第1話

文字数 1,149文字

 妻に出て行かれてもう一年が経とうとしている
 突然「もう一緒にいるのに疲れました。お世話になりました。探さないでください。」と机の上に書かれた手紙を見て呆然としたあの日から一年。
 連絡も途絶え途方に暮れたが「まあいつか戻ってくるかも。」と安易な思いでごまかした毎日を過ごしていた。
 戻ってこない連絡を待ちながら今日も昭雄は一人1LDKの部屋に住みながら夕飯の準備をした。



 メニューはコンビニで買った鯖の味噌煮とサラダ、レトルトの味噌汁、10時間前に炊いたご飯だ。
「いただきます。」
 誰もいないリビングで、誰にも聞こえない小さな声でポツリとつぶやいた。自分の声を発さずにいると声を出すことを忘れてしまいそうになる。
「ん、うま。」
 主菜の鯖の味噌煮を食べた。この商品はご家庭で簡単に家庭の味を!とのうたい文句で売られていたが正直彼にはどうでもよかった。ただ自炊するのが面倒くさいだけなのだ。
「もうこれじゃ自炊する必要ないな。」
 妻と二人でいたときは交互に料理するのが決まりだった。昭雄は料理が下手で鯖の味噌煮も一度だけ作ったことがあったが調味料の配分を間違え、やけに甘い鯖の味噌煮ができあがってしまった。申し訳なさそうな顔をする昭雄に彼女は笑いながら
「今度は上手く作ろうね」
 と言ってくれた。
 クオリティは高く味もしみているようだ。自分が作った鯖の味噌煮に比べたらよっぽど一般家庭の味なのだろう。ただレンチンで再現された一般家庭の味は昭雄の心を満たすことはできなかった。


 飯を食い終わり、食器をシンクに持って行く。適当なゴミをゴミ箱に捨て洗い物をするがその間食器がぶつかるカチャカチャという音と、水道の流れる音だけがキッチンに響いた。昭雄の家は電子レンジだけがやけに汚れており他の調理器具は大して使った形跡もなかった。

 だだっぴろい1LDKの部屋からさっさと引っ越したいのはやまやまだ。家賃だって安くはない。会社の人間もみんな引っ越した方が良いと言っていた。それでもいつか妻が戻ってくるかも知れない。と思うとなかなか引っ越せない。妻がいつ戻ってくるかも分からないので友達を部屋に呼ぶこともない。昭雄はただただ広い部屋で一人の時間を過ごしていた。

 別にいい。一人暮らしの生活もなれてきた。一つ一つの部屋が広くて、どこに物を置いたか分からなくなるが、それ以外は特に不満も無い。まあもう一ヶ月戻ってこなかったら引っ越しも考えよう。
 そんなことを何ヶ月も実は言っている。分かっている。来月には多分準備する。

 今日もそう思いながら布団に潜る。外が寒いせいか布団がまだ冷たい。また季節が変わった。







ただたまには誰かと暖かい














                 暖かい






































日差しが強くなってきた。また夜が明ける。


また腹が減る。
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