文字数 1,999文字

 Aさんが高校三年生のころに経験した話である。
 彼女が通っていた高校の校舎裏には池があった。古い池で、同じ高校出身であるAさんの父親がいたころからあったそうだ。何のためにあるのかはわからないが、今でも生物の授業のフィールドワークなどに使われているらしい。
 そして、その池の横には石でできたカエルが置いてある。いつ何のために誰がおいたのかもわからず、ずっとそこに鎮座している。聞くところによると、これまた父の時代からあったものらしい。
 大きさは子猫ほどで、所々がかけ、表面は苔むしている。カエルの置物だと言われなければ、わからないのかもしれない。
 彼女がカエルのことを知ったのは、高校二年生のときであった。
何気ない休み時間の会話の際に校舎裏のカエルの話になった。Aさんはそのときはまだカエルのことを知らなかったため、友人になんのことか尋ねた。
 すると彼らはAさんがカエルの噂を知らないことに心底驚いたようだった。
 その噂とは単純なもので、夜になると石のカエルが動くというものらしい。なんでもいつもは裏の池のそばにおいてあるはずのカエルが、ある朝校門のそばにあったそうだ。またあるときは教室のなかや、体育館などの室内にいたこともあった。
 校舎は夜に鍵がかけられており、わざわざそんな悪戯をする者がいるとも考えられない。また、カエルを発見したときには、なぜかみんな元の池のそばに戻していたそうだ。誰が決めたのかはわからないが、そのような暗黙の了解があったという。
 それに夜遅くまで部活をしていた生徒が、何か重いものを地面に落とすような「ずしっずしっ」という音を聞いたこともあるらしい。
 生徒の間では、きっと石のカエルがはねる音だろうと噂されていた。
 そんな話を聞いたのが初めてだったため、彼女は夕飯のときに父親にこの話をしてみたそうだ。
 するとAさんの父親も石のカエルの噂は知っていたらしい。彼が生徒だったときにも、カエルが池とは違う場所に置いてあることがあったそうだ。
 しかもそのときからカエルが動いたときには、元いた場所に戻さなければいけないという雰囲気だったらしい。
 そうしたことはあったものの、その後カエルの噂を聞くこともなく、Aさんは次第に石のカエルのことを忘れていった。
 そして、Aさんが三年生となり、文化祭の準備期間の時のことである。その日は明日の本番のために、授業がカットされ、全員が準備をすることとなっていた。Aさんは文化祭実行委員ということで、みんなよりも早く学校に到着したそうだ。
 自転車をおこうと駐輪場まできたとき、Aさんの目の端に何かが映った。振り返ってみると、そこには噂のカエルがおいてあった。
 Aさん自身は噂を半信半疑で聞いていたため、本物を発見したときには少し怖かったらしい。
 そのときにAさんはカエルを元に戻さなければと思ったそうだ。しかし、朝の集まりに遅刻しそうだったため、そのままにしてしまったという。誰か他の人が戻してくれるだろう。そう思ったらしい。
 その日にカエルの話が話題になることはなかった。
 気になったAさんは、準備の合間に駐輪場を見に行ったそうだ。しかし、カエルの姿はそこにはなかった。話題にならないだけで、誰かが戻したのだろうと、そのままにしてAさんは準備に戻った。
 そうして準備をして、明日の流れなどを確認しているうちに、Aさんは帰りが遅くなってしまったそうだ。
 帰ることができたのは日も暮れて、生徒もほとんど帰った時間だったという。
 Aさんが帰りの用意をして玄関に向かっていると、廊下の窓側の方から「ずしっ」という音が聞こえてきた。朝のカエルの件があったため、すぐにカエルを連想したらしい。
 彼女のいた廊下はちょうど池が見える場所にあった。そこで恐る恐るのぞいてみたらしい。暗くてよく見えなかったが、何かが動くのが見えた。明らかに動いている者から音が聞こえてくる。
 怖くなったAさんは音に背を向けて、逃げたそうだ。音が小さくなる中で、最後にボチャンという、何かが水の中に落ちる音をきいたという。
 次の日、文化祭当日に学校に来たときに、気になったAさんは池を見に行った。しかし、そこにカエルの姿はなかったという。その後文化祭も終わり、数日たってもカエルが現れたという話は聞くことがなかった。
 そのうち学校の中でも、カエルがいなくなったと話題になった。その後も現れることはなかった。
 物好きの生物部の人たちが池の中を攫ってみたこともあったが、カエルが出てくることはなかった。
 Aさんは自分が戻さなかったから、カエルが消えてしまったのだという。いなくなったから、何かが異変があったとかそういったことはなかった。

 彼女は、
「私が学校の伝統の一つを無くしてしまいました」
と笑いながら話した。
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