馬酔木と朝顔

文字数 682文字

 今日だって明日だって、きっと、きっと一人で。夕日を眺める事になる。
 運動後の疲労感の増した躰に浴びる夕日光線は、俺には耐え切れない。ジリジリと焼き尽くされてしまうような。
 けれど、夜を迎える準備期間としての奇妙な抱擁感を感じてしまう。俺よりも長い影は俺を見下しているような。
 ああ、こんな事を脳裏に掠めてしまうのはきっと疲れているからかもしれない。なんて自分自身を慰めた所で自己嫌悪を招くだけ。アア、矛盾!
 こんな奇怪な状態にさせてしまう愛しいヒトは、きっと気付いているんだ。もし俺がこの感覚を言葉で表そうと懸命になったって。葵さんは笑って流すだけ。それはいつも一歩俺より前進している気がする。追いつけない。
 かなり悔しいけれど、俺にだって気付いた事がある。

「イワン」

 胸が高鳴るこの感覚。小さな声でうわと漏らす。
 居る、背後には俺の彼女が。嬉しい嬉しい嬉しいな。でもこんな感覚、何日ぶりだろうか。ああきっと三日ぶり! 俺が振り向いたら葵さんは笑顔で俺を迎えるだろう。
 うっすらと色づく頬に齧りついて、桃色の唇を啄んで、舌を舐めて、白い肌をに頬ずりしたい。
 でも俺はまだ振り向かない。だってこの狂喜に喘ぐ感覚に少しでも浸っていたいから。葵さんは何故俺が呼んでも直ぐに振り向かないかを認知しているから。黙って何も云わずに待っている。駈け出してくる事に、気付いている。
 俺はこの感覚に溺れたいが故に、この習慣を止められない。
 夕日が目に焼きついてきた頃、俺は夕日に背を向けた。次、この感覚を感じさせてくれる日はいつになるのかなと逆算しながら。
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