水の巫女

文字数 17,938文字

「大和はここで船に乗って帰るんだっけ?」
『うん。俺はここで、じゃあまたな!』
「おう!」
「葛城君またね~」
7月末、終業式を終えた学校の帰りに友人らに別れを告げて船に乗る、そこで見知った顔が迎えてくれた
変らない日常に変化が欲しくて島に戻ってみたけど...
「おぉ!兄ちゃんも少し見ないうちににすっかり大きくなったな!」
「たかさんも久しぶりです!』
たかさんとはここから十キロほど離れた島で漁師をやっている人で。島からこの港までだったら船を使っていろいろ運んでもくれる、気前の良いじいちゃんだ。
背中をばしっと叩かれて船に乗り込む。老いを感じさせない力の強さに背中がじんじんと痛む。
「とても60過ぎているとは思えないな・・・」
「おいおい、ひでぇなあんちゃん...まぁ俺だってそろそろ息子に継がせてぇとは思っているんだがよ、あの馬鹿にゃぁ少し重荷が過ぎるっていうかなぁ...好きなことさせて育っちまったからなぁ、島を出て好き勝手やってるんだとよ」
呆れたような少し安心しているようにも取れる雰囲気で藤さんは話していた。
「え!?藤兄ちゃん島を出てたんですか!?」
「知らんかったのかい。つい3年前に「俺はもっとデケェ仕事に就いて贅沢するんだ!」って言って出て行っちまったよ」
「うわぁ...」
「大体あいつは先のことを考えんからなぁ。その前は...___」

―――――――――
「__...ってなんじゃぁ任せられねぇってもんでなぁ...」
「おぉい!たかさんと...大和もかえって来ておったか!」
聞き馴染みなんてものじゃなく忘れるわけのないのに、もう懐かしさすら感じられる祖父の声。
これを聞くと心から故郷に帰ってきたんだと、そう思わせられる。
「5年ぶりでのぉ...」
「帰れなくてごめん。向こうでいろいろあってさ...」
「まぁええ!とりあえず家に行くべ!」
そう言ってたかさんに挨拶し歩き出す。
『とはいえ島に帰ってきたから挨拶、回らないとな...』
「あぁそうだ。帰りに神社、よってかねぇとな」
じいちゃんが生まれる前からずっと大切にされていると言われている神社
じいちゃんは昔からお参りに欠かさず行っているらしい。水の神様が祀ってあって天才から守ってくれるらしい。
「前までは裏道があってのぉ...まぁそこも若い頃以来もういっとらんのじゃが、一昨年のでっけぇ台風で入口の砂浜の横の崖が崩れたみたいでなぁ、でもけが人は出なかったんじゃよ」
「裏道なんてあったんだ...知らなかったよ」
「誰にも教えてないでな、もう行けなくなっちまったから秘密にしていても意味ないしの」
話しているうちに御社殿に着き、参りをする。
何も起こらないのはわかっていても、こうして神に祈っていることにはなにも違和感を覚えないのは日本人ならではだとか、くだらないことを考えていた。

家に帰ってからも、懐かしい居間や廊下から見える外の景色や飾られている小さい頃に書いた鳥居の絵なんかに懐かしみながら、島に帰ってきたもう一つの目的を思い出す。
地質学や鉱物学を学ぶ大学に入ろうと考えていた私が、幼少期に大切にしていたらしい島の海岸で拾った青みがかった黒い石を標本として持って帰りたかったのだ。何故だか気になって。
趣味でやっている石集めのようなものだけど。
「じいちゃんたちって俺の昔拾ってきたあの青黒い石って覚えてる?」
「そんなもんあったっけな...親父!引っ越すときに持ってかないもんって全部物置に仕舞っちまったっけか?」
父さんがじいちゃんを呼んでそんなことを言いながら物置の鍵を探す。
「いんや、あの石はもうないぞ。ここを出ていくときに見つけたとこに還してくるっちゅうて持って行ったじゃろ」
「そう...だっけ...?」
『失った石は高値で売れるようなものでもないし、しょうがない』
「なくしちまったんじゃあ、もっかい探してくればいいじゃねぇか。ついでに島の形も変わっちまってるからみてこい!」
じいちゃんは笑いながらそう言って私の肩をたたいた。
「そうだね。じゃあ明日から島を見て回ることにするよ」

そして次の日になって、朝から出発した大和は記憶にある島とはかけ離れるほどに変貌している島の地形を見て島民の無事が不思議に思えるくらいの違和感と安堵を覚えた。
「ここまで形が変わっているのに誰が死んだという話は一つも聞いてない...奇跡だなほんとに・・・」
島を一通り回ってから、例の意思を拾った海岸のある神社の裏の目印まで来た。
「昔石を拾った砂浜も崖になっているし、変わってないのは神社と鳥居、鳥居から港までと。あとは島一周の堤防の内側だな...石はあきらめるか...」
そう呟いて帰ろうと、元来た道の方に振り返ると、一人の少女が崖際の柵に手を置いて、海を眺めていた。
「あなたは...そう...」 と少女が呟く。
真っ白な肌に薄い桜のような色の髪がとても綺麗で、跳ね返される光にさえも私は見とれていた
「君は...えっと..._」
巫女のような服装をした少女が少し笑って話す
「ふふっ...あなたは、名前はなんていうの?」
「俺は、葛城大和って言います」
かしこまった風に言ってしまい少し恥ずかしくなってしまう。
「大和って言うの...そう、いい名前ね...とっても」
「ありがとう。じいちゃんがつけてくれたんだって...俺も気に入っているよ」
名前を褒められて少し嬉しくなり、聞いてもないことを話し始めてしまった。
「ところで...君は?ここの島民じゃないみたいだけど...」
「どうして、島民じゃないって...わかるのかしら...?」
当然だ。こんなきれいな人がもとから島民なら噂になっていただろうし、何より私の記憶にない。それは明らかだった。
『しかし、だとしたらどうして違和感がないのか、それがわからない。
雰囲気 風貌 佇まい?どれも違う。ただ違和感がないというだけの、ごく自然に風景に溶け込んでいる容姿が恐ろしいまでに自然だった。
そう、まるで誰かにそうさせられているかのように。まるで誰かにこの人は元からこの島の島民で、その島の自然に溶け込めるように、最初からそういう物であると言わんとばかりの......_』
その仕組まれたような自然さに気が付くこともなく私は話しを続けた。
「いや...ごめん、この島であったことのない人なんていないと思っていたからつい......ごめん」
「いいの。私もほとんど誰にも会わずに暮らしていたから...」
そんなことを言って彼女は振り返り「またね、縁があったら会えるかも」とだけ言い去っていった
「…誰にも会わずに...ね」
不思議な子だったなとか思いながら、ここに来た目的を思い出す。
「そういえば...石を探しにきたんだっけ」
そうだ。じいちゃんに言われて島の様子を見に行きがてら石探しをしているんだった...と。
思い出したように振り返ると、その時にはすでに先ほどまでの記憶が曖昧になっていた。
_____________________

「何でこんなとこで立ち止まってたんだっけ...?」
何か忘れている気もするけど...大したことではないだろう。
『忘れたということにしておけるなら都合がいい。このまま石を探すことにしようなにか...ヒントがあればいいのだが...』
日が暮れてきていることに気が付き、諦めて元来た道を変えることにした。
「石を見つけた場所の近くは形が残っていなかったし...っ今日はあきらめるか...」
元来た道を戻ってついでに石が見つかるようにとでもお参りでもしていこうかと思い、私は神社に立ち寄った。
2礼した後パンッと手を2度鳴らす。「...石、見つかると良いけど…」
不意にこぼした言葉を神様はかなえてくれるわけもない。これでも理系の端くれだし、神は信じないほうだからだ。
それでもこの神社だけは小さい頃からじいちゃんとお参りしてたから、少しは信じているのかもしれないな。
神社の縁のとこに座って一息ついて、明日どうするかを考えていた
「うわっ、まぶしいな」
西日に照らされながら、寝そべってため息をついていた。
「なんじゃこんなとこで、なにしとる大和...」
お参りにきたじいちゃんが話しかける。
「あー..._じいちゃんさ、あの石なんだけどさ...似てるやつでもいいからなんかあんな感じの知らない?」
「何を急に...しかし、あの石か...ありゃ滅多に見ない石で、最初は家族全員も珍しがっていたからのぉ。気長に探しとればいつか見つかるやもしれんな。」
「そんなもんかなぁ...」
ふと夕日が鳥居と重なっているのを見て、写真を1枚撮った。鳥居の中に岩礁があって向こうは海なんだとか思いながら立ち上がる。
「逆光で鳥居が黒くなってる...きれいに撮れりゃよかったのに」
家に帰ってからも部屋を少し探したが見つかったのは古いアルバムくらいで、そこに石の写真は載ってなかったが、懐かしい写真や風景に、家族みんなで思い出話をした。
「この時の大和は雄作さんとどれだけ釣れるか対決してて、一匹もつれなかった大和が拗ねちゃったときのですね」
「ちょっと母さん!あの時はまだ子供だっただけだし!」
「大和は今でも子供だろう?」
「うむ、大和はまだまだ子供じゃな!」
みんなで笑い合って団欒して、この時だけはすっかり石のことなんか忘れていた

日が昇り、また日が昇る。何日も繰り返して同じ道を辿り、お参りして、家に帰り、家族とご飯を食べる。
そんな日が1週間ほど続き、大和は港近くの砂浜へ向かった。
「あ...ここ、父さんと釣りをした...ここは変わってないんだ...」
昔から変わらない海を眺めていると気持ちが安らぐ。そんな時、遠くから私を呼ぶ声がした。
「おーい!兄ちゃん!何しとるんだー!」
「たかさん!」
「こんなとこで何してたんだ?」
「いえ、ここは昔から変わってないなって...」
「いや、変わってるぞ?ほれ」
と岩礁を指さした。
「そこの岩と向こうの島、それに港の位置までが昔と比べて左にちょっとずれてんだ。船を使う分この辺の位置は覚えてんだけどよ、なんか気になっちまうんだよなぁ」
ズレているといって指をさした位置取りだが私にはわからない。しかし家にあったアルバムにここの写真があったのを思い出し、私はカメラを起動して写真を撮った。
「教えてくれてありがとうございます!ちょっと用が出来たのでこれで!さよなら!」
「おう!って結局なんだったんだ?ありゃ」
とにかく急いで走って家に向かう
「ただいま!」
不思議そうに母が問う
「どうしたの?そんなに慌てて」
「いいから!ってそうだ。アルバムってまだ部屋にあったっけ?」
「先週の?置きっぱなしだと思うけど...」
「ありがと!」
ドタドタと廊下を走りながら部屋に戻り机に向かう。ちょうど釣りの写真のページが開かれていたので急いで撮った写真と照らし合わせる。
「やっぱりだ...!岩礁と向こうの島までの位置がアルバムのより左にずれている……」
『何かしらの影響で岩礁の位置がずれたか...?しかし向こうの島までずれているってことはこっちの島その物が捻れているということに…でもそんなこと...』
すると私はカメラアプリのアルバムにある直近に撮ったもう1枚の写真に気が付いた。
『そうだ、昔描いた絵が居間に飾ってある』
「この写真...そういえば居間に飾ってたから...」
居間に戻って絵を確認する。
「鳥居の中から見えるはずの岩、絵には鳥居の右に描かれてる...」
『日の傾きは多少ズレるのは致し方ないが...季節も同じ頃だ同じ植物が咲いている。あの時まぶしかったのは日が本来の位置からズレていたからか…いや、考えすぎか...』
しかし私は、もし島全体が歪んでいるとしたら...なんて突拍子もないことを思いついてしまった。
しかし、そんな大規模な天災が起こっているのなら島民たちは気が付いているはずだからだ。

石を見つけた砂浜があった場所に再び戻り、辺りを見回す。
「確かこの辺で、あった!あそこだ…でも何もないんだよな」
しかし今の仮説では島のもとの位置は左にズレているってことになってる
少し左を観察すると左にある崖の下に何か奇妙なものを見つける。
「崖、少し崩れてるし...ちょっと下りてみてみるか」
回り込むように降りて崖下を確認すると、割れた崖の下に砂浜が在った。砂浜に覆いかぶさるようにした崖に隠されて何もないように見えていた。
そして私は奇妙な状況への恐怖、そして好奇心が合わさり変に昂っていた。
「この崖...自然に割れた感じじゃなくてなんか強引に引き裂かれたみたいな...変な感じだ...」
砂浜の方に入って辺りを見ていると洞窟のようなものがあった。
「こんなとこに洞窟が...今まで気が付かなかっただけかもしれないし...」
不自然に空いた穴だが、かといって人が作れるものでもない。自然とは何があってもおかしくないだろうと思って進んでみる。
洞窟からは水滴の落ちる音が漏れている。
反響を繰り返すとても澄んだその音に引き込まれるように洞窟を進む。
かなり進んだところに少し開けた空間が現れた。____

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空を見上げるとそこは木々が生い茂り隙間から微かに光が差し込んでいる。
木漏れ日が注がれ、心地が良く、神秘的な空間だ。そしてその木漏れ日を受け、淡く光を還す存在がもう一人。
「また...会いましたね...」
少女が問いかける。
「また...?...そうだ...前にも...会ってる...」
前に神社の裏側、海沿いの道で一度会っている。しかしなぜこんなに違和感があるのかわからない。
「あぁ。そうだ、名前...聞いてなかった...名前をおしえてくれないかな...?」
前に聞けなかったからと名前を尋ねると、彼女は”前会った時よりも澄んだ声で”はっきりと”大和”に伝えた。
「?私は...八幡…命依(やはた めい)」
名前を聞けたのもつかの間、少女は続けて言った
「そんなことより...急いできて...」
と、大和の手を引いて洞窟の奥に進む。
洞窟の奥には土砂でふさがれた道があり、その空間には壁面にいくつもの結晶ができている。
「これ...!探してた石!昔拾ったのを覚えててずっと探してたんだ」
大和ははしゃいでそう言うと彼女は
「これを探してたの?おかしい...」
と言って考え込む。
「何かおかしいことでもあるの?」
「おかしい...おかしいのよ。だって...この石は」
言うのを少し躊躇ったような口ぶりで、しかしはっきりと言った。
「この石はこの世界には存在しないの...それに...この石が生えてきたのはここ数日なの...」
色も形も昔見たものと同じ石なのに、存在を否定されたそれと同じ石を手に大和は
「存在しないって、今ここにあるじゃないか…?どう言う事なんだ?」
少女は問いかけにまたも俯いて惟う。
「しょうがないわ...あなただけなら...えぇ気は進まないけど...」
直後、命依は理解不能な”言語”ともにつかない”音”を唱える
【天則再編】
青白い光を纏い、突如手のひらに顕現した巻物に手をかざす。
大和の身体へと白い光が分け与えられると途端に奇妙な音を言語として理解できた。
【析出・展開】
「いったいこれは…?」
「これであなたもこちら側、でも障壁をかけてあるから記憶の欠如だけで済むの」
記憶の欠如とはどうやら、この世界とは別の世界の概念に適応できるようにしてもらったが、それは目的が達されたときにすべて異界と隔てられるために消去しないといけないらしい。説明を受けた大和はあまり理解できず、とりあえず「わかった」とだけ言った。
「ここまで少し急いでもらったけど...今日はもう何もできない...明日また話す…」
命依は【帰路】と唱える。
「乗って...術の中心に...そうじゃないとうまくいかないから...」
大和を家まで文字通り帰す魔法だ。
「じゃあ...また明日。神社で」
「あぁ...また明日」
大和は目まぐるしい展開と、目の前で確かに起こったファンタジーについていくのに必死で何も理解に及ばなかった。
家に入り、自分の部屋に一直線に向かってそのまま布団に入った。
しかし、今日起きたことへの撹拌と混乱に心拍数は上がり、とても寝付けそうにない。
「あーもう!どうなってるんだ…!全く…」
廊下の、縁側に座って外を眺めていると
「わしそっくりじゃな」
と耄碌とした声が背後から聞こえる。
横に座って大和の顔を見て少し笑った。
「昔話をしてやろうか。裏道の話の続きにでも...」
おもむろに語りだした祖父の昔話。
「昔...今から60年くらい前じゃな...おめさんのくらいの頃、島の人たちの中に奇妙な子がおってな」
大和は真面目に聴き入る。
「きれいな子じゃった。巫女のような服での、じゃがなんでか不思議なことに、家に帰ると忘れてしもうたんじゃ」
大和は「それ!」と咄嗟に言ったが、祖父の昔話は続く。
「その子に近いうちに災が起こると言われての、はじめは信じとらんかったんじゃが、三日後くらいかの、本当に台風が来たんじゃ」
「じつはその時の台風で、大和...お前のばあさんは一度死んでしまったんじゃ」
「じゃが、その子は飄逸としててな...あぁ、それでその子は無言で傷を癒して見せたんじゃ。」
「その子は「生き返らせたわけではありません...持って3…いや、5年くらい...」って言ったんじゃが、その時はばあさんが生き返ったってえらい喜んでおってな...」
「五年後の宣告なんて忘れたころに、お前の父さんが生まれたんじゃ」
「その一年後にばあさんはもう一度来た災いで死んでしまったんじゃがの...」
「大和」
「うん」
大和は頷いた。何も言わずとも、祖父が、じいちゃんが何を伝えようとしているのかが不思議とわかっていた。
「会ったのか、その子に」
「...うん」
「お父さんも、お前さんも、本来なら生まれれてなかった人なんじゃ。感謝ぐらいは、会って伝えたいもんじゃがのぉ」
空を見上げながらじいちゃんは悲しそうな、それでも恩に幸甚そうな顔を空に向けた
「...もし...もしも、もう一度会える機会があったらだけど……直接伝えられると言いと思う。俺も、あった時に伝えるよ。」
心の奥に何かが記されるのを感じ、これから起こる危機を読み取った大和は、狼狽えずに臍を固める。
「よし...俺も頑張ってみる…」
静寂に包まれた暗闇の中、石垣の裏で、少女は無言で俯いていた

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誰もいない洞窟に足音が響く。
命依は逡巡している。
あの男を巻き込んでしまったからにはあの男もろとも異界へと隔絶すべきであろうか。
あの男の記憶を消したとて本当にこの世界とあの世界が断絶されるか
あの世界の神共の及ぼす差し詰め㿺蝕とでも言うべき災いを跳ね除けるための楔を、あの男は持っている。
「彼はもうとっくに気が付いているし、期間ももうないし...」
「大災までの期間がもうないんだって?」
「っ…!」
「聞いたよ。じいちゃんから。俺が生まれるはるか昔から...この島を守ってたんだな...」
「...ちがう。」
「でも実際にばあちゃんは生き返った」
「あれは...ただ...」
「感謝してるんだ。ほんとに。君がいたから今の俺が、家族がいるんだ」
感謝を伝えると、少女は怪訝そうな顔で打ち明ける。
「......人を生き返らせるには条件があるの」
「条件?」
なんてことない。人をそう易々と生き返らせることなんて神でもない限り可能ではない。
一介の人間にはそれが可能なはずもなく。
「あの神の力の欠片を奪って使ったの...本来ならあなたのやり直しをサポートするためのものだったのに」
「「つまり、そこからリソースが割かれていたという事か」」
大和の声が響く。しかし、ただのひとつの感情もこもっていない声で命依に語りかける。
「「しかし、一週目を見抜くなら壊した海神石によって本来一週目であるべき彼の潜在意識すらも阻まれてしまうことも見抜けたはずなのですが...私の結界を塞いで魔力を閉ざすとは思いませんでした」」
張り詰めた空気と最悪な予感に命依は気が付く。大和の意識がすでに失われていることと、かけた術式が無理やり引きはがされたことで確信する。
「「もしかしなくても、気付いてました_?...【神格・思考水準設定〔最低〕】」」
突如として大和の掌から強大な術式による陣が顕現し、辺りの空気が変わった。
.........______
「っっはぁ...!はぁっ...!」
意識を取り戻した大和は、先ほどまで目の前にいたはずの少女を探す。
「命依っ!どこだっ!」
洞窟の奥から足音が響き、すぐに振り返る。
「あそこだ...!洞窟の奥に行けば...!」
走って音の発生源へ向かうと、閉ざされた岩は消え、結晶の道の先に光が見える。
「なんだこれ...!どうなってるんだ...!」
外に出た大和は、豪雨と強風にさらされている。
「これが命依の言っていた災い...!」
その時、神社の方で轟音が光を伴って鳴り響いた。
__________
崖は吹き飛び、開けた岩場となってしまった。
降り注ぐ豪雨、視界もひどい。
「あなたのしていることは間違っている!本来なら生け贄は必要ないはず!」
命依がそう主張するも
「あら?貴方如きが我と対等に話せると思っているのですか?」
ジャンヌは無慈悲にそう告げた
「答えろ!...なんで生け贄を...!それも人間に敢えて選ばせたのは何故だ!」
「はぁ...我が生け贄を求めていたのは人間なぞという下等生物を生かしてあげるための代償ではありませんか?それと、人間に選ばせた方が面白いでしょう?」
「...もういい......!だったら...お前を...!」
握りしめた手で杖を振り、それに呼応するように杖が光った。
___________
__
大和は幾度となくその神の悪戯に翻弄され、隠れるように元の岩場まで戻っていた。
「いったいどうなって...あの青い奴も...」
青い存在の杖に飾られていた石に思起した。
あの浸食してきてるって石がなんであんなところに...
石のあった場所に戻った大和の目の前には、仄かに光輝く石がきれいに結晶化しているのを目の当たりにした。
何処か本能的に魅かれるような魅力を感じる
「その石は海神石と言いましてね、私の力の根源たる海神の力が込められているのですよ」
「お前は...!」
「お前などと、上の者への言葉遣いがなってませんね...愚な...」
大和の身体はジャンヌが触れるまでもなく軽々と吹っ飛ばされる。
「!!」
岩場にたたきつけられた大和はそのまま倒れる。
叩きつけられた大和は一瞬気を失ったが前方からの強烈な威圧感にすぐに目を覚ます。
「うっ…!命依はっ...!」
「あぁ、あれはもう上で倒れてますよ」
呆れ顔でそういってから続けて
「親切にも教えてあげたのですから、感謝してほしいですね」
「っ...!これは...この海神石の量...!これがあればまた...!」
岩場を横目に話すその神は石の放つほのかな光に照らされて光を纏う。
「これは...!これが...石と共に宿ると言われた力...!」
光は徐々に熱に変わり、力の渦となっていった
「———っ!」
大和の周囲を除いた空気が一気に熱を帯び、眼前を赤く染めた
「お前の周り...守られているわね」
そう言って踵を返し洞窟を出たジャンヌは急いで命依のもとへ向かった

大和は自分の周りだけ守られていることが何よりの安心だった。
自分の身が守られたことよりも、この魔法をかけた張本人が生きていることに安心した。
そしてその安堵は束の間消えかかる石を手に、同じく命依のもとへ向かった。
__
____________
命依は豪雨に包まれた岩礁のそばで目を覚ました。
「ここは...!」
遠い過去の記憶、忘れていた人間の記憶。
あの時の約束を思い出した。
「裏道...!そう...!一周目の時に!」
傷だらけの、ふらついた足取りで岩礁付近を見渡す
「あの時ループの影響を受けないように魔法を切っていたはず!どうして...!忘れてたの...!」

洞窟の中に入り、急いであの空間を目指す

「あった...!これと...本...?」
そこで命依は重要なカギと一冊のメモ帳くらいの本を見つける。

見覚えのない本には自分の文字でこう書かれていた。

大和へ_ループの影響で魔法を使用する前後の記憶に混濁が生じ、記憶違いが生じる可能性があるみたいだ。
その影響でその杖が何なのかわからなくなってしまうと困るからこれに書き記しておく。特に俺のことだから、これを読んでるときにはなにがなんだかわかったもんじゃないと思うが。少なくとも一週目の俺はここまで来た。その軌跡としてもここに残しておく。
仮に二週目に記憶が持っていけないのなら、あとは命依に聞いてくれ。
それと、じいちゃんの若い頃に似たようなことがあって、その件で神様がくれたらしいものが祠に入ってるってこともわかってるから祠にもぜひ行ってみてくれ。

それと、————————

「これは...!一週目の記述...なんで覚えていなかったのかな...私...」

何故自分までも記憶がなかったのか、そして本の記述の内容
命依は困惑する。しかし、今は急がねばならない。

「「全て思い出したからだ。」」

とにかくカギになるのはこの杖と、祠の中にあるらしいものだ。
「【転移】—————!」
________
「ふん...どうやら転移魔法で逃げましたか...」
上空から彼らを見下ろしていたジャンヌは神社に降り立ち呟いた
_____________________

「___...この...辺にっ…!」
「母さん!このアルバムの入ってた棚の奥にこれ!」
「ああ!それよそれ!大和の言ってた石!」______......



雲一つない晴天。嵐の特異点に立つ
「神社を中心に嵐が...!」
「うわっ...!」
背後から聞こえた男の声
「————っ大和!?」

「転移魔法で一緒に飛んできたのかな...でも...よかった。無事で...!」
ほっとした表情で喜ぶ命依と大和

二人は互いが無事だったことが何よりうれしかった。

「何でおれまで飛ばされてたんだ?」
「わからないけど...多分あの時の転移魔法の時...」
転移する瞬間に強くイメージしたのは、大和と一緒に神社にいた光景
それが一緒に転移した原因であろう
「それより早く!」
命依は急いで祠を開ける
「ちょっ...勝手に開けちゃまずいだろ...!」
「大丈夫だから...!って言うか...わたし巫女なんですけど...!」
そういえばそうだ。しかし今は急を要する事態なのになぜこんなところへ...と困惑する大和
先程までの嵐とは打って変わって雲一つない空に安堵すら覚える。
限りなく死に近づいたことにより、もう驚きすらしなかった。
命依がゴソゴソと何かを探しているのを見ていると、
「あった!!」
と大きな声を出す命依
「あったって何が...?」
手には全くおんなじデザインの杖が二つ握られていた。
添えられたメモには、書きおぼえのない大和の字で、
《一本じゃ足りないみたいだから、ここに隠しておいた。もし忘れてるようでも、見行に聞けばわかるだろうから、...それと、こっちじゃ手を伸ばそうとしたけど動けなかった。でも問題はない。おまえなら大丈夫だ》
「これ…は…?俺の字...?」
「うーん...あなたもしかして、不思議な存在だったりしない?」
そういわれても何も心当たりがない。
続けてもう一個のメモに目を通す。
慣れない文字と図形の集合。それを見た途端に命依が目を見開く。
「それ...!こっちの文字と術式の写し...!」
「”こっちの世界”って言うのは?」
「あー...えっと、世界って言うのは...あいつの元居た世界...?というか私もいたというか」
曖昧な説明をされたが、つまりはそういう事なのだろう。
そんなファンタジーですら先ほどまでの出来事に比べたらなんてことない。
急いでメモを読みんだ二人は数分間悩みに悩みぬいた末に、二人はそれぞれ同じ形の杖を握りしめ、
「よし...行こう!」…と
命依は覚悟を決めた。
________________________


「戻ってくることは分かり切っていましたが...思いのほか早い再登場でしたね」
嘲弄に染まった笑みで二人を迎える。刹那の隙に命依と大和の間を風の刃が通り抜ける。
「命依…!予定通りいくぞ!」
「はい!」
ジャンヌはその掛け合いに意味などないと思わんばかりに攻撃の手を止めず、だが二人は怒涛の攻めに翻弄されることなく掻い潜っていった。
「何故...何故当たらないのですか.........!」
神は苛立ちが募ってゆく
攻撃の手を強めてさらに追い込もうと大粒の氷の礫が二人へ向けてはなった。
刹那、突然ジャンヌの身体に見知らぬ刃が掠めた。
「なっ...!」
傷をつけられ驚きと怒りが同時にこみあげるジャンヌ
「よし!いけるぞ!」
大和は自信たっぷりに言う。

______________
.........____
よく見ろ...
攻撃、動作、表情、言動、能力、声、音すらも。
目に見えないものすべてさえもすべて見て命依に伝えるんだ...

勢い付いた大和も内心は冷静沈着であった。
最初の手筈はこうだ
術式の力で命依の目を俺にトレースする。
感覚を共有してあるから俺があいつの攻撃を片っ端から見切ればいい
あとは命依が攻撃、回避に利用する
術式のおかげで命依の身体能力の恩恵も受けて身軽に動けるから俺も問題なく動ける

......___
これであの神を倒す.........?神を...どう...やって倒すんだ...?
そもそも人と同じようにナイフで刺せば死んでしまうようなものなのか?
でもとどめは命依が刺すって言っていたから...
__________
しかしそんな不安感はジャンヌと対峙した途端、一気に彼方へ消し飛んでしまった
.........____
気運の流れ、行動の先、動きの終端を
未来さえも露見せんとするその眼に
海神の激昂だけが写り込む。
彼も同じものを視ているのだと思うと、此方の孤独さえも塗りつぶせてしまいそうだ。
僅かな未来迄の瞬間瞬間が常に無先例の高揚に感じられる程に
永い、この上なく永い過去は希薄であったのだろうか

妙な動きを見せる二人の人間に拭いきれぬ違和感を持ち、剰え尊大に構えるジャンヌは、たった数刻の間に彼らに起きた変化を察し、目的を理解する。
「封印・・・いや、

気ですね?」
「_っ!」
大和は焦らぬよう自分の心に何度も言い聞かせ悟られぬように、相手の理解はまだ浅いと図らせる様に。
静寂が引き裂かれ、彼らの緊張を水の刃が切り裂いた。
「速いっ...!」
間一髪で避けた大和に向けて一発二発と絶え間ない攻撃が集中する。
「まずはただの人間である貴方から殺すことにします」
大和は向かってくる刃を一発ずつギリギリで避けていく。
「はっ...ほっ!...うわっと...!」
ギリギリではあるが、全ての刃を捌き切っている大和に、ジャンヌは驚いた。
「人間の反応速度以上ですが...何故避けられるのでしょうか...?」
水刃を止め、大和に語かける。
「見えるようになってきたぞ...!」
独り言を大和が言ったのをジャンヌは聞き逃さなかった。
「視える...なるほど...なら此方も、見てみましょうか。一応ですが...」
ジャンヌの眼前に同質の魔力が二つ。神の眼で同一であると判断されたその人間たち。
「...バレた。急ごう!もう時間がない...!」
命依に急かされ、焦りながらもひたすら走り続ける。
「次、接近する!」
「わかりました!」
合図と同時に命依はすぐに詠唱を始める。
【閉塞】檻猿籠鳥-「空間束っ!!」
ジャンヌの周囲から突如として鎖や檻、束縛を目的とする象徴が具現化した。
「縛られましたか...ですがこんなことをして何になるのですか?」
動く気配のないジャンヌ。構わず術は作用してジャンヌの周辺の空間と隔たりが生まれる
「黙って見てて。あと少しだから」
命依は低い声でジャンヌに答えた。
「そうだ!おらっ...!」
走って近づいてきた大和は杖を前に出した
「いまだ!命依!」
「はいっ!」
タイミングを合わせて不可視の弾がジャンヌへ向かう。
「小賢しいですね...そのような攻撃が私に通じるとでも?」
大和はすぐに離れまた走り出す。
何時しかジャンヌは攻撃の手を止めていることに気がついた。
しかし気がついた頃にはもう遅い。見上げたそこに在ったのは巨大な雲にも見える影。
「先ほどは全部避けていましたが、氷柱の雨ではどうでしょうか?」
巨大な影は無情にもどんどん接近する。
「おい!これかなりまずくないか!?」
「避けるしかない...!全力で避けて!私もそうするから!」
一気に緊迫した状況に塗り替えられ、焦る大和たち。
「焦らないで!【瞬躍】【重複付与】!!」
発動した魔法に大和も命依も瞬間的に走る速度が引き上げられる。
「動体視力は変らないから気を付けて!」
大和は文字通り死ぬ気で避けていたのが、魔法の影響でちょっと死ぬ気で避けられるようになった。がしかし、依然として必死なことに変わりはない。
ドドドドドドド...___と大きな音を立てて煙を撒き落下する氷柱。
おちきる頃には彼らは疲弊しきっていた。
______________
「おわった...やっと...」
息を切らして膝をつく大和は安堵の表情を浮かべる。
「驚きました...人間の癖によくもまぁ...ですがもう疲弊しきっているではないですか」
檻の中でジャンヌは暇そうにしていたのだが、大和が無傷で生き残っているのを見て驚愕している。
「そして...これで完了だ...」
そう言って荒い息で立ち上がる大和は強い眼差しでジャンヌを見上げた

などと、不遜な行動ですが...先ほどのもありますしいいでしょう」
少し笑みを浮かべながら余裕そうに、そう吐いた。
その余裕そうな態度が命取りなんだ
今まで何度と機会を窺ったことか。

すべて整った。
ジャンヌを挟むように命依と大和は立っている。

「命依!!!!」
「行く...!!」
突如として二人の杖、足元が光りだした。
ジャンヌを中心に巨大で複雑な魔法陣が形成される。
「なっ...!」
ジャンヌは突如として発動開始した術式を自覚する
いつ、どうやってそのような複雑な術式を展開した?
この規模の、この密度の魔法は複雑でいくら巫女、神の権能の一部であろうと所詮は人間。さらにはその力も半分別の人間に受け渡してしまっては...
半分...
ハッと気づく
そうか。半分分け与えられていた人間だ。あいつが走りながら。攻撃を...それも欺瞞?
だとするならば...
これで確信した。彼らは攻撃を避けてばかりだった。
それを攻撃する暇がないと判断した。
巫女の攻撃が一発、掠めただけだ。
彼の攻撃は...ほとんど効いていなかった
巫女の魔法を転送してもらって打ち込んだハッタリだがそれでよかったのだろう。
あの男自身に攻撃が出来ないと思わせるように。
ここまで決まったルートで、決められた順に避けた。
何度も執拗に近づいて、攻撃するそぶりを見せた。
最後に氷柱雨、予想外だったのにもかかわらず、ギリギリで避けるのは本当だったが、それは方陣を描きながら避けるのが目的だったという事だったか...!
思考を巡らせ行き着いた結論を自覚したがもう遅い

魔法は発動し、空間に亀裂が走る。
「あれだけの大掛かりな魔法。必要な魔力は私ですね?」
「「っ...!」」
問いかけに命依と大和が反応した。
そうだ。あの命依の転移魔法も中心にいないと発動しない...
つまり命依の術もきっと中心にいるあの神を対象にしているはずだ。
大和は焦って命依を見る。
「大丈夫なはず...!きっと」
周囲の木々は揺れ動き、石の礫が空を舞う。
「空間を隔絶する魔法...正確にはここじゃないどこかに放り出すだけだけど...!」
命依は空中に生じた亀裂に海神石がどんどん吸い込まれるのを見ながら。
「対象をこの世界に元来存在しえない物質や概念に設定しているから...石も吸い込まれている...」
そう大和に説明して、大和のポケットから、全ての海神石を取り出して投げた
陣の形を保つために走りながら定期的に落としていった海神石も。すべて飲み込まれた。
「これで...全部終わる...」
唐突に意味深な発言をした命依に気がかりだ。
「な、命依...もしかして...」
その発言を遮るようにガシャン!バキン!と大きな破壊音が響いた。

「こんなもの!破壊するなんて造作もない...!」
焦りの表情が我々にも分かるように、ジャンヌは急いで束縛魔法を破壊しようとする。
何度かジャンヌの攻撃を受けても破壊されなかった束縛も、水刃が何度も当たれば壊れてしまう。
「陣の中心さえ破壊してしまえば...!」
ジャンヌは中心を破壊することで術を不発にしようと画策した。
ひび割れる鎖、捻じ曲がる檻、千切れる茨。束縛はとうに1,2箇所ほどになっていた。

「間に合わない...!このままじゃダメ!」
焦る命依
「何とか止めないと...!」
大和も同様な感情だ。
しかし
ガシャンという音とともに最後の封じ手も破られてしまった。
「後ほんの一瞬でも遅れていたらまずかったかもしれないですね...でも、残念でした」
地面に降り立つ間もなく、魔法陣の上空からジャンヌは
「はあっ!」
小さな氷塊を顕現させて命依と大和の間の地面を抉る。
途端に魔法陣は光を失う
...そしてすぐに亀裂は閉じるだろう
......___
「亀裂が...閉じない...!なぜだ..._!」

ニヤッと笑った命依が
「これで私たちの勝ち...!」
と宣言した。術の中心が絶たれ、崩壊したかに見えたが...
命依と大和の持っていた杖は、この術が発動してからずっと光っていた。
大和はそれに気がついて、命依に問いかけた
「もしかして...」
「そう、二人で発動した術式ならば、二人のいるちょうど間が中心になるはず」
その真実に気がつかず、ジャンヌは急いで地上に戻ろうと急降下する。

しかし、発動した魔法陣の魔力に押されて上空に押し戻される。
「近づけないっ...!どうしてっ...!」
表情が歪むジャンヌはどんどん亀裂の方へ押し流される。
「大和、こっちへ...」
そう命依に言われ、術の中心に向かう大和。
「私の、巫女の部分...魔法もすべて、そろそろ消えちゃうから...」
そう言って大和に杖を渡し、続けて大和に言った
「術か閉じるまでは...こうしておかないとだめだよ...」
大和はひどく困惑し
「どういう事だ...?消えるって...」
「あぁ...えっと...私自身は消えない...消えるのは巫女、魔法とかそういうのだけ」
そう言った命依も少し怯えている。
「なぁ、本当はどうなんだ...?」
優しく問いかける大和に命依は震える声で答えた
「多分...魔法が使えるようになってから...の、魔法に関する記憶が...周辺の記憶ごと...」
つまり巫女になってからの記憶はほぼすべて消えてしまうという事だ。
元島民としての記憶だけが残る。
「ははっ...そうか...なら仕方ないな...」
俯いて震える二人を待たずに、魔力の残滓はすべて亀裂にできた大穴が吸い込んでいってしまう。
そして命依は続けて説明をする。魔力を持ったものと接した人間もその時の記憶はなかったことになってしまう。しかし、島の形が変わってしまった災害然り、干渉による影響はそのまま残されてしまうのだと。

命依の魔力が肉体から切り離され、天に昇ってゆく。大和はそれを必死に掴もうと手を伸ばした。その魔力はどんどん大穴へ向かっていってしまう。
......____
「まだです...まだ終わらせない...!」
同時に、吸い込まれてゆく神は最後のあがきで石と魔力をすべて吸い込んだ。

意識が消えそうになりながらもジャンヌは魔力を凝縮、圧縮して世界に放つ。
圧縮された白い光は真下の、大和目掛けて落下...射当てようとする。
「...!あぶな...」
そう言いかけた大和は、目の前に現れた魔法陣に遮られる。

「これは...帰路の魔法...!」
ジャンヌは何処から発動したかもわからない魔法に深く戸惑ったが、すぐに気付く。
「あぁ...そういう事ですか...

...」
ジャンヌは諦めたのか。今までの怪訝そうな表情は解かれ、目をつむってそのまま消えていった。
激しい光が方陣と空中の亀裂をつなぎ、激しい閃光とともに消失した。
光の残滓、光芒は薄れ、すぐに何もなかったかのように暗くなった。

__________

夜明けの光が倒れた命依を照らす。
あの時と同じだ。あの夜、崩れた崖に俺と女の子が一緒にいたときだ
大和は急いで駆け寄った。
「まっててくれ...命依...」
そう言って命依を抱えて家に向かっていった夜と同じセリフで彼女の後を追う。
ボロボロの彼女を急いで家に、記憶が消えてなくなる前に...!
そんな景色もすべてきれいさっぱり消えてしまう。
何故助けたのか、誰なのかすらも...

____________________

あの後町長に聞いたら、島の人ではあるらしいが、どうも古い知識しか持ち合わせていないようで、まるで何世代も前の人としゃべっているようだと言っていた。

あの日崩れた崖にいた女の子の正体がもしかしたらタイムスリップしてきた人なのかも、なんて変なことを考えながら大和は海を眺めていた。

「あの子、なんか見覚えがあったんだよなぁ...」
初めて見たはずの女の子なのに見覚えがあるなんて運命的な?気持ちわるいか...

彼女は名前も思い出せないとのことで、記憶喪失化に思われたが、大和の顔を見るや否や「命依」と自称し始めたことで、名前が命依ということが判明したり、家がないからと言って大和の住む家に住まわせるなんて言い出した時はさすがの命依も遠慮していたが、じいちゃんが命依の顔を見ると、すぐに迎え入れようとしてしまった。
かくいう大和も、彼女になつかれている...?ような感じで、至る所に付いてくるので少し困っていた。
そんな生活も8月末、夏休みの終わりとともに大和は本島に帰ることになってしまうわけだが、
「大和帰っちゃうの!?」
「しょうがないだろ、夏休み終わるんだから、あーあ、ほんとはもっと早くに向こうに帰って友達と遊ぶ予定だったのに」
「こーれ大和。そんなこと言うでない。せっかくこんなにかわいい女の子になつかれてるっちゅうのに」
...それとこれとは話が違う。
それにあの事件も結局何が原因だったのかわからずじまいだったし。
「そもそもなんでこっち帰って来たのかすら忘れちゃったし、はぁ...」
命依がこの生活にも慣れていたのが不幸中の幸いだ。
______________
「......あの魔弾...帰路で返されてわたくしのところに戻ってくるとは思いませんでした...」
頭を抱えるジャンヌは、何もなく真っ暗な、上も下もない異空間に飛ばされ、一人漂っていた。
「まあ、幸い海神石の回収はできましたし、魔力も手元に戻ってきたわけですが...」
空間が調和し、異空間と混ざり切るまでの時間はあと何年だろうか。そんなことを考えるしかなかった。
それに気がかりなことはまだある。
何故タイムリープが出来たのか...前回の私に何かさせたのか...?
異界の門が開くのが初めてではなかったのか...?
「大方あのクソ巫女の魔力が原因でしょうか...ふんっ」
ジャンヌはそう言って指で魔力の塊を弾くと、回転しながら額に戻ってきた。
「あぁ...!クソ...!」
_________________
島を出て、学校生活が戻った大和
「お、大和!お前なんで連絡よこさなかったんだよ?」
「いやそれが、島って電波が届かなくて、それに事故っちゃって...」
「えー!葛城君大丈夫だったの?」
通学路でいつものメンツとの会話をしている大和は久しぶりの友人との会話にどこか懐かしさすら感じつつため息をこぼす。
「それがさ、崖崩れに巻き込まれたみたいでさ...」
「やばいじゃん!それで大丈夫だったのか?」____

・・・
始業式が終わって一人暮らしの家に戻ってきた
「おう!じゃあまたな!」
「ああ!また明日!」
ガチャリと鍵を開けようとした。
「ん?開いてる...鍵かけ忘れたかな...」
扉を開ける
「何でいるんだよおまえ」
「いや...その...ね?」
少女が少し首をかしげて不敵に笑った。
何も変わらぬ日常に変化が訪れたようで満足感があった
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