異教徒の恋人たち

文字数 1,000文字

ぼくの恋人は、
銀食器のようにかがやく
4本の指を持っている。
右手と左手にそれぞれ2本ずつ。
針のように先端が尖っていて、
どんなドアも器用に開けてしまう
美しい指先を。
それから、彼女にしか見えない
扉というものがあって、
いつも突然、煙のように消えてしまうんだ。


月と星以外、
だれもが深い眠りのなかにいるような
真夜中、
彼女は淋しくて眠れないと言いながら
ぼくの家のドアを開け、勝手にやってくる。

そして翌朝、
植物みたいな建物がみたいといって、
風のように消えてスペインへ行ってしまう。
もともと存在していなかったみたいに。

ここからどこかへ。
時空を移動し、
ときどき過去や未来へも訪れるそうだ。

僕たちがいちばん最初に出逢ったという、
ギリシャのとある小さな島の浜辺へも。
目をかがやかせ、
身ぶり手ぶりをまじえて話す彼女。
ぼくはぼんやりと聴きながら、
指先がひかりの軌跡を描き
彼女の語りに
華を添えているようすにうっとりする。

他人には、
たのしそうに会話をしているように
見えるだろう。
でも、ぼくたちは
まったく違う世界に住んでいるんだ。
向かい合っていても、
お互いの姿が見えないくらい。

でも、今は、
こうしてベッドの上に横たわるひと時だけは、
これ以上ないくらい近くに感じるんだ。
見つめ合わない時の方がずっとそばに感じる。
ここには風も音もなくて
氷の世界のようにひんやりとしていて
ぼくらは夜空に浮かぶあの星と星のように
ただ寄り添いあって過ごす。
この時間だけはちがうんだ。


ふと寝返りをうった彼女の指先を
月明かりがプラチナのようにかがやかせ
ぼくは、とっさに嫉妬をおぼえる。
起きあがって彼女の方へ向きを変え、
両手をそっとのばし、
花に触れるようにやさしく
かがやく銀の指たちをふわりと囲ってみた。

ぼくの手はまるで小さな洞窟だ。
隙間からのぞくと
指がかすかにキラリとひかり
蛍を捕まえたみたいに思えた。
でももうそれで十分だった。
蛍ははなれて見ている方がきれいだから。
ぼくは両手をゆっくりほどいて、
ふたたび星のひとつになった。

これがぼくたちなんだ。
多くの恋人たちができることができない。
いつもそばに居ることも、触れ合うことも、
同じものを信じることも。


ぼくたちが一緒に居なくてはならない
理由なんてないけれど、
なんでかな、
ともに永遠の孤独同士で、
それを知っている唯一の存在であることは
お互いにわかっているんだ。

だから、ぼくたちはこうして
一緒に星座を作ることができるんだ。
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