10秒、時をかけるお姉ちゃん

文字数 2,633文字

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「……もちろんだよ」



 私の大好きなお姉ちゃん。

 お姉ちゃんはなんでもできます。

 勉強も、運動も、そして――タイムリープも。

 SFアニメでたまにあるアレです。

 過去へ戻れる能力です。

 えへへ。すごいでしょう?

 まあ、それも十秒だけですけど。

 なので、SFでおなじみの自分に都合のいい過去改変ってのは、お姉ちゃんには縁がありません。

 賭け事はもちろんのこと、もともとなんでもできるお姉ちゃんなので、勉強やスポーツで使える機会はほぼないですし、交通事故を回避しようと思っても、即死だったらアウトです。

 しいて言えば、友達にセクハラして、本気で怒られたらタイムリープ――とか、なかなか最低なことをしているようですが。

 まあ、このタイムリープ能力が、お姉ちゃんの人生を左右することは今までありませんでした。

 お姉ちゃん自身も、「この能力、なにかに役立てたいな」と、よく言っていますし。

 けれど、今――

 私が、これなら十秒タイムリープも使える、とひょんな思いつきをして――

 そんな思いつきを聞いたお姉ちゃんが――

 とある私の願いを叶えるために――

「お姉ちゃん。今、何回タイムリープしてるの?」

 私は、息を切らすお姉ちゃんに問います。

 するとお姉ちゃんは、どこか明後日の方角を見て言いました。

「えっと……、どうだっけ……たぶん、三千回くらい……」

 私は言葉に詰まりました。

 私のお願い事は、本来なら叶わないお願いでした。

 それこそ、奇跡でも起きない限りは。

 でも、ちょっとだけ夢見て――

 だからタイムリープなんて奇跡みたいなことができるお姉ちゃんに、私はお願いしてしまったのです。

 軽い気持ちで。

 するとお姉ちゃんは二つ返事で「いいよ」と言ってくれました。

 だから私も「ありがとう」と軽いお礼を言って、そのままお願いしました。

 けれど、奇跡はそう簡単に訪れてくれません。

「三千回って――」

 私の視点では、お姉ちゃんはほんの十秒前にタイムリープを始めると宣言したばかりでした。

 けれどお姉ちゃんは、すでに三千回――八時間もタイムリープをしていたのです。

 いえ、正確に言えば、私のお願い事にチャレンジして、その都度タイムリープして、その都度休んでいるはずなので、ひょっとしたら丸一日近くということも――

「ちょっと、お姉ちゃん――そんなに頑張んなくていいよ! 私、もう諦めるから!」

 私はとっさに言いますが、けれどお姉ちゃんは首を振りました。

「大丈夫だよ。大丈夫――」

 お姉ちゃんは微笑みますが、そんなの痩せ我慢だって誰が見たってわかります。

 呼吸が乱れ、汗が吹き出し、床に手をついて、目線もふらついています。

「だめ! お姉ちゃん、それ以上タイムリープやったらお姉ちゃんが死んじゃうよ」

 私はお姉ちゃんの腕を掴みます。

 その体は、熱に浮かされたように熱かったです。

「お姉ちゃん。さっきのお願い事はもういいよ。お願いだから、やめて……」

「でも、ここで私がタイムリープやめたら、澪が死んじゃうでしょ?」

 そう。

 私の願い事は軽く頼みましたが、確かにお姉ちゃんが失敗したら――

 でも――

「まあ、本当に限界来たらごめんだけど、今はまだ……」

 お姉ちゃんは言いますが、その限界が今じゃないんでしょうか。

 私は声もなく小さく首を振りました。

 するとお姉ちゃんは、

「わかった……。でも、あと一回だけ。ね?」

 笑顔で言いました。

 私はわずかに迷いましたが……

「一回だけお願い……。ごめんね、お姉ちゃん」

「いいよ。妹に頼られて嬉しくないお姉ちゃんなんていないんだから」

 お姉ちゃんは言うと、立ち上がりました。

 まず、この時間で私のお願い事にチャレンジです。

 そして失敗したら、もう一回だけタイムリープ。

 ただ、正直なところ、お姉ちゃんはあと一回のタイムリープも本当に辛そうでした。

 なので私はお姉ちゃんが今ここでのチャレンジに失敗したら、もう何がなんでもタイムリープを止めさせようと決心していました。

 十秒間、なんとかお姉ちゃんのタイムリープを阻止すれば、もう再チャレンジはできません。

 お姉ちゃんのタイムリープは、連続使用して二十秒前に戻ったりはできませんし。

 そうすればお姉ちゃんも諦めるはずです。

 私は、さりげなく、すぐに動ける姿勢を取りました。

 そして、お姉ちゃんのチャレンジ――

 私の願い事を叶えるための――

「――」

「――」

「――」

「あ――」

 お姉ちゃんの口が開いて、硬直しました。

 チャレンジは失敗です。

 私はお姉ちゃんに飛びつき、力の限り抱きしめました。

「ぐ――」

 お姉ちゃんがわずかに呻きましたが、今だけです。

 力では年上のお姉ちゃんに叶わないけど、疲れ切っているお姉ちゃんなら、十秒くらいなら――

「澪――」

「だめだよ! もうお姉ちゃんにタイムリープさせない!」

「でも――」

「でもじゃない! 私は、私はもう――!」

「そうじゃなくて――、できた――」

「できたじゃない! そんなの――そんなの――? え――?」

「見て――。澪――」

 お姉ちゃんに促されて、私はお姉ちゃんの手元を覗き込みます。

 すると、お姉ちゃんの手の中で――

 輝いていました。

 キラキラと。

 虹色の光が。

 なんと、お姉ちゃんは、最後の最後に成功させたのです。

 私の願い事を叶えてくれたのです。

「お姉ちゃん――」

「やったぜ」

 お姉ちゃんは得意げにVサインをしてみせます。

 私は改めてお姉ちゃんに抱きつきました。

「お姉ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。それより、ほら――」

 お姉ちゃんが手を差し出します。

 まだそこには、輝いているそれがありました。

 私は目から涙がこぼれそうになるのを我慢して、それを受け取ります。

「本当に、ありがとう。これで爆死は免れたよ」

 私はもう一度、お礼を言います。

「いいっていいって。それより、それ、大事にしてよ。せっかくのSSRのイケメンキャラなんだから」
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