第1話
文字数 1,931文字
好きな事が出来るとワクワクしていた。もう息子も娘も独立し、生活に余裕があったので、好きな事にチャレンジしてみたい。
それは小説だった。
若い頃、少し書いていた事もあったが、子育てや仕事で時間がとれず断念していた。今は仕事も引退し、金にも時間にも余裕があるので、近所のカルチャースクールに通って勉強し、投稿サイトに作品をあげていた。
主に中華後宮や大正ロマンを書いている。もともと少女漫画や韓国ドラマが好きなので、そんなキラキラした世界を書きたかったのだが。
「はあ、何これ……」
趣味のつもりで書いていたが、時々読者からコメントが届く。概ね好意的だが、中には変な意見も混じる。だいたい全体の2割ぐらい。本格歴史中華ものじゃないとか、賞を取るために魂売ってるとか。
カルチャースクールの仲間に聞くと、創作界隈でも変なコミュニティもあるらしい。編集部に賞の落選理由をしつこく問い合わせしたり、賞をとった人へのストーキングなど小さなコミュニティでやっていると聞き、信じられない。
ここでは同じ趣味を楽しむ仲間としてみんな仲が良いので、正直憂鬱になる。自作も全員に好かれる努力をすべきなのか悩む。
私はそんな憂鬱な気分でカルチャースクールを後にした。
途中、街の商店街を歩く。ここを通ると近道になるのだが、過疎化が激しい。シャッターも降りろされている店も多い。
花屋、カフェ、茶屋が開いているが、商店街を歩く人は自分を含めて老人ばかり。日本の将来が不安になるレベルだ。
そんな事を考えていると、いい香りがした。ニンニクや油の匂い。おそらくラーメンか餃子の香りで腹が空く。中華屋からの香りのようで、思わずふらりと立ち寄った。
昔ながらの町中華といった店だ。のれんや店内の床も、赤色で食欲が余計に刺激される。綺麗な店ではないが、いい香りに負けた。
すみの2人がけの席に座る。昼時で混み合っているが、待たされずに席に案内された。カウンター席は常連客で埋められ、炒めものの音や店主の明るい声も響く。過疎化している商店街の中で太陽みたいに明るい。今まで一度も入った事のない店だが、当たりだったかもしれない。
メニューを見ると、町中華らしくチャーハンや天津丼、餃子やラーメンが目立つ。なぜかオムライスやナポリタンといった洋食もあり、首を傾げる。
「うちみたいな町中華は本格派っていうより、お客様の需要が全てですから。で、こんな洋食もあるんです。美味しければ何でもアリです」
店員に聞くと、そんな回答が帰ってきた。まだ若い大学生ぐらいの女の子だ。バイトか、このお店の娘さんだろう。
「中華風のラノベみたいなものね」
「そうそう! 私、『薬屋のひとりごと』とか大好きなんです」
「私も!」
なぜか中華風のライトノベルで店員と盛り上がってしまう。
「あ、何だか関係ない話ね。注文は、そうね。このナポリタンにします」
「かしこまりました」
うっかりナポリタンを頼む。メニューの写真のナポリタンは、鮮やかなオレンジ色で、太陽みたいに明るい。食べると元気になれそうだったから。
実際、このナポリタンを食べると美味しかった。ライトなケチャップの味と、ソーセージのジューシーさがたまらない。麺の柔らかさも最近顎が弱ってきた私には有難い。こういう気取らない味が一番嬉しい。
しかし、カウンターで食べている客が私のナポリタンを見て、変な顔してきた。スーツ姿のおじさんだったが。
「ナポリタンって本場イタリアだと嫌われてるんだよ。ケチャップソースが受けないとか」
明らかに水をさされた。食べている時に最悪だ。
「何言ってんだい、お客さん。ここはイタリアじゃなくて日本だぜ。ナポリタンは日本で生まれたんだからいいの!」
カウンターの内側にいる店主がフォローしてくれた。
「そうよ。それにどんな美味しいものだって、アンチも好きな人も両方いるわ。2・6・2の法則よ。アンチとファンが2割、その他が6割っていう法則。ナポリタンに限らず全員に好かれる食べ物なんてないし、わざわざ本場の事まで持ち出してケチつけないの」
あの若い店員も言い返し、おじさんはタジタジになり、謝ってきた。
「いいんですよ、謝らないで」
2・6・2の法則があるなんて目から鱗だった。全員に好かれる為の努力は無駄かもしれないと悟る。これまで悩んできた事が急速に小さくなり、アリ一匹のように見えてきた。
再びナポリタンを食べる。やっぱり美味しい。確かに町中華でナポリタンというにもミスマッチだが、食べてると元気になってきた。
たまにはこんな外食もいいものだ。今度はカルチャースクールの友達も連れて、みんなで楽しみたい。その時を想像をすると、余計に楽しくなってきた。
それは小説だった。
若い頃、少し書いていた事もあったが、子育てや仕事で時間がとれず断念していた。今は仕事も引退し、金にも時間にも余裕があるので、近所のカルチャースクールに通って勉強し、投稿サイトに作品をあげていた。
主に中華後宮や大正ロマンを書いている。もともと少女漫画や韓国ドラマが好きなので、そんなキラキラした世界を書きたかったのだが。
「はあ、何これ……」
趣味のつもりで書いていたが、時々読者からコメントが届く。概ね好意的だが、中には変な意見も混じる。だいたい全体の2割ぐらい。本格歴史中華ものじゃないとか、賞を取るために魂売ってるとか。
カルチャースクールの仲間に聞くと、創作界隈でも変なコミュニティもあるらしい。編集部に賞の落選理由をしつこく問い合わせしたり、賞をとった人へのストーキングなど小さなコミュニティでやっていると聞き、信じられない。
ここでは同じ趣味を楽しむ仲間としてみんな仲が良いので、正直憂鬱になる。自作も全員に好かれる努力をすべきなのか悩む。
私はそんな憂鬱な気分でカルチャースクールを後にした。
途中、街の商店街を歩く。ここを通ると近道になるのだが、過疎化が激しい。シャッターも降りろされている店も多い。
花屋、カフェ、茶屋が開いているが、商店街を歩く人は自分を含めて老人ばかり。日本の将来が不安になるレベルだ。
そんな事を考えていると、いい香りがした。ニンニクや油の匂い。おそらくラーメンか餃子の香りで腹が空く。中華屋からの香りのようで、思わずふらりと立ち寄った。
昔ながらの町中華といった店だ。のれんや店内の床も、赤色で食欲が余計に刺激される。綺麗な店ではないが、いい香りに負けた。
すみの2人がけの席に座る。昼時で混み合っているが、待たされずに席に案内された。カウンター席は常連客で埋められ、炒めものの音や店主の明るい声も響く。過疎化している商店街の中で太陽みたいに明るい。今まで一度も入った事のない店だが、当たりだったかもしれない。
メニューを見ると、町中華らしくチャーハンや天津丼、餃子やラーメンが目立つ。なぜかオムライスやナポリタンといった洋食もあり、首を傾げる。
「うちみたいな町中華は本格派っていうより、お客様の需要が全てですから。で、こんな洋食もあるんです。美味しければ何でもアリです」
店員に聞くと、そんな回答が帰ってきた。まだ若い大学生ぐらいの女の子だ。バイトか、このお店の娘さんだろう。
「中華風のラノベみたいなものね」
「そうそう! 私、『薬屋のひとりごと』とか大好きなんです」
「私も!」
なぜか中華風のライトノベルで店員と盛り上がってしまう。
「あ、何だか関係ない話ね。注文は、そうね。このナポリタンにします」
「かしこまりました」
うっかりナポリタンを頼む。メニューの写真のナポリタンは、鮮やかなオレンジ色で、太陽みたいに明るい。食べると元気になれそうだったから。
実際、このナポリタンを食べると美味しかった。ライトなケチャップの味と、ソーセージのジューシーさがたまらない。麺の柔らかさも最近顎が弱ってきた私には有難い。こういう気取らない味が一番嬉しい。
しかし、カウンターで食べている客が私のナポリタンを見て、変な顔してきた。スーツ姿のおじさんだったが。
「ナポリタンって本場イタリアだと嫌われてるんだよ。ケチャップソースが受けないとか」
明らかに水をさされた。食べている時に最悪だ。
「何言ってんだい、お客さん。ここはイタリアじゃなくて日本だぜ。ナポリタンは日本で生まれたんだからいいの!」
カウンターの内側にいる店主がフォローしてくれた。
「そうよ。それにどんな美味しいものだって、アンチも好きな人も両方いるわ。2・6・2の法則よ。アンチとファンが2割、その他が6割っていう法則。ナポリタンに限らず全員に好かれる食べ物なんてないし、わざわざ本場の事まで持ち出してケチつけないの」
あの若い店員も言い返し、おじさんはタジタジになり、謝ってきた。
「いいんですよ、謝らないで」
2・6・2の法則があるなんて目から鱗だった。全員に好かれる為の努力は無駄かもしれないと悟る。これまで悩んできた事が急速に小さくなり、アリ一匹のように見えてきた。
再びナポリタンを食べる。やっぱり美味しい。確かに町中華でナポリタンというにもミスマッチだが、食べてると元気になってきた。
たまにはこんな外食もいいものだ。今度はカルチャースクールの友達も連れて、みんなで楽しみたい。その時を想像をすると、余計に楽しくなってきた。