第1話

文字数 1,565文字

私は家出した。
なけなしのバイト代を握りしめ、雨風を凌げるネカフェ、カプセルホテルを探したけれども、そこで夜を越すには大人であることの証明が必要だ。
大人もなにも、私はまだ18歳になったばかりの高校生だ。
泊めてくれる友人なんていなかったし、そもそもいたとして、家出なんてトラブルに巻きこめるはずはない。
仕方なく、SNSで相互フォロー関係のみづきさん宅にお邪魔した。
事情を話すまでもなく、日頃から親と上手くいっていないことをSNSに流していて、みづきさんはよくそれにコメントをくれる人だった。
「大人になるまでの辛抱だよ」
みづきさんの定番のはげましだ。

「綺麗だね」
お風呂に入ったはいいものの、制服しかないので、みづきさんの男物のTシャツと短パンを借りた。みづきさんは男性としては小柄なほうだが、156cmの華奢な私には大き目で、フィットしているとはいいがたい。
だぶついた服装で風呂場からでていくと、避けては通れないだろうとは思っていた、微妙な空気が流れる。
私が女でなければみづきさんは泊めてはくれなかっただろうし、けれどもし私が男であれば、野宿も可能だったかもしれない。
心の中で大きくため息をつくと、流れに身をゆだねることにする。みづきさんはハンサムとは呼べないものの、小奇麗な身なりで、嫌いではない。
しかし、あまりにベタな成り行きでときめきがないし、30過ぎた男が、泊まる場所に困った学生に手をだすって倫理的にどうなんだろうか。
私も18歳だし、法律的にはセーフだとかいう問題ではない。

私とみづきさんはソファに隣りあって座る。
みづきさんは私の顔を優しく包み込み、みづきさんの方へと向ける。
私はそのまま何もせず、みづきさんの目を見つめる。
みづきさんは私に顔を近づけ、私の唇めがけて吸いついてくる。
その刹那、私は立ち上がる。みづきさんはびっくりしてソファから落ちる。
「やっぱり帰ります」
馬鹿らしくなった私はそう宣言すると、風呂場に戻り、制服に着替える。
風呂場の外からはみづきさんの声が聞こえる。
「帰るっていってももう終電ないよ」
「大丈夫です」
私は当てのないまま断言すると、鏡を見て、制服を整え、髪をポニーテールに結う。
「よし、いつも通りかわいい」
自画自賛すると、風呂場をでて、みづきさんにはきはきと挨拶をする。
「今日は突然お邪魔して大変申し訳ありませんでした」
私はみづきさんの顔も見ずに言って一礼すると、部屋からそそくさとでていく。

繁華街が近いからか、外はまだ人でにぎわっている。
私は、みづきさん宅に行く途中で見つけた24時間営業のファーストフード店に徒歩で向かう。
店に入ると、私を目にとめた店員がカウンターの奥に入り、店長らしき人と一緒にでてくる。
「失礼ですが、学生さんですか?」
店長は私の顔を覗き込みながら、尋ねてくる。
聞かれるまでもなく、制服姿である。
「親御さんのお名前と電話番号、いただいてもいいですか?」
私は素直にカバンからノートをとりだし、その隅に必要事項を走り書きして破り、店長に渡す。
店長は再びカウンターの奥へと入る。私の親と電話しているのだろう。しばらくして、タクシーが店の前につけられ、私は家へと輸送された。

家へ帰ると母親が泣いていて、父親がそれを慰めていた。
「どういうこと?」
母親は泣きながら詰め寄るが、私に返す言葉はない。ここで親に対する日頃の文句を言ったところで、「反抗期の娘」のレッテルを貼られ、それに苦しむ娘思いの親の構図ができあがるだけである。
みづきさんも、私を理解したような言葉をかけてくるが、それはあっさり剥がせるペルソナでしかない。別にそれ以上のことを期待していたわけではないが、少々失望したのは確かだ。
家族の体をした存在と、理解ある大人の体をした存在、どっちのペルソナがマシかの問題でしかないのである。
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