御堂狂四郎、親愛なるマイノリティの仲間達へ手紙を書く

文字数 10,557文字

『しかしなんでもああ言えば通ると思ってるんだから。何ていうか、かわいくないよね。僕は、ああいう人は、味方したいと思わないな』

『バカだなぁ、御堂君。人間はみんな同じだよ。そもそもかわいくもなければ、かわいそうでもない生き物なんだから。傲慢で、欲張りで、弱くて、目立ちたがりで、みんな同じだよ。どんな人であろうと差別しちゃいけないよ。気が狂ってようが、手足がなかろうが、生まれついて不利な立場に居る人だろうが、悪は悪だ』

『君の言う通りだ』

『もちろん、その逆もね』



〜仲間達へ〜



 肩輪君、こんにちは。
 覚えてますか?君がいつか僕にこう言ってくれた事を。

 御堂君、キミは特別な人間だ。由緒正しいマイノリティの末裔として、君はいつも本当の事を言わなきゃいけない。きっと、それはつらい事だろう。たくさんの人から四六時中狙撃され、暗黙のルールと対立して生きる事に他ならない。もしかすると、永久に孤独で居なければならないかもしれない。でも、それは僕も同じだ。君は一人じゃないんだよ。だから、僕ら力を合わせて差別の無い世界を作っていこう。約束だよ。

 君のこの言葉が、どれだけ僕を奮い立たせたか知らないだろう。僕は君の言葉を力にしたんだ。時代遅れのメッセージを歌い、不遇なまま死んでいった人々を追いかけ、時間に埋もれた骨を掘り出し、ノートに大切な事を書き、孤独な人に寄り添い、共に敗北しようが苦戦している側に立ち、成功者や器用な人を敵に回してきた。
 僕はこうした行為に全てを捧げてきたと言ってもいい。その為に、いくつもの金では買えないチャンスさえ捨てて来た。愚かだと思うかい?

 これらは全て、君の、いや君達の姿にある種の憧れを抱いていたからなんだ。何か大きな物と戦う事を運命付けられ、そして生まれてきた君達。なんて美しいんだろう。君が、僕も仲間だと言ってくれた時、どれだけ嬉しかった事か。

 でもね、肩輪君。君には、本当にガッカリなんだよ。
 こないだ君は満員の電車で、座席を譲らない人を非難していたね。この僕に譲らないなんて、あなたは人の心がないと。それは個性と権利の侵害だと。そして、足が無い事を利用し、人から何かを奪おうとしたり、金を得ようとしたりしたね。僕はそうした君の姿は、どんな理由があろうとも、見たくは無かったんだ。

 もちろん、君も僕もずいぶん歳を取ったから、あの頃より利口になってるのは当然なんだ。おまけに世の中は便利になり、あまり君を足手纏いにしなくなった。いや、できなくなったと言った方が正しいね。そして君の味方は増え、君や僕が戦うまでもなく、誰かが代わりに戦うようになった。それは、素晴らしい事だ。

 けど、今の君は少しも美しくないよ。例の病室の窓辺で黄昏てた君の横顔を覚えてる。僕は生まれて初めて、男を美しいと思ったんだよ。ああ、何かを失った人って、どうしてこうも儚いんだろう。片足で不安定にコンクリートの地面に立ち、冬の月明かりに照らされている君は、まるで月面に立つ旗みたいだった。その君がだよ、まるでバカな女みたいに、あたり構わず自分を売り込み、傷口で同情を引くようなマネをして、堅牢な要塞に籠城し、大きな顔をしてぬくぬくと暮らしているのは悲しい事なんだ。ハッキリ言うよ、君なんてね、偉くも何ともないんだよ。ただ、優しさをかき集めて換金しようとする、物乞いじみた男じゃないか。
 ところで、かっこいい障害者になれましたか?善意をかき集めて、他人の揚げ足を取る事ばかり考えて。
 
 僕を、君の敵にしないでくれ。どうか、僕を君の味方で居させてくれないだろうか。傷を活かして儲けてやろうなんて、他人を言い負かしてやろうなんて、口にしないで欲しい。知恵もなく、自信もなく、ただ生きるという事にさえ苦戦している人達のために、傷を失わないでくれ。彼らがみんな、君のような手口を覚えたら、どうなると思う?
 僕が言っている事が、あの頃の君になら分かると思うんだ。



 晴天ちゃん、元気かい?久しぶりだね。
 僕は遊歩道に並ぶイチョウの木を見ると、君を思い出すんだ。
 君と並んで歩いた夜が有ったろう?君が、僕を好きだって言ってくれた日さ。あの時、僕は心の底から、自分は女体が好きなんだなと痛感したんだよ。そう、僕はああして全てを受け入れるような顔していながら、精神的な女に無関心で、肉体的な女にだけ欲情するサルだったんだ。無論、君はそんな事とっくに知ってただろうけどね。

 君は言うまでもなく、女性だ。そりゃあ、髭も生えてるし、筋骨隆々だし、ブラも無しで平気な胸で、生理も来ず、竿も玉も立派なもんだけど、それがなんだっていうんだ。君の神経や感覚は、そこらの飲み屋の女よりずっと女性的だった。
 僕の乏しい知識や語彙力では具体的には語れないけど、僕は男性と女性とでは何かの感覚が決定的に違うと思ってるんだ。そして、君は女性だった。それは僕が保証するよ。けどね、柔らかな乳房が無く、言葉では言い表せない外見の細かな違いで、僕は君を男だと思わずにいられなかったんだ。

 僕はこう言ったね。
 ごめんよ、君の事は好きだけど、欲情できないんだ。僕にとって、欲情は、愛と同じぐらい大切な物なんだ、と。

 僕が言い終える前に、君は泣いていた。そしてこう言った。
 うん、いいよ。当たり前の事だよね。
 僕は、あの時の君の表情が忘れられない。悲しさと、寂しさと、諦めと、それを知り尽くし、力無く笑ってた。あれほど胸を締め付けられた事は無かったよ。これは嘘じゃない。

 でも、そんな君も今はすっかり有名人だね。
 必要以上に君を持ち上げる連中もいる。僕はね、昔からの縁で君に忠告したいんだけど、自身の希少価値を利用して騒ぐのは良くないよ。なぜって、本当の本当に、君を理解してる人間なんて、僅かなんだよ。君が叫べば多分テレビにも出られるし、あちこちで君を讃える声が飛んでくるだろう。それは心地良い事かもしれないな。でもね、同時に、とても恐ろしい事だとも思わないか?だって、その中の何人が欲情を捨て去った、宝石みたいな領域に居るんだろう。人を笑い物にしたり、陰口を言ったり、異端を攻撃する悪癖を無くせているだろう?疑い出したらキリがないけど、疑いなくして信用も生まれないのは事実だ。

 ところで、軽々しく個性の尊重だと叫ぶ輩はごまんといるけど、彼らに個性なんて物があったかい?彼らはいつも集団の中に擬態する術を知ってはいないかい?かりそめの過去と今で未来を飾り立てようとはしていないかい?仲間の陣形に座席を作り、安全を確保してから行動してはいないかい?本当に心に傷を負っているかい?
 君が個性って言葉が傷を埋め出した頃を覚えているかい?

 僕は全ての君の国の人に言うんだ。今回は君に言うよ。
 竿と玉は取れば良いし、顔だって変えれば良い、注射だって打てば良い、ただしそれを見せびらかすのはよすんだ。君を見せ物にしようとしてる人は、いくらでもいる。騒いだり見せびらかしたりするのは、危険な事なんだよ。それに、君を好きな人はみんな、君を静かに守りたいと思ってる。それを覚えておいてくれないか。
 
 確かに時代は君に追い付きつつある。今に男も女も無い時代が来て、僕は誰にでも欲情できる立派なサルになって、誰であろうと抱けるようになりたいと思う。その時は、真っ先に君を抱きに行きたい。



 吉外君、お元気ですか。
 そういえば、君はまた病院から抜け出したそうだね。途轍もない距離を歩いて、遠い遠い土地で君が捕えられたというニュースを見たよ。君は昔から歩くのが好きだったな。その底なしの体力と、探究心がどこからやってくるのか、僕は今でも分からないままだ。本当にすごいと思ったし、羨ましいとも思った。

 君が今、どんな風に暮らしているのかは全く知らない。少なくとも薬を飲んだり妙な運動やテストをやらされていない事を願ってる。君は外の世界に出て、いつか僕に教えてくれた透明のライオンを追いかけたいのかもしれないけど、僕は友人として君に忠告するよ。君は生まれてくる時を間違えた猛獣みたいなものだから、そのまま檻の中で静かにご飯を貰って暮らすべきなんだよ。君は外に出ると、誰かを困らせてしまうだろう。

 僕は本当の事を言うよ。君が困らせた人の人生を思うと、悲しくてたまらないんだよ。それは、君自身も、もしかしたら悲しい事だと思う。
 理解できないかもしれないけど、僕の本当のメッセージだ。



 泡姫ちゃん、変わりないですか。
 ここのところ、君達の国も随分と開けて来たように思えます。僕はそれが良い事なのか悪い事なのか分からず、苦しんでしまう時があるんです。
 というのも、先日、君の友達の風姫ちゃんがこう叫びました。

 私達は自分らしく生きたいように生きる、その為に努力もしている。なので、偏見や差別はやめて下さい。

 僕はこれを聞いて、風姫ちゃんの味方をやめなければならなくなりました。
 なぜなら、僕は弱い者の味方で、強い者の味方はできないのです。居場所が無く、白い目で見られ、どうして良いのか分からず、泣き、儚い美しさを纏っている人の、あの表情の味方をせずには居られないのです。
 ですが、風姫ちゃんの発言には強い自信と、揺るぎない決意と、あわよくば自分を売り込もうという思惑が有ったように思うのです。逞しく、目立ちたがりで、強引で、勇ましく、賢く、強欲な目をしていました。これを弱者と呼べるでしょうか。僕は呼びません。そもそも、一人で生きていける人に味方など必要ないと思いませんか。

 僕は君に非難されるのを覚悟で書きますが、君や君の国の人が子どもを産み、その上で自分の素性を平気で大衆に向かって話せるというのがいまだに信じられません。誤解しないで欲しいのは、君達の文化を否定しているわけではないという事です。僕も時には君達の仲間を見て欲情し、ある意味ではどんな人よりも感謝しています。

 要するに、なぜ自ら進んで日陰に飛び込んだのに、見せびらかすなんて事ができるのか、その感覚が分からないのです。
 君達を知らない人などいないし、どちらかというと名物になっているので、何も言わないのが一番美しいと思うのです。言わぬが華と、ことわざにも有りますよね。
 
 ところで、あまり喋ると戻れなくなるという事を知っていますか?僕は実際、戻れなくなってしまい、後悔している事がいくつか有ります。

 君の神経が決して壊れてなどいない事を信じています。そもそも神経などという脆い物が、君の燃え盛るような人生に同伴できる物なのかどうかは分かりませんが。
 炎が火になり、火が灰になる頃には、どうか静かで幸福な人生を送っていて下さい。



 埠頭高君、お元気ですか。
 僕が君に、誰よりも親近感を抱いている事を知らないでしょう。なぜなら、僕も一時期は君と同じ国に住んでいたからです。いや、もしかしたら今でも国籍はそこになっているやもしれません。しかし、国籍なんてものは最近では何の意味もありませんね。
 
 ところで、狭い国に住んでいると、人からこう言われますね。そんな狭い国に住んでて、不便じゃないの?息苦しくないの?悲しくないの?不安じゃないの?と。
 僕はこうした言葉はあらゆる国にも当て嵌まる、的外れの疑問なのだと思っています。なぜなら、どんな狭い国であろうとも、その全てを知る事はできないし、また何が起こるのかも予測できませんよね。ですから、どこにいようと先に書いた不便や不安は無くなりません。当然、広い国でも同じです。もし、君がその国に暮らす事で悩んでいるのなら、それは間違いだと言っておきたいのです。駅が近く、町が多様化されていて、夜道が明るいなんて事がそんなに良い事でもないというのは君も知っている事でしょう。

 君は何もしたくないと言っていましたね。人はそれを聞いて君を励ますかもしれませんが、それは余計なお世話でしょう。君に励ましの言葉など必要ないと思います。必要なのは時間と、すべき事の発見です。僕が言うのだから、きっとそうなのだと思います。



 あんこさん、久しぶりです。
 お恥ずかしながら、僕はあなたと出会うまで、本当に子どもでした。あなたに大人にしてもらったと言っても過言ではありません。その節は本当にありがとう。

 あなたはいつもボロボロの服を着て、妙な宿屋に寝泊まりし、熱い太陽に照らされていましたね。そして、僕がおかずをあげると、素晴らしいドロまみれの笑顔を見せてくれました。なぜか歯が無くて、しょっちゅう居なくなり、遠くの土地で放射線を浴びたと豪語するあなたは、まさに怪獣そのものでしたね。
 僕はその時に思いました。本にしか出てこないと思っていた人が、現実に現れる事も有るんだ、と。僕はまだまだ子どもでした、現実に起こる事と起こらない事の区別もできてなかったのです。これこそ本当の無知だと言えるでしょう。

 これからは何が起ころうとも、決して驚かない事を誓います。そして、どんな人も信用しないと誓います。あなたが僕のお金を何に使ったのか知りませんが、それは学費だと思ってあなたにあげます。どうか元気に逃げ延びて下さい。
 短い間でしたが、あなたと一緒に暮らした日々は一生忘れないでしょう。



 御薬ちゃん、元気にしてるかい?
 君はいつも元気だったから、多分今も元気なんだろう。

 君はいつも道路をホウキで履いていたね。そして、お地蔵さんをひっくり返してダンゴムシを探したり、休まずに何時間も空を見たり。ああした行動は僕には何の意味が有るのか理解できなかったけど、きっと君にしか分からない楽しさがあったんだろうな。

 ところで、ずっと疑問に思っている事が有るんだ。君はいつからどのようにして、その国に住むようになったのかな?僕も君も大して変わらない所に住んでいたのに、君はいつの間にか、それこそ何も言わずに突然行ってしまった。僕はその過程が全く分からず、残念というより不思議な気持ちになった。

 君はいつも黒い宇宙みたいな目をしていたし、震えたり、周りの様子を伺ったりするのに忙しそうでなかなか聞き出せなかった。このまま会えず終いでそれすら知らないままというのは、あまりにも寂しいとは思わないか?なので、もし返事をくれる事があれば、その辺りについて教えてくれると嬉しい。

 君は多分、僕より先に死ぬだろうな。いや、ある意味ではもう死んでいるのかもしれないけど、僕は大して気にしちゃいないよ。明確に死んでしまうぐらいなら、曖昧なままでもこの世に居れば良いと思うんだ。人が死ぬのはもう見たくないし、聞きたくもないし、葬式なんてのは下らなくて行きたくない。
 
 君はかわいいし、面白いから好きだ。
 誰の事も信用してはいけないよ、君はいつも狙われているんだから。善人も悪人も、ありとあらゆる人が君から何かしらを奪い、暴き、弄び、攻撃するだろう。それがイヤなら、こっちへ帰っておいで。僕はいつだって、君の血を洗う方法を考えているんだ。

 特に、君を連れて行った人間だけはどんな些細な言葉でも信じてはいけないよ。これは僕の命をかけても良い、真実だからね。



 成形ちゃん、元気ですか?
 今更ですが、僕はずっと君の事が好きでした。君が非常階段の裏側で泣いているのを見て、僕はどれだけ胸が締め付けられた事でしょう。君が同級生達にブスだブスだといじめられるのを見て、どれほど彼らを殺してやりたいと思った事でしょう。

 僕は偽善者にはなりたくないので、ハッキリ言います。君はブスでした。本当にひどい顔で、あの時代に君より醜い容姿の女の子はどこを探したって見つからなかったと思うのです。けど、僕は君が好きでした。なぜなら、君が不幸で美しかったからです。僕はどうしたって、幸福な人の敵で不幸な人の味方になってしまうのです。

 わざわざ敵対しなくても、と思うでしょう。ですが、敵も作らずに誰かの味方になるという事は、いささか都合が良い考えだとは思いませんか。そんな事をしようとする人は文字通りの偽善者です。
 僕は敵や味方という単語を、戦いや争いに使う言葉だと思っているので、誰かに味方する以上、対の立場の人とは戦わなければならないのです。

 ところで、君は今、会う度に顔の変わる美女として、膨大な金を投じて数えきれない回数の手術をし、様々な場所を訪れて、自分の顔の変化を飯の種として売り込み、大金持ちになり、贅沢をし、幸せに暮らしていますね。
 過去を捨て、今を生きる、それは素晴らしい事ですが、どうしてそう簡単に次々と捨て去る事ができるのでしょう。それが本当に必要な事なのか、僕には理解できません。

 君はもう僕など知らないかもしれませんが、あの頃の君が纏っていた美しさは、今の君にはありません。どうか、あの時に感じた痛みを捨てず、見せびらかす事の恐ろしさを、見られる事の恐ろしさを、顔というパーツが持つ恐ろしさを、思い出してはくれませんか。
 
 僕は君がこれからどうなってしまうのか心配でなりません。
 完璧を求めると孤独になるしかない事を知っていますか?美しくなるって事は、暖かい事であって、そういう事では無いと思うのです。



 梅ちゃん、お久しぶりです。
 僕は君や倉微塵ちゃんに出会うと、どうすれば良いのか分からなくなるのです。というのも、君達は綺麗な毒リンゴそのもので、食べたら最後、僕は毒に犯されるでしょう。
 もちろん、君達の毒を僕が引き受けるのは簡単ですが、君達は得てして股が緩い傾向にありますよね。その毒もどこからか貰って来たものじゃないかと疑ってしまいます。自国の毒物ならともかく、どこか知らない土地から来た毒はごめん被る。この理屈は変でしょうか。
 
 僕は昔から気になっていました。
 君達の国の偉い人は、なぜ君達の毒を治そうとしないのでしょう。金さえ稼げれば誰がどうなろうと知った事ではないという意思表明なのでしょうか。僕はそういうハッキリとした考え方は嫌いではありませんが、もしそうならとても恐ろしい国ですね。
 また、その事について話をするといけないとされている事も不思議でたまらないのです。話さない事には治しようがないのではないかとも思うのですが、それも症状の一つなのでしょうか。
 返事をくれる事があれば、その辺りについて教えて下さい。

 ちなみに僕は君達が好きですが、君達が股を掻きむしる姿だけは嫌いです。もう少し、美しく振舞うと、さらに効果的ですよ。梅の花が咲く、春の夜。君の太ももに書いてありましたね。
 いつまでも若く元気な姿で、そんな姿を見せて下さい。種を落とすのは枯れた後にしましょう。



 露理魂さん、久しぶりです。
 これまで色々な人に出会ってきましたが、あなたほど重い十字架を背負って生きている人はいないのではないかと思います。
 というのも、僕は言うまでもなく欲情が大好きな男ですし、あなたもきっとそうでしょう。抑えろという方が無理な話で、実際、できる事なら毎日24時間欲情し、女性と交わりたいと考えているぐらいなのです。

 ところが、あなたは大人の女性に欲情する事があまりなく、遥かに年下の、子どもにしか反応できないというのが、さぞツライだろうなと思うのです。
 だって、あなたが本気で欲情したら最後、あなたの未来は閉ざされてしまいますね。人殺しよりも、麻薬よりも、固く閉ざされるんじゃないかと想像しています。そうなったら、あなたの味方をする人はどこを探しても見つからないでしょう。人は共通の敵を前にすると結束するといいますが、もしも誰かに手を出したあなたを前にしたものなら、全世界が一丸となってあなたを攻撃する可能性さえあります。

 ですが、僕はあなたの味方です。何もしませんが、あなたを笑ったり気味悪がったりはしません。会いたいと言ってくれれば、いつでも会いに行きます。なぜなら他の仲間達と違って、あなたは昨今流行りの『個性の尊重』とかいう金メッキの座席を、どれだけ時間が経とうとも与えられる事が絶対に無いと思うからです。
 僕はそうした人の味方をせずにはいられないし、それがかわいそうでなりません。
 なので、どうか欲情せず、赤いランドセルには近付かないようにして下さい。それさえしなければ、僕もみんなもあなたの味方のままでしょう。味方がいれば、何とか幸せになる方法も見つかるってもんです。
 
 つらい人生だと絶望する事もあるかもしれませんが、よく考えてみて下さい。あなたと僕に大した違いは無いように思えます。なぜって、僕らのようにモテない男は、どっちにしたってそう簡単には女を抱けっこないのですから。
 僕はただそれが言いたかったのです。



 混血ちゃん、こんにちは。
 幼馴染の君が遠くに行ってしまって、僕はとても寂しく思っています。
 そっちは楽しいですか。元気にやっていますか。やたらと傷付くフリは大変ですか。過敏になった神経はそろそろ緩みましたか。僕は君をテレビで見るたびに、本当にため息ばかりついてしまうのです。

 いつか、僕と君はこう話し合いましたね。
 本当の仲間は、私達だけだ、と。
 僕はその言葉を信じ、何をおいても君を守ろうと誓いました。そして、君を一番の友達にするために、一番仲の良かった純君と絶交しました。一番というのは、一番だからです。それ以外を置いておくのは、保険をかけているようで、できなかったのです。
 
 ところが、今の君はどうですか。
 沢山の仲間を作って、群れ、叫び出し、時代の流れに乗って自己を売り込み、金を得ていますね。流行というやつは本当に凄まじい力を与えてくれるのだなと、思いました。君はもう強くてたまらない立場にいるので、残念ながら僕と戦う事になるでしょう。仲の良かった君を刺すのは心苦しいですが、君がそうした行為を平気で楽しむ以上は仕方がないのです。
 もちろん、君は悪くありません。ただ不幸を幸福にしただけです。
 
 本当にコンプレックスでしたか?僕はかっこいいと思っていましたが、君は違うと言いましたね。儲けるなとは言いませんが、君は幸福のくせに不幸だと人に言っていませんか?嘘をついてまで血を見せびらかしたいのですか?
 本物の悲劇のヒロインは、生きて評価などされず、この世から消えてしまってからチヤホヤされるのがお約束なのですから。

 僕と同じ君が、借りてきたようなセリフを吐いて楽しそうにしているのを見ると、悲しくなります。さようなら。


 宿梨君、お久しぶりです。
 随分長い事、君の顔を見ていませんね。
 君の国は複雑に入り組んでいて、もう僕のような田舎者には立ち入る事のできない状態なのが、少し寂しいです。
 
 ところで、先日こんな声を聞きました。

 浮浪者は居ない事にしよう。
 
 僕ははじめ、この人は何を言っているのだろうと思いました。そして、詳しく説明を求めたのです。すると、その人はこう言いました。

 ああいう人達は、生きている意味が全く無い。なので、人として数えるのをやめようと思うのです。

 僕は、ははあなるほど、それは君達にきっと喜ばれるだろうと思いました。 
 君はいつか言っていましたね。こんな素晴らしい暮らしは無いと。理不尽なしがらみも無く、何の責任も無く、好きな時間に起きて好きな時間に寝られる喜び、これこそ生き物がすべき生活だ、と。
 
 君の思うように環境が変化していて、良かったと思っています。君達はすっかり世間という物から解放され、騒ぎを起こさない限り、適当に遊牧の暮らしを続けている限り、駆逐される事もないでしょう。本当に喜ばしい事です。

 ただ、これだけが疑問なのです。君は欲情した時どうしているのでしょう。本当にそれが分からないのです。僕などは、女性とお付き合いしたいがために服を着て、家に住み、仕事をし、風呂に入っているようなものなので、それをしない君の感覚がまるで分かりません。
 やはり、君達も夫婦になったりするのでしょうか。きっとそうでしょうね。子どもはどこでどのように産むのか、いつか教えてはくれませんか。
 夏の暑さと冬の寒さに気をつけて、生きて下さい。

 捨てたはずの世間から熱い汁を啜るようなマネさえしなければ、僕はおそらく死ぬまで君の味方です。



 ブラクちゃん、お変わりないですか?
 僕は牛肉のタタキや、生の内臓料理を食べる度に、君はいいなと思ってしまいます。
 僕は昔から、使用するより製造したい人間なので、美味しい物を食べると、それを作れる人を心底羨ましく感じるのです。だって、食べられるより作れる方が偉いと思いませんか。

 きっと、牛や豚の眉間に太い釘を打ち込んだり、血溜まりの中で内臓を引き摺り出したり、湯気が立つ心臓を目撃したりしているのでしょうね。
 僕はそうした光景には特になんの感情も抱きませんが、中には非難する人もいるのでしょうか。君が君の国でずっと暮らしているのも、そうした理由が有るのかなと思っています。自分達も肉を食うくせに、生き物を食うくせに、食うだけで作れもしないくせに、不思議な話ですね。
 
 最近は君達の噂をまるで聞かなくなってしまいましたが、今でも旅をすると、君達の国を遠くから見る事があります。その度に、君達の纏っている青白く美しい気配に心を奪われてしまいます。まるでそれ以外がボケているみたいに。
 君達の国は、いつになってもハッキリと有り、それは何かに消されてしまうよりずっと良い事だと僕は思っています。
 
 君達とお百姓さんは同じ、ただそれだけです。こう言うのは、君達からすれば失礼なのかもしれませんね。ですが、僕にとってはそれ以上でもそれ以下でも有りません。
 君は僕の仲間だし、僕のこの考えを、君が好意的に受け止めてくれる事を信じています。






『一度味方した人を敵に回すというのはつらいものだね。その内、どこにも味方が居なくなってしまうかも』

『敵が居なくなるのも、味方が居なくなるのも、大して変わらないよ』

『もしそうなったら僕らはどうしようか』

『喜んでりゃいいんだよ』



〜終〜
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