜に生まれた小さな女の子は、遠慮がちに泣いていたな。あの夜見上げた月から
それはきっと、シュルティナも同じ。
「驚いたよ。私の育った王都では、女が子どもに名前をつけるなんて考えられない事だったからな」
「
だから
かな。他にも沢山の子ども達をみてきたけど、やっぱりお前達は特別だった。お前達の成長を見守る事が、私の生き甲斐になっていた。それ以来、王都に戻りたいなんて思うことは無くなった。私の休日を潰した本人達に、私は救われたんだ」「……なにも、じでまぜん」
シュルティナが泣きながら首を振った。
「救ってくれたさ。私をこの村に留めてくれた。だから私は知る事が出来たんだ。村の人達が昼夜問わずに診療所を訪れるのは、昼夜問わずに働いているからだ。それを知らず非常識と罵り差別していた私に、""生きる"という事の本当の意味を教えてくれた。"あらゆる壁"に囲まれた王都に居ては、きっと気付けなかった事だ。この村に、壁など造らせてはならないんだ」
月明かりを写した
「一度は私を切り捨てた父だったが、何処からか噂を聞き付けたのだろう。私に王都へ戻るよう催促するようになった。もちろん断り続けたが……そんな折りに今回の"壁"の話を知った。偶然、父の患者に現王の側近がいるらしくてな。"もしも私が王都に戻って来るのなら、
「……そんなの酷いよ!」
親が自分の娘を脅すなんて、信じられなかった。
「ああ。そうだな。だがこれは、私にとっても武器になる。私が王都に戻る代わりに、壁の件は撤回するよう交渉出来るかもしれないからな。私はもう、あの頃の父に言いなりの私とは違うのだから」
そう言って、
「もしもこのまま何もせず壁が作られて、お前達が離ればなれになってしまったら、私はきっと死ぬほど後悔する。だったら、少しでもやれる事をしたい。お前達を今まで通りただの隣人の幼馴染みのままで居させてやりたいんだ」
そう言って、
「……嫌でず。行がないでぐだざい」
声にならない声で、シュルティナが言った。
「二度と戻らないのではない。必ず
そう言って、
「それまで勉強小屋を留守にする。シュルティナ、お前は誰よりも優しく賢い子だ。私が帰ってくるまで、私の代わりに子ども達に読み書きを教えてやって欲しい。頼めるか?」
少し時間をあけてから、シュルティナは黙って頷いた。そして、大声でわんわんと泣いていた。
「寂しくなったら空を見るといい。どこにいても空は繋がっている」
あたし達にそう言って、
「月も、太陽も、きっと見える。私もそうするから」
ひとしきり泣いてシュルティナが落ち着いた頃に、あたし達はシュルティナと別れた。
シユ河からの林の小道を、今度はあたしの家に向かって歩いた。
「パシーマ、お前にも頼みたい事がある。さっきはシュルティナが居たから伏せたがーー」
「自分を過大評価する気はないが、私が村を離れても、子ども達の心が挫けぬように支えてやって欲しい。ついでにシュルティナもな。あいつは幾つになっても泣き虫だから」
「月が光るのは、太陽が輝いているからだ。お前が元気でいてくれる事で、いつもシュルティナは笑っていられた。私や村の子ども達もそうだ。お前の元気な姿に救われたのは、一度や二度ではない。これからも二人で支え合って、私が帰るまでみんなの面倒をみて欲しい。頼めるか?」
「もちろん!任せて
あたしは胸を張って答えた。
「あのガキんちょ共はちゃんと面倒みておくよ!
強く頷くと、
「お前は幾つになっても、強がりが下手だな」
「……」
でも、そんなあたしの気持ちを、
「……だから絶対に、帰ってきて」
「もちろんだ。いつかお前達の子どもをとりあげる事が、今の私の生きる目的だからな」
「……
「うん?」
「……1回だけなら、泣いてもいい?」
「ああ。もちろんだ」
そう言って、
あたしも、これが最初で最後と決めて目一杯泣いた。河の向こうのシュルティナに、聞こえない事を祈りながら。
数日後。
行かないでとグズる子ども達に混じって、やっぱり
あたしも、ずっと笑っていた。それが、
王都へと続く道を振り返る事無く歩きながら、
きっとあたし達だけが、その意味を知っていた。あたし達は
見上げた空には、太陽が輝いていた。
おわり。