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文字数 1,244文字

 解放された私は、新宮市役所の契約職員の仕事を紹介された。
 二十数年前の旧政府と旧首都圏の崩壊の頃までは「新宮町」だったが、富士の噴火による「関東難民」の流入により「市」となったらしい。
 給料は……「外」の基準では高いか安いか判らない。
 まぁ、何か趣味を持っていて、週に1回はいつもの2〜3倍の値段の食事をする程度の「贅沢」をしても、収入の五〜一〇%は貯金に回せる……その位の給料だ。
 仕事はPCさえ使えれば誰でも出来る事務仕事。
 パワハラもセクハラもない職場が……何か清潔過ぎて違和感を感じるが……それ以外に特に不満は無かった。
 仕事ぶりが良ければ、正採用になる可能性も有る、とは今の上司から言われているが……もし自称「レスキュー隊員」達の言うように、私に何かの脳改造がされているなら……正規の職員となっても、管理職になれるかは判らない。
 私に行なわれた……行なわれたと云うのが本当だとすればだが……「脳改造」が管理職に必要な、例えば柔軟な判断能力を奪っている可能性が有るからだ。
 仕事が終ると、近くのカレー屋で夕食を取る。
 辛さは最も辛い「激辛」を指定し、更にそれに辛味付けの液状スパイスを振りかけて黙々と食べる。
 続いて、喫茶店に入り……一番甘いジュースを注文し……更に、それにガムシロップを入れて飲む。
 変な飲み方だが……「外」では稀に異能力と引き換えに高カロリーの食事を必要とする者が居るらしく、店員には私もそんな人間だと思われているようだ。
 同僚に勧められた小説を読んでみるが……感動も笑いも感じない。
 食事シーンになっても美味そうだと云う感想は湧かず、SEXシーンになっても男性器は反応しない。
 「どうやら作者はギャグのつもりで書いているらしい」と云う場面になって、自称「レスキュー隊員」に渡された携帯電話(ブンコPhone)に入っているアプリで「笑い(軽度)」を選択する。
 自称「レスキュー隊員」の説明では、私の脳内の電子機器に対して無線LAN通信で干渉を行ない、感情を一時的・擬似的に取り戻す方法を見付けたらしいが……まだ、完全では無いようだ。
 ようやく楽しい気持ちになってきたが……私の心の一部は理性的だが極めて陰気な感じで「虚しいだけだ」と指摘している……ように感じる。
 どうやら……私は、感情の起伏が乏しくなったらしい。ただし、全く無くなった訳ではない。
 自称「レスキュー隊員」の説明だと……脳改造の影響だ。
 近くに……脳内に埋め込まれている無線LAN機器の電波が届く範囲と云う意味らしい……私と同じ脳改造をされた者が入れば、互いの感情を共有し、それによって起きる「感情の相互増幅」とでも呼ぶべき現象によって、ようやく人並の感情を持てるようになる……そうだ。
 その方法で何かの感情を感じてから、1〜2日程度は、相互増幅された感情の残滓でマトモな感情が有るように振舞えるとも言われた。
 それならば……「外」に拉致されてから感情を失なったのも説明は付くが……どこまで信じて良いのだろうか?
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