僕たちの殺人談義
文字数 1,997文字
僕たちの共通点として分かりやすいのは、二人ともキラキラネームとかDQNネームとか言われる名前だったということだろう。だから、最初はお互いに本名を隠していたのも、今となっては数少ない笑える思い出だ。
僕は大人になって改名したけれど、彼はどうだろうか。良い名前になっているといいなと思う。
僕たちの共通点として一番深刻だったのは、二人とも片親しかいない、その親から虐待を受けていたということだ。
僕が苛 められて、学校に行きたくなくて、でも家にもいられなくて、どこにも居場所がなくて、裏山の今にも崩れそうな神社の建物の裏で、ただ時間をやり過ごしていたときに出会ったのが彼だった。
当時の僕は辛 うじて通学していたけれど、彼は学校にはほとんど行ったことがないと言っていた。親が必要な手続きをせず、彼を連れて引っ越したとか。
読み書きもろくにできない彼に、基本的なことを教えてやったのは僕だ。読めるようになると、彼は公園やコンビニのゴミ箱などで拾った漫画を持って来ては読むようになっていた。
お互いのことをよく知るようになって、本名も打ち明け合うほどには心を開くようになって、僕たちの間に共通の目標が生まれた。
14歳になる前に親を殺す。
その意思を共有し合ってからというもの、二人の話題は殺人に関することが大部分を占めた。
ある日、僕が図書館で仕入れたばかりの生半可な知識をひけらかしたことがあった。
「人を死なせても、殺すつもりがなければ殺人罪にはならないんだってさ」
「でもさ、さすがに毒薬を飲ませておいて、殺すつもりはありませんでしたなんて言っても通用しないんじゃない?」
その頃には、彼の親を殺す手段として、僕の祖母の家の納戸に眠っていた殺鼠剤 を使うことが決まっていた。
「もし殺すつもりはなくて、苦しめるために少しだけ毒を飲ませたのに、間違って相手が死んじゃった場合はどうなる?」
そのときの彼の中にはまだ親を殺すことに抵抗が残っていたから、そんなことを言ったのかもしれない。
「殺すつもりがなかったのなら傷害致死かな?」
「相手を殺すつもりで毎晩呪いの儀式をやってるうちに、相手が本当に死んじゃったら殺人罪になる?」
これも、彼が毎晩のように親のことを死ね死ねと呪っていたからこその問いだったのだろう。ただ、それは僕も同じだった。
「呪っただけで死なないよ」
「でも、呪ってるうちに交通事故で死んじゃったとかさ、あってもおかしくないでしょ」
「でも殺人にはならないよ」
「何で?」
「呪いと交通事故は関係ないじゃないか」
「そんなの分かんないじゃん」
「そうだよ、分かんないよ。誰にも呪いと交通事故に関係あるかどうかなんて分かんないの」
「でも、殺すつもりで呪ってたんだよ?」
「それで死ぬなら、どっちの親もとっくに死んでるだろ」
「確かに。じゃあ、殺すつもりで銃を撃ったら、実は玩具 の銃で、相手はちょっと痛がっただけってときは殺人未遂?」
「玩具じゃ死なないから殺人未遂にはならないんじゃないか」
「でもさ、殺す気満々で撃ったんだよ。相手もそれで痛い思いをしているんだよ」
「知らないってば」
「じゃあ逆のパターンでさ」
「何だよ、逆って」
「銃は本物でちゃんと弾も入ってるの。で、相手が部屋にいると思って撃ったらさ、実はいなかったってときは殺人未遂になる?」
僕も彼も、一人で空想に耽 る時間が長かった分、想像力が豊かだったのだと思う。それにきっと、彼はちゃんと勉強さえすれば成績もよかっただろう。
「誰もいない部屋に向けて撃ってもなぁ」
「本物の銃を、殺意を持って、実際に撃ったんだよ」
「分かんないよ、そんな難しいこと言われても。でも、殺意があって、手段もあって、それを有効に行使したときには殺人になって、そのうちのどれかが欠けても殺人にはならないのかもしれないな」
そんな話をしつつ、実はこの頃の僕たちが真剣に考えなきゃいけないのは、うちの親を殺す手段だった。祖母の家の殺鼠剤で双方の親を殺したのでは、二つの殺人に繋がりがあることがバレてしまう恐れがある。だから、もう一つ、僕やうちの親とは無関係な殺害手段が必要だった。ただ、
「でも、死体さえきちんと処理できれば」
死体さえ見つからなければ、殺害方法がどうであれ、殺人事件そのものが発覚せず、捜査も行われないだろう。そこが僕たちの計画最大の肝でもあった。そして、
「僕の親は君が殺す。君の親は僕が殺す」
「それ漫画で読んだ。交換殺人だね」
さらに、最後の砦は刑法41条だ。
十四歳に満たない者の行為は、罰しない。
「子どもは刑務所に入らなくてもいいんだよね」
「そうだ」
「死刑にもならない?」
「ならないよ」
彼は今、どこで、何をしているんだろうか。ちゃんと生きているだろうか。
僕たちの親はどちらも行方不明のままだ。
そして、彼も。
そして、彼にとっては、きっと僕も——。
(おわり)
僕は大人になって改名したけれど、彼はどうだろうか。良い名前になっているといいなと思う。
僕たちの共通点として一番深刻だったのは、二人とも片親しかいない、その親から虐待を受けていたということだ。
僕が
当時の僕は
読み書きもろくにできない彼に、基本的なことを教えてやったのは僕だ。読めるようになると、彼は公園やコンビニのゴミ箱などで拾った漫画を持って来ては読むようになっていた。
お互いのことをよく知るようになって、本名も打ち明け合うほどには心を開くようになって、僕たちの間に共通の目標が生まれた。
14歳になる前に親を殺す。
その意思を共有し合ってからというもの、二人の話題は殺人に関することが大部分を占めた。
ある日、僕が図書館で仕入れたばかりの生半可な知識をひけらかしたことがあった。
「人を死なせても、殺すつもりがなければ殺人罪にはならないんだってさ」
「でもさ、さすがに毒薬を飲ませておいて、殺すつもりはありませんでしたなんて言っても通用しないんじゃない?」
その頃には、彼の親を殺す手段として、僕の祖母の家の納戸に眠っていた
「もし殺すつもりはなくて、苦しめるために少しだけ毒を飲ませたのに、間違って相手が死んじゃった場合はどうなる?」
そのときの彼の中にはまだ親を殺すことに抵抗が残っていたから、そんなことを言ったのかもしれない。
「殺すつもりがなかったのなら傷害致死かな?」
「相手を殺すつもりで毎晩呪いの儀式をやってるうちに、相手が本当に死んじゃったら殺人罪になる?」
これも、彼が毎晩のように親のことを死ね死ねと呪っていたからこその問いだったのだろう。ただ、それは僕も同じだった。
「呪っただけで死なないよ」
「でも、呪ってるうちに交通事故で死んじゃったとかさ、あってもおかしくないでしょ」
「でも殺人にはならないよ」
「何で?」
「呪いと交通事故は関係ないじゃないか」
「そんなの分かんないじゃん」
「そうだよ、分かんないよ。誰にも呪いと交通事故に関係あるかどうかなんて分かんないの」
「でも、殺すつもりで呪ってたんだよ?」
「それで死ぬなら、どっちの親もとっくに死んでるだろ」
「確かに。じゃあ、殺すつもりで銃を撃ったら、実は
「玩具じゃ死なないから殺人未遂にはならないんじゃないか」
「でもさ、殺す気満々で撃ったんだよ。相手もそれで痛い思いをしているんだよ」
「知らないってば」
「じゃあ逆のパターンでさ」
「何だよ、逆って」
「銃は本物でちゃんと弾も入ってるの。で、相手が部屋にいると思って撃ったらさ、実はいなかったってときは殺人未遂になる?」
僕も彼も、一人で空想に
「誰もいない部屋に向けて撃ってもなぁ」
「本物の銃を、殺意を持って、実際に撃ったんだよ」
「分かんないよ、そんな難しいこと言われても。でも、殺意があって、手段もあって、それを有効に行使したときには殺人になって、そのうちのどれかが欠けても殺人にはならないのかもしれないな」
そんな話をしつつ、実はこの頃の僕たちが真剣に考えなきゃいけないのは、うちの親を殺す手段だった。祖母の家の殺鼠剤で双方の親を殺したのでは、二つの殺人に繋がりがあることがバレてしまう恐れがある。だから、もう一つ、僕やうちの親とは無関係な殺害手段が必要だった。ただ、
「でも、死体さえきちんと処理できれば」
死体さえ見つからなければ、殺害方法がどうであれ、殺人事件そのものが発覚せず、捜査も行われないだろう。そこが僕たちの計画最大の肝でもあった。そして、
「僕の親は君が殺す。君の親は僕が殺す」
「それ漫画で読んだ。交換殺人だね」
さらに、最後の砦は刑法41条だ。
十四歳に満たない者の行為は、罰しない。
「子どもは刑務所に入らなくてもいいんだよね」
「そうだ」
「死刑にもならない?」
「ならないよ」
彼は今、どこで、何をしているんだろうか。ちゃんと生きているだろうか。
僕たちの親はどちらも行方不明のままだ。
そして、彼も。
そして、彼にとっては、きっと僕も——。
(おわり)