第1話

文字数 14,077文字

爆破プロ掟の男
 山工組THEヤクザ・テロリスト堀部
 
 晩秋の風がそよいでいる。夜も深夜1時となると、人通りは少なく、クラブやスナックの、出入り口を潜る者は減っていた。
 広島県広島市を大きく外れた、芸備線戸坂駅前の居酒屋で、その男は独り焼酎を、飲んでいた。
 そろそろ、閉店の時間だと、店のオヤジに言われると、席を立つ事にした。
 「親爺、おあいそしてくれ」
 「ヘイ、6200円です、今夜はまぁ、暖かいから、え~ですな、気を付けて帰って下さいや」
 「うむ、又来るで」
 その男は、ボストンバッグを右手に持ち、店を出て行った。少々酔ってい、足元がふら付く。男は年の頃は、40代前半と言った所だろうか、見ようによっては、50代にも見え無い事も無い。
 サングラスで面体を隠し、風邪気味なのか、大きなマスクを嵌めていた。
 駅前から歩いて5分の場所に、この男、堀部安男のターゲットとするビルが有った。
 そのビルは、4階建てで、1階に、中国番場ツーリストと言う、会社が入って居、もうこの時間なので、人気が無くなっていた。
 2階から上は居住区で、このビルのオーナー、源室虎次郎一家の、組事務所兼住宅となっていた。
 このビルを破壊し、源室を、殺害するのが、堀部安男の、ミッションで有った。堀部は、駅から歩いて番場ツーリストの裏口に立ち、一本セブンスターを吸う。
 「チッ、セキュリティーが入ってケツカル、一丁突破の技術見せてやる」
 小さな声を呟き、セキュリティーの中枢になっている、ブラックBOXの、ロックを特殊な鉄ベラで開ける。パカンと蓋が開き、中に配電盤が入っている。堀部は、セキュリティーコンピューターの動力源を、OFFにして、ブラックBOXから身を引く。
 次に、裏口のドアロックを、針金2本でいとも簡単に開ける。カチャリとドアーを開き、番場ツーリストの社員控室へと入る。
 中には人気が無く、堀部はバッグの中から、重さ約5㎏の、手製の時限爆弾を、3つ程出し、30分後に爆発する様セットする。鉄骨の要所要所に3つ爆弾を仕掛け、堀場は吸っていたタバコを火の付いたまま事務所に投げ捨てる。
 「では、任務完了、後は見届けるだけや」
 携帯電話で、何処かへ通信して番場ツーリストの、事務所から出る。
 堀部は、走ってきた2003年式、スバルインプレッサの、助手席に座り、約500メートル走った所で止まる。運転席は、ロングヘア―の女でまだ若く、面体をマスクで覆っている女が座っていた。
 「アイナはん、爆破は成功でっせ、今夜は家に帰って寝かせてんか?」
 「駄目や、アンタは、ウチの男や、帰らせへん」
 女は堀部に伸し掛かり、ズボンのジッパーを、下げさせてイチモツを、露わにした。その上に乗っかり、ミニスカートの中の内腿で、ペニスを刺激する。
 「冗談よしてや、そろそろ、爆破時間や」
 堀部は、オメガの腕時計を、覗いて、後5分で爆破が終わる事を告げる。
 チッチッチッチ、午前2時27分ジャスト。
 (ドンバリーンガラガラガラドンドンガラガラ)
 源室組組事務所は、1階から崩れ落ち、近隣の施設を巻き込んで、火が1階から上階へともうもうと燃えていた。
 「ホナ、ポリ来るよって車出してんかー」
 「流石にテロリスト堀部、見直したわ」
 スバル・インプレッサは、街道を走り、山道へと消えて行った。
 この爆破事件は、翌日、全国紙、全国的なニュースになって報じられた。
 死者6人、重軽傷者21名、その中に、源室虎次郎の姿は無かった。源室は、この日、運良く、広島の府中市に於いて、広島に根を張る、広域暴力団組織・音花会・の会合に出ており、帰宅した時は、午前3時半で有った。源室は、大いに怒り、翌日、音花会の、メンバー15人を集めて、緊急会議を、警察官多数の立ち合いの下開いた。
 この会は、警察が立ち入ろうとして、若衆達と揉み合いになり、逮捕者10名を出してお開きとなった。
 そして数日が過ぎた。
 刻は、200X年、21世紀になって間もない時代の、ヤクザ同士の、意地の見せ場最後の時代で有った。
 その会合を開いた翌日。広島市内の銀山町に在る、美神会の事務所に一人の男が訪ねてきた。美神会は、広島市の中心部を縄張りに持ち、シノギは、主に医療系の、機器を海外から輸入し、各種医療機関に卸していた。
 その男は、美神会の事務所へ入るや、花火で使う、煙幕に火を点け、組事務所内へ、15本次々に投げ付けた。美神会のスタッフは大慌てで、机の下へ退避した。
 その男は、面体をサングラスとマスクで隠し、笑いながら去って行った。
 ―単なる、嫌がらせや無いな、矢張り山工組か?
 美神会会長、三神新吉は、この惨状を目の当たりにして、考え込んだ。
 その日、広島美神会の現場検証に訪れていた、丸暴の刑事・所轄の五里刑事は、美神会会長、三神新吉に、事情聴取を、行った。
 「煙幕で嫌がらせされる覚えは、有りますのか?」
 「ハイ、特にこの所、他とは揉めて無いので有りません」
 キッパリと言い切った物だが、山工組なら恨みを買うことは、2つや3つじゃ無い事を隠していた。
 まず第一に、関西の笑いの名門、吉田興行が、広島で公演する際の上りを、20%取っていた。そもそも、吉田興行は山工組の傘下で、全国的に、金銭面、身の安全を、山工組が庇護していた。しかし、この数年山工組と、吉田興行は、暴対法の影響で、疎遠になり、山工組側に、今までの半額しかミカジメを取られてなかった。そんな間隙を突き、広島の音花会が、付け入り、吉田興行の収益を、20%寄越すよう要請して来た。そして、もう一つは、広島県に出入りする、山工組傘下の、漁業者達を、広島から追い出す為に、魚の水揚げの利益を半額取る事を打診して、仕方なく一度は、神戸周辺の漁業者達も、涙を呑んだが、以後広島の市場に、魚を降ろせなくなり、2カ月が経った。
 そして、もう一つ思い当たる事は、山工組傘下の、神戸砂神会の若頭が、先月、何者かによって射殺された事だった。
 この事件は、広島矢頭組の放った、チンピラのヒットマンの仕業だと、三神新吉は、知っていたが、暗黙の了解で、誰にも話しては居なかった。
 「ホウ、その顔は何か隠しているけんな、どじゃ、ワシとお前さんの仲だ、胸襟を開いて話してくれんかのう?」
 五里刑事は、三神の目の色の、隅々まで見て、笑いながら質した。
 「ホンマ、ワシ知らんけぇーのう、又何か有ったら頼みます」
 五里刑事は、手掛かり一つも得られず帰って行った。
 堀部安男は、その頃、神戸に居た。一つの組織を壊滅させて、取り敢えずの、成功報酬、8000万円を、受け取り、1年前、日本に帰国して来た時作った、ピザ屋・グローネン・と言う店へ出て、ピザの生地を、練っていた。
 ピザ・グローネンは、東海道本線、JR西ノ宮駅から、北口を降りて、徒歩5分歩いた場所にある。
 桜乱ビルと言う、テナントビル1階を専有していた。この店は、堀部安男が、山工組の依頼で、帰国した際、金3000万円を、手付として貰い、開業した店で、店のスタッフは、3人居、堀部の裏の顔は知らなかった。ビルの規模は、5階建てのウナギの寝床の様な街中ビルで、1995年の、阪神淡路大震災にも良く耐えて、周りのビルは倒壊したが、このビルだけ残った。鉄筋のしっかりした造りのビルである。
 2階は、川路薬品と言う、、製薬メーカーの、西宮営業所が入り、3階は、㈱土建・合力組、4階は。ヨガ教室と、エクササイズの、少林寺拳法の道場が入っていた。5階には、このビルのオーナーの、息子夫婦が居住してい、そのオーナーは、山工組の構成員で有った。
 仕事は、午前6時に店に入り、まず、ピザの生地を練る。午前7時に、半年前雇った、山崎禅次と言う、大阪のイタリアンレストランで働いていた、青年が具材を市場で仕入れ、搬入がてら出勤してくる。
 午前8時、宅配と調理補助の、伊藤衣莉と、佐野大助が、出勤してくる。この2人が、出勤してくると、堀部は、事務所へ引っ込みタバコを一服吹かしていた。
 午前中は、ピザの下拵えをし、昼に店頭で、ピザを売ったり、店内でイタリアン料理を提供する。
 これが、堀部の一日で有った。堀部の仮住まいの、日本での自宅は、甲子園口駅の近くにある、閑静な住宅街の中にひっそりと佇む、マンション・ベネッサ一番館と言う、5階建てのマンションの501号室で有った。
 そのベネッサ一番館の501号室へ、深夜客が来ていた。その客、黒い上下のダブルのスーツを着て、面体を隠す為か、サングラス、薄いブラウンのを、ハメていた。2人の若い男を供に従えて、細巻き葉巻を、燻らせながら堀部と対面していた。
 「堀部はん、次の仕事用意出来てまっか?」
 その来客は、名を、野崎春男と言う。身分は、山工組傘下、神戸砂神会の、会長であった。
 神戸砂神会は、元々は、山工組の、傘下組織では無かった。1970年代の前期、山工組は凄い勢いを持って全国制覇を、達成しようとしていた。
 砂神会は、その頃、神戸に根を張る古い、任侠博徒組織として、山工組に屈せず、独自路線を、保っていた。しかし、70年4月の或る土曜の夜、砂神会が主催する、賭場へ、山工組のチンピラが、3人入って来、サイコロでイカサマをやらかした。
 その落とし前に、チンピラ3人は、腕を叩き折られて、山工組の組事務所前に、叩き下ろされた。
 (スワッ)戦争の準備だ。山工組の組員幹部全員が、いきり立ち、鉄砲玉が、5人程放たれた。
 雨の降る夜であった。その雨の降る夜中、神戸元町を当時代貸しだった、野崎春男の伯父、野崎大輔が、乗ってきた、トヨタセンチュリーから、フラリと降りてきた。その時、元町を張って居た、鉄砲玉の、岸田保は、32口径の、S&Wのリボルバーから、3発の銃弾を野崎大輔に浴びせた。2発は、闇夜の街中に外れ、流れ弾になり歩行者スレスレに飛んだ。最後の一発は、野崎の顔面にヒットし、即死だった。この報を受け、神戸砂神会は、幹部6名の小指が飛び、本家の山工組3代目、田山守、砂神会5代目、野崎一朗太が、京都の博徒、米沢大鉄の仲介により、手打ちと相成り、それから、砂神会は、暴力団の色合いを濃くして、山工組の傘下へと下った。
 「用意ちゅーと、次の、仁藤会を殺れと言うんでっか?」
 堀部は、吸っていたラークマイルドを、手元にある灰皿で、揉消して、野崎のサングラスで隠れた目を射る様にして睨んだ。
 「そや、ソレや、堀部はん分かってはりますな」
 野崎は、ニコリと笑い、堀部の次の「お手並み拝見や」と言って、軍資金500万円を渡す。
 仁藤会は、広島県・東広島に根を張る、広島音花会の、重鎮を務める、反山工組の、急先鋒で有った。組員は51名、準構成員は、37名と、今尤も勢いのある、広島ヤクザで有った。ここを、潰さなければ、山工組の広島への報復そして、侵攻は、果たされないと野崎は語った。
 「どや、例の仁命会の、アイナを又付けたるさかい、安条上手くやってや、アイナが、今、東広島に入って、敵情視察言うのんか、やってま」
 野崎春男は、堀部にコルトの自動式拳銃を、渡して、右手を差し出す。
 「ちょっと待ってや、成功報酬は、なんぼでっか、それからの話にしといてや」
 「せやな、オヤッサンに相談した結果、仁藤会は、警備が固いよって、2億の線でええですか、ワシと堀部はんの仲やけど、キッチリしてまんな」
 脇に控えている、野崎の舎弟分が、「調子こくなや、堀部」と、鋭い目で睨み、野崎に窘められる。
 「まぁ、ええです、やりまんがな、2週間の内に、見事、仁藤会の仁藤敬造を、あの世に送ってやるさけぇ、待っててや」
 堀部は、野崎と握手をして、このテロ行為の契約は成立した。
 「それよか堀部ハン、女、ど~してはりますか?」
 「女は適当に遊んでま、何故そんな事を?」
 「広島の、仁命会のアジトに、アイナよかええ女が、居まっさかい、その女を堀部ハンの2号さんにしたら宜しいおま」
 「その女の名は?」
 「ヘイ、安済京奈と言って、仁命会のスタッフで、男が居ないちゅーか、男嫌いでして、堀部ハンが、女にしてくれると有難い」
堀部は、只笑って答えなかった。
 仁命会とは、神戸に根を張る、山工組の、秘密組織である。任務は、日頃は、街の不良外国人や、半グレの愚連隊を見張り、逐一その動静を山工組の上部に報告し、ヒットマンや、シノギの新しい話を、拾い集めていた。仁命会は、警察当局も、まだ、その実態を掴めておらず、会員は、ヤクザや不良と言った人種ではなく、前科の無い者、半グレに属さない者、街でイザコザを、起こさない者、只、密かに街の動静を、掴み、イザと言う時、道筋を付けて行くと言った言わば、隠密の様な存在で有り、事件や事故には、関与してはならないので有る。
 「せやな、堀部はん、後は任したで、後、大阪に居る、世良興行の、世良には気許したら行けませんで、では、この辺で失礼させて貰いま」
 野崎は、2人の舎弟を連れて、堀部のマンションから出て行った。
 ―世良言うたら、吉田興行の寄席を仕切ってる奴か、一度会った事あるな・・・・・・。
 その日、堀部は、火薬を仕入れに、朝方、南港の近くの花火師、丸善組と言う、花火師に連絡を入れて、マツダRX8で、出掛けて行った。
 堀部安男、当年42歳になると言う。多少年齢の詐称をしているので、本当の年齢は不明であった。
 堀部の前身は、NHKの海外特派員で有り、中東の戦争現場を、駆け巡っていた。堀部は、カメラを片手に、相棒と戦場を、日本、いや世界に向けて、実情を発進していた。20代の中半、中東アラブ組織、アルガルーダに、拘束されて、1年間の間に、仲間になる様強要されて、暴力に屈し、ジ・ハードの同士になった。堀部は、砂漠の戦闘員キャンプで、戦争の技術を身に着け、世界的有名なテロリストへと、登り上がった。堀部の罪は、多数あるが、代表的なものは、199X年、ベイルート空港爆破事件を皮切りに、その翌年、シリアの米軍施設爆破。半月後、今度はカザフスタン特務として、ロシア高官暗殺未遂、日本領事館、爆破未遂、ベルリンで、英国大使拘束事件、そして、その功によって、イスラム組織、アルガルーダ、オスミソン・ラソンの参謀として、一躍組織の№3にのし上がった。2000年の、米国同時多発テロの際は、姿を暗まして、ヨーロッパに潜伏していた。
 そんな頃、英国の牧場で、下働きをして働いていた時、旅行に来ていた、野崎春男と、出会った。
 堀部と野崎は意気投合し、一週間英国旅行の案内人として、バイトで堀部を雇った。そんな折、英国情報部・MI5・が、堀部を嗅ぎ付け、逮捕しようと動いた矢先、堀部は、その牧場から姿を暗ました。野崎は、英国の警察から、事情聴取を受け、堀部の正体を知った。野崎は、英国を離れる前に、堀部の足跡を追っていたが、その足跡、痕跡すら残さずに、英国国内から消えて行った。
 しかし、8年越しで、堀部を発見し、野崎は、偽名のパスポートを作り、堀部を日本へ迎え入れた。
 堀部は、シンガポールに、居住して、イタリアンレストラン・グローネの、経営に携わっていた。
 金8000万円の支度金を支払い、嫌がる堀部を、再度日本国内に招いた。
 堀部の名は、堀部安男、又の名を、正木安志、アラブ名、ムハーン・マディオ・スシラーレと言った。
 火薬職人丸善組の頭領、坂田吉也に、火薬とダイナマイトを売って貰う様打診した。
 金は、腐るほど有った。坂田は、これで3度目の来訪を受けていた。ダイナマイト6本、火薬5㎏を買い付けて、堀部は家路についた。
 ―次の仕事は大掛かりになるな。
 堀部は、胸の内で呟き、車を疾駆させた。
  家へ帰らず、大阪府堺市にある、アジトへ車を向けた。旧い火薬工場を、買い取り、爆弾の製造に取り掛かる。計6個の時限爆弾を、作ることになった。全て一人での仕事だった。堀部は機械を使い、制作して行った。
 広島県に、全国から警察官が、500名態勢で集結していた。源室一家爆破事件を、皮切りに、美神会襲撃事件の、犯人を突き止めようと丸暴は、躍起になっていたが、何の手掛かりも掴めず、捜査本部は、膠着状態を、続けていた。何せ、ビルが一つ吹き飛ばされたのだが、その爆弾の種類も、手口も掴めず、無益に時が過ぎ去って行った。そんな折り、広島県警・丸暴担当の五里刑事が、署長に呼び出されていた。
 「五里君、何時になったら爆破犯の特定は出来るのかね、後3日もすれば、警視庁からの人員が来る、丸で広島県警は、無能の様で、本庁から馬鹿にされる、一刻も早く、犯人の手掛かりを、掴めなくては私が恥を搔いてしまう早くしてくれ」
 「はぁ、了解しました、源室虎次郎に再び当たって見ますけぇ、少しの時間待ってつかぁさい」
 五里刑事は、日産スカイラインGTSの旧い型の警察車両で、戸坂駅前のホテル・ジャニー広島、に仮住まいしている、源室組の残党に当たって見ることにした。
 源室虎次郎組長は、折しも5階のスウィートルームで、TVを見ながら、寛いでいた。ホテル・ジャーニー広島は、1982年に、竣工されて、早20余年が経っていた。少し古いが、バブル期以前の建築物としては、しっかりしてい、小奇麗な造りのホテルで有った。しかし、過去2回改修が成され、昔のジャーニー広島とは、佇まいは違っていた。
 そのホテルの1階カウンターロビーで、源室虎次郎への、面会を求めた。1に2も無く、5階のスウィートルームへ通された。青白い絨毯の上を歩き、ボウイの有んないで部屋へ向かう。5階のスウィートルームへ着くと、五里刑事は、部屋の調度品にチラリと目をやる。が、今はそんな物に構っている暇もなく、源室組長の案内で、ソファーに座った。
 「これは、県警の五里さん、今日は何か用でも?」
 源室は、愛人の26歳になる、佐倉友子に、お茶を出すよう言い付けて、五里警部の前へ座った。
 「組長、爆破犯に付いて何ぞ、心当たりを、もう話してくれんか?、アンタが何か隠しているのはモロバレや、教えてつかぁさいや」
 五里警部は、出されたお茶を、グイと飲み干し、額に浮き出る汗を拭った。
 「何ぞも何も、隠してませんがな、そー言うのを、調べるのが、オタク等の仕事やろ?」
 「そんな事言うたかて、ワシ等、県警も困ってますんや、ええ加減、話して下さいや、山工組の仕業か、他に何か、揉め事有りますのかいや?」
 「隠してませんよ、もういい加減ウチ所のビル、立て直させて下さいや、警察がまだ何ぞ調べてるけん、手が付けられませんのや」
 五里は、この男、源室虎次郎について、聞き込むことを諦めた。話は、10分もせずに、帰る事になった。
 ―一体、このヤクザ者どもは、何考えてるんや、速く建て替えしたければ、吐いちまえばええのに・・・・・・。
 堀部が、野崎春男と、会ってから、三日程経つ。
 本日は、ピザ屋、グローネンには、出勤せずに、広島の呉に有る、仁命会がアジトにしている、中国九州ツーリスト・と言う、実態のないダミー会社の事務所へ、顔出しの為赴いた。仁命会は、先に述べた様に、山工組の、隠密組織である。中国九州ツーリストは、JR呉線の、呉駅の北口から、歩いて10分程の場所にある、古場京示ビルと言う、古ぼけた小さなビルの3階にひっそりと、入居していた。堀部の乗る、マツダRX―8は、古場京示ビルの、地階駐車場へと入って、行く。
  神戸から車を飛ばして、3時間半が経つ。RX8の、13BMSP型エンジンは、静かに停止した。
 堀部は車から降りると、手荷物のボストンバッグを下げて、階段で3階まで昇った。中国九州ツーリストの、出入り口で一呼吸付いて、出入り口の、ドアーをノックする。ノックを軽く二回し、そして、間を開けて3回、これが仁命会の、合図で有った。ドアーが、おもむろに開き、中から20歳位の男が顔を出した。
 「何や、堀部さんや有りませんか、ソロソロ仁藤会ですか?」
 この男、仁命会の広島での留守番役、工藤美木彦と言って、現在、関西の大学3年で有った。まだ学生である。
 「今日は、ちょっと下見に来ただけや、中へ入ってええか?」
 事務所の中は、机が十席程置いて有り、別室が、6畳間の部屋2部屋あり、交代で仮眠室で仮眠をとる様になっていた。
 「メンバーは、街へ出てるんか?」
 時間は、現在午後2時15分を、少し回った所だ。ここのメンバーは、現在27名居ると言われている。堀部は、仮眠室を覗くと、3人程座敷で雑魚寝をしていた。
 「ハイ、そろそろやと思いまして、24名程、東広島の街へ出張って貰ろてますー」
 工藤は、禁煙パイポを、口に咥えながら話す。
 堀部は、窘めようかと思ったが、面倒臭くなり黙った。
 「どや、仁藤会の方の警護は、どないなってる?」
 「ハイ、ここ10日、うち等が調べたんですが、仁藤会の入ってるビル、広済堂ビルは、昼間は人数が少なく、夜になると、30名ばかり事務所に詰めてビルの周りを見回ってます、そんで、仁藤会会長は、昼間はシノギの、オシボリと、クリーニング屋の、業務をこなして事務所で頑張ってはりますわ、殺るなら、夜の7時過ぎが宜しおます」
 「爆弾を仕掛ける時間は、ワシが決めるよって、後1日だけここに居るとするか」
 堀部は、胸ポケットから、ラークマイルドを、取り出して、大きく吸う。工藤は、一本貰って、先程より落ち着いた眼をして、目をトロンとさせて火を点ける。
 仁藤会は、東広島の南口から徒歩5分の場所に在り、6階建てのビルディング・三矢ビル・と言う、ビルの全階を有していた。
 1階2階3階は、クリーニング屋、ニコチャン堂と言う会社が入って居、4階、5階、6階は仁藤会の事務所になっていた。出入り口が、1~3階と、4~6階に分かれており、ニコチャン堂クリーニングの、社員と、仁藤会の組員は、滅多に顔を合わさなく出来ていた。
 「ホナ、工藤君、溜まっている洗濯物出してんか」
 「洗濯物で、何しはりますんですか?」
 工藤美木彦は、堀部の顔をマジマジと見て、脱衣所に溜まっている、27人分の洗濯物を、3回に分けて持ってくる。
 「ア~、スーツにジャンパー、それに、コートだけでええ、これをニコチャン堂クリーニングに出すんや、紙袋に入れて、待ってくさかい、用意したってや」
 「え、マジッスか・・・・・・」
 工藤は、適当にジャンパーやコートを、紙袋に入れ、堀部と2人、地階の駐車場にある、RX―8の、トランクルームに、紙袋3つ分の、洗濯物を、詰めると、堀部は軽くウィンクして、車を発進させて、駐車スペースから、出て行った。
 40分後、堀部のRX―8走らせ、東広島の、広済堂ビルの1階、ニコチャン堂クリーニング受付カウンターに居た。
 「ハイ、コートが3着、スーツ男物2着、女性物1着、それに、革ジャンパーですね、え~と、4日程掛かりますが、宜しいでしょうか?」
「4日ちゅうと、10日の月曜日でんな、何時頃に、なりまっか?」
 堀部は、丹念に店内を見回す、どこをどうやって、侵入して行くか計算してみる。
 ―しかし、中やここには人が居る、どうやって、爆破するか?。
 「ハイ、4日後の午後2時頃に出来上がってお渡し出来ます」
 「ホナ、染みも多いよって、安条頼んます」
 堀部は、受付を出ると、ニコチャン堂クリーニングの裏口を、見に行く。
 ―確かに、出入り口が2つ有る、こりゃ爆破に手間取るなー。
 そして、仁藤会へと続く階段を上って行く。階段を登り切ると、重そうな鉄扉が、目に付く。玄関口には、監視カメラ、恐らく、ウェブカメラで有ろう物が目を光らせていた。
 扉が、ガチャリと開いて、スウェットにTシャツ姿の、若い女が出て来た。
 「あの、何か用でも?」
 「いえ、場所間違えましたスンマセン」
 ―このウェブカメラ、24時間監視着いてんな、クワバラクワバラー。
 堀部は、腹の中で笑って、下の階へ降りて行った。堀部安男は、その足で神戸へと帰って行った。
 それから、4日が経った。ニコチャン堂クリーニングに、堀部の代理で、山藤美季子と言う、仁命会の、メンバーが仕上がった洗濯物を、取りに行った。
 その翌日、仁藤会の会長・仁藤進次郎宛に、午前10時必着の小包が、3つ届いた。
 「黒犬急便ですが、仁藤様宛に、お荷物お届けに伺いました」
 「ハイ、ハンコですね、少々お待ちをー」
 その荷物は、割れ物指定になっており、品名は、【骨董壺】となってい、受付に出た、仁藤進次郎の、若い妻、仁藤サオリは、何の疑いも無く、受け取った。ハンコウを、押してその3個口の、壺を、室内へ運んだ。
 「何の荷物や、誰からや?」
 仁藤進次郎は、老顔を、綻ばせて、荷物を最上階に有る自宅の自室へと運び入れた。
 「お父さん、私ちょっと広島まで、買い物に出て来るから、お昼は若い衆と食べて下さい」
 仁藤の妻、サオリは、愛車にしている、三菱・EKワゴンの軽自動車に乗り、出掛けて行った。
 「何やろ、宛名は、ワシじゃが、送り主は、広島音花会、理事、権藤明人か、ワシの欲しかった、天目のセットか、気ぃ~効くなアイツ、南に横川、ちょっとハサミ持って来てくれんかのう」
 仁藤の自室に、4人の組員が集まっていた。そして、4階5階には、業務を行っている組員が21名詰めている。
 チッチッチッチッチッ。時計の音が、微かに聞こえるが、仁藤はハサミを、梱包のテープに入れて、中身を開ける。中には厳重に、梱包された新聞紙に包まれた、物体が入っていた。
 「オ、オイ、横川、コレ何や?」
 「ハァー、何スかね、オヤッサン」
 新聞の包みを横川が開けてみる。
 「天目とちゃうやろ~」
 バーンドドドゴーンバリバリバリ。
 横川と、南の体は、吹き飛び、その時限発火装置爆弾は、中に入っていた、鉄片を撒き散らし、後の二つも誘爆し、ビルの上階から倒壊して行った。死者36名、重軽傷者18名を出して、仁藤会は、壊滅的打撃を受けた。
 この事件を担当した五里刑事は、
 ―又やられたか・・・・・・。
 歯噛みをして、パトロールカーのダッシュボードを殴った。仁藤進次郎は、首と腕が吹き飛び、原型をとどめない程の、損傷で死亡して行った。
 その夜、堀部の自宅、甲子園口に有る、マンションベネッサ一番館501号室に、神戸山工組・砂神会、会長・野崎春男が、訪れていた。
 「よう、やりよりました堀部はん、仁藤会は、会長仁藤進次郎の、死亡を確認できました、これで、東広島の、反山工組の一角が崩れましたわ、コレ報酬です」
 堀部は、2個のアタッシュケースを開くと、2億の金が唸ってい、奥に有る金庫へ仕舞った。
 「チャカやけど、結局使いまへんでしたな、一応返して下さいや」
 野崎は、右手を出して、堀部の懐に有る、コルトの自動式拳銃を、返却して貰う。
 「次は、呉に根を張る、剣修連合やな?」
 「せや、命が幾つあっても、足らないけど、堀部ハンの腕を信じて又お願いしたい」
 「報酬は又2億ちゅう事では足りまへんな、川澄忍5代目に直談判してもええ、5億で引き受けまひょかー」
 ―この男、本気か?。
 「一応ワシが、川澄親分から、引き出すよって、直談判は止めにしてんか」
 野崎は目を剥いて、堀部の右手を握る。
 「じゃぁ、金銭の折り合いが付いたら又仕事しまっせ」
 話はこれで終わった。
 東京は、初冬の日差しの中、道行く人々の、多くは、オーバーコートを羽織り、歩いていた。
 横水一也は、警視庁国家公安生活安全課の、市谷分室へと、歩いていた。グレーのスーツに、開襟シャツを着て、だらしがなくネクタイを半分解いて、ぶら下げる様にして着用していた。
 ―全く、11月と言うのに寒くてやりきれないな、山王建児チーフは、一体俺に何の用で呼び出したのか?。
 市谷分室に有る、東亜企画と、看板に出ているビルの、横水はダラダラと、歩きながら入って行った。
 東亜企画の入っているビルは、地上6階地下2階、地下2階は車のパーキングゾーンになっていた。エレベーターホールに入ると、エレベーターは、上階で止まって折り、横水は忙しなく上ボタンを3回連射した。2分後、エレベーターが、折りてき、瀬川急便の、配達員が台車を押しながら出て来た。
 「毎度どうも、失礼しますー」
 瀬川の配達員は、愛想良く挨拶して、エレベーターから出て行った。
 このビルは、1970年代のビルで、老朽化が激しく、5年後には取り崩す予定だと、誰かに聞いた。東亜企画は、3階と4階に入って折り、ここを、ここを、公安生活安全課が使用し、隠れ蓑として使っていた。本部は、桜田門に置かれ、地階の1フロアーが手狭で、ここへ間借りしていた。
 横水一也は、3階の事務所に赴き、ドアーをノックして、勝手に中へ入る。
 「よう、横水君良い所に来たね、約束通りの時間だ、話があるから、そこのソファーに座ってください」
 公安生活安全課は、市民の安全を守り、外国人の麻薬の密売や、反社会的勢力から、市民を守る義務を持ち、20年前創設されて久しい。そして、警察権力が及ばない、犯罪者を見張り、未然にこれ等を、摘発、情報収集をして、犯罪を防ぐと言う、大義名分が有った。この横水は、元公安の刑事で、現在は、IT企業の草分けGOYOO社の、社員として働くが、フリーの立場を貫き、秘密刑事としても、働いていた。GOYOO社は、この時代から遡る事数年前、人事部と、総務部が、警察権力の協力者となり、日毎犯罪と闘っていた。本日は、特殊任務に就くと、上司の人事部専務、野中正男に申告し、長い休暇を取って出頭して来た。
 横水は、ソファーを、勧められて、そこへ座った。煙草を一本出して火を点けた。
 「横水君、タバコは体に毒だよ、そろそろ禁煙した方が良いんじゃないの?値段も高くなってるしぃ」
 公安生活安全課・課長の山王は、横水の前へ、灰皿を出して、ゴホンゴホン、と、2回咳をする。
 「で、チーフ、一体私を呼び出したのは、何の用件ですか?」
 横水は、事務員の、斎藤かおりが煎れたコーヒーを飲みながら、山王の顔を見る。
 「ア~それね、このファイルをちょっと読んでください」
 山王は、100ページ程の、A4ファイルのコピー用紙を、横水に差し出す。横水は、遠視用の眼鏡をポケットから出して、掛ける。
 題してー神戸山工組白書―と、書いて有り、第一項目には、初代組長から、現代5代目・川澄忍の、来歴が記して有った。横水は約一時間、そのファイルを、流し読みして、テーブルの上にポンと置く。
 山王課長は向こう側の自分のデスクに、戻って折り、横水が読み終えるのを確認して、又応接用のソファーの場所に来る。
 「チーフ、一体、山工組の何を調べれば良いんですか?、このファイルに書いて有る事以外に何か出て来るのですか?」
 「ハイ、次これ読んでね」
 次に差し出されたのは、公安のファイルで、題して、―テロリスト赤いサソリーと、書いて有った。横水は、面倒臭いが、渋々これを読み、内用を把握しようと努めた。
 「何と、この項に出て来る、スシラーレと言う男は、日本人、噂は本当だったんスね」
 「そう、その男、通称正木安志、本名堀部安男が、1年程前から神戸に現れている、との報告が上がっている、山工組と何らかの結びつきが有って、何かやらかしてるんじゃ無いかと、ウチのテロリストを見張る連中が騒いでるのでね」
 「具体的に何をしてるか、推測出来ますか?」
「ウム、これじゃ無いかと皆読んでいる」
 山王は、読切新聞の1面にデカデカと、載っている、広島仁藤会爆破事件の記事を、指し示す。
 「これと、この男堀部と何か結びつくんすか?」
 「堀部は、中東で、爆破のプロ、スシラーレとして、イスラム教徒のテロリストから厚い信頼を、置かれている、事爆破に関しては、世界有数の男、源室組、仁藤会、この二つを、やったのは奴かも知れぬ、と、上の方からのお達しで、証拠を挙げる為、調査をして貰いたいのだがー」
 横水は、もう一本、セブンスターを出して、火を点ける。山王は、嫌な顔をして、ゴホゴホと、咳き込んだ。
 「では、もう一人、生活安全課の、花形って奴居ましたね、貸して頂きたいのですが?」
 山王は、徐に、嫌な顔をして、横水から目を逸らした。
 「ア~、あの、元丸棒に居た、今どこに居るか見当も付かない、辞職願を、半年前に置いて、田舎にでも帰ったのじゃ無いかね」
 「でも、奴の様な潜入のプロが必要です、支度金この500万の他に、200万上乗せして下さい、奴と2人のチームでやって見ますから」
 「仕様が無いね、奴の田舎は、山形県だっけか、人を一人やらせて、神戸に向かわすから、横水君、早急に神戸に飛んでくれないか」
 横水一也は、渋々と引き受けて、警視庁の本庁へ、支度金を受け取りに、タクシーで向かった。
 桜田門の、東京警視庁本庁の門を潜った。立番のポリスは、軽く会釈をして、横水は中へ入って行く。どうやら、春先に部署の位置替えが有ったらしく、以前一階の、奥に有った、経理が、何処かへ移動してしまったらしい。
 「あの、経理部は何方でしょうか?」
 受付の、婦警に、場所を聞くと、2階の玄関正面に有ると言う。
 エレベーターで、2階に上がると、確かに有った。横水は、山王から渡された、計画書を経理に出して、必要書類にハンコウを、押す。30分程待たされて、金300万円受け取る。
 ―これは、約束が違う、花形の分の、200万円の上乗せが無いじゃ無いか・・・・・・。
 「あの、何かの間違いじゃ無いですか、後、200万円上積は有りませんか?」
 「ハァ、そう言うと、200万円は、後10日後に、清算が終わってからと言う事です」
 横水は、カッとなり、本庁の地下の一室に、詰めている筈の田宮刑事に、内線で連絡を入れる様、経理の事務員に言う。
 ―ハイ、田宮様ですか、横水一也さんが至急、経理課に来て貰いたいと、仰ってますが?、はい、只今来ております・・・・・・。
 田宮は、内線電話で呼び出されて、嫌な顔をしながら、2階へ、昇って来た。
 「はぁ、横水さんスか、山王チーフに電話で、聞きましたが、10日後に必ず、花形を200万付けて、神戸へ送りますから、そんなに、焦らないで下さいよもう、後、内緒ですが、野中専務の方から、機密費600万出ますから、安心してください」
 田宮は、事務員の婦警に書類を差し出して、玄関口まで横水を送り出した。
 「では、後の事は安心してください、行ってらっしゃーい」
 ―何が、行ってらっしゃいだ、あの狸め。
 横水は、一旦、東京都小平市の自宅マンションに帰って、旅支度をした。

  
 

 
 

 

 


 

 

 
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