第1話

文字数 2,423文字

 「おい、剛、早くテーブル着こうぜ。披露宴始まっちまう」
 「わかった。信也、あの上座の方みたいだぜ」
 「まあ上座の端のテーブルは披露宴では友達席だからな。ある程度時間経ったら新婦側の友人席にナンパに行こうぜ」
 僕と信也は招待状を手に持ったまま席に着いた。
 「しかし正美が結婚とはなあ、一番しないタイプだと思ってたのに」
 「だよなあ、まあバンドやってたのに絶食系男子なんてありえないとは思ってたけど。嫁さん薫っていうのか、知らない名前だな。大学時代に知り合ったのかな」
 僕らは正美と中・高校時代のバンド仲間で、大学が違うところになり、最近正美とはあまり会っていなかったのだが、突然結婚式の招待状が来たのだ。同じ円卓の席に何人か座っているが知らない顔だということは、正美の大学時代の友人なのだろう。
 「おい、新婦側の友人は男多いなあ。女友達少ないのかな、残念」
 「探したら何人かいるだろうよ。席次表見てみろよ…あれ?誤植が…」
 信也に誤植の場所を示そうとしたら会場が暗くなり、司会にスポットが当たった。
 「皆様、大変長らくお待たせいたしました。鈴木家、佐藤家の結婚披露宴を執り行わせていただきます。それでは…、『新郎・新郎』ご入場です!」
 正美が好きなコブクロの曲に合わせ、新郎と…新郎?なぜ白モーニングの男二人が腕を組んでいるんだ!
 「お、おい信也、なんだこれは、ドッキリなのか!」
 「俺が知るか!…、ま、まさか同性婚!」
 会場はどよめきが大きく祝福の拍手はまばらだった。つまり、同性婚だったことをしらなかったものが結構いるということだ。
 「でも、招待状は正美と薫って…、あ!この名前って男も女もある名前だ!だから俺たちみたいに気づかなかったんだ」
 「さっき、席次表見たら、新婦側が『新郎』になってて、ひどい誤植だな、ってお前に言おうとしたんだよ、でも、誤植じゃ無かった!」
 ざわめきが収まらない中、来賓の挨拶が始まった。主賓も同性婚を知らなかったようで、汗を滝のように流し、どもりながらスピーチしている
 「ありゃ地獄だな、まあ知っていれば絶対断っていただろうけど」
 「きっと『新婦』って書いてあるところ全部『新郎』に直しながら喋ってるからわけわからなくなってんだろうな」
 会場を見渡すと男比率が非常に高い。そりゃ男同士の結婚だから友人関係も男が多いはずだ。何人かは居づらさのあまり、トイレに行く振りをしながら帰り支度を始めていた。
 「おい、和美って昔からホモっ気あったっけ?」
 「いや、気づかなかった。時々ライブあとのドリンクの回し飲みを喜んでいたけど…」
 「そういうことは早く言えよ!」
 ケーキの入刀が始まり、司会者が「シャッターチャンスです!」などと叫んでいるが、ほとんどの客は凍り付いたまま動いていなかった。一人二人、怖いもの見たさの勇者が遠巻きにスマホを構えているのみだ。
 「あ、剛!俺たち電話で余興頼まれてたよな!」
 「そうだ!もうやめて帰ろうぜ」
 「そうもいかんだろ、プログラムに入ってるし、引き出物の袋見たら余興代ってかいた熨斗入ってたし」
 「男の前で『コブクロ』なんかやりたくねえよ」
 「じゃあ『平井堅』でもやるか」
 「リアルすぎるだろ、それ」
 「いっそ『中島みゆき』とか」
 「いくら男同士の結婚式でも不吉すぎるだろ!」
 「仕方ない、当初の予定通り、『コブクロ』でお茶を濁そう」
 いつの間にか、客が半分ぐらいになった会場で、俺たちは名前を呼ばれた。
 僕はギター構え、曲を奏でる。僕と信也はいつの間にか涙声で歌っていた。情けなさでいっぱいになったからだ。新郎・新郎も、客も泣いていた。別に感動の涙ではない。ダブル新郎はいざ知らず、会場の人たちはきっと僕たちの不運に同情しての涙であっただろう。
 ただ、会場の何人かは「こいつたちもホモなのかも」と思われたかもしれない。
 逃げたい中を俺たちはじっと堪え席に着いた。
次はもう一人の新郎側の余興だ。あちら側も男二人組でやるらしい。
「なんか顔が引きつってるな、あいつら」
「そりゃそうだろ、俺たちだってそう見えたはずだ」
二人はマイクの前でボソボソと打ち合わせをしていたようだが、意を決したのか、笑顔で喋りはじめた。もちろん引きつったままだが。
「はい、どうも~。我々は新郎の薫君の古くからの友人でございまして」
「はいはい、そうですねえ、お腹の中からですから長いですねえ」
「そんなことあるか!」
どうやら二人は漫才をやるようだ。ということはネタを十分に合わせているだろうが、様子を見ればこいつらも同性婚とは知らなかったらしい。素人が現場アドリブでネタを変えられるだろうか。
「しかしどうですか、新婦さんの可愛いこと、って男やないかーい!」
会場は水を打った静けさ、どころか、エアコンの音が大きく聞こえるほどシーンとなった。
俺は信也に耳打ちした。
「エアコンの音が聞こえるほどの場を作った芸人は二度と立ち上がれない、ってなんかの漫画にあったぞ」
「ああ、終わったな…」
彼らはその場にへたり込み、会場の係員に引きずるように外に連れていかれた。
壇上のダブル新郎はこの悲劇を気にもせずいちゃついている。本当の二人の世界、というより異世界だ。
俺たちも帰ろう、そう目で合図して立ち上がった瞬間、会場のドアが大きな音と共に開かれた。
「薫!なぜ私を捨てて…、しかも、よりにもよって男!?バカなの死ぬの!」
ギャルスーツに身を包み、涙と鼻水で化粧が溶けてほぼ妖怪化している女が、肩を怒らせ壇上のダブル新郎に近づいた。
「なんと…この目でリアル『卒業』を拝めるとは」
「バカ、状況は最悪、いやカオスだ!今のうちに帰るぞ!」
 僕たちは会場外に停まっていたタクシーに飛び乗った。
  タクシーの中で、僕ら無言だった。そしてたまに手が触れると「サッ」と離してしまう。
 当分このトラウマは抜けそうにない。
 いいよ、同性でも。でもな、一言言えよ!
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