本編(完結)

文字数 2,534文字

 また、お二人が言い争っています。
 いつもいつものことなのです。
 これが、もしかすると「歴史は繰り返す」というやつなのでしょうか。

 でも、お二人の仲が悪いとは思いません。
 いつもいつものこと

です。
 これが、もしかすると「喧嘩するほど仲が良い」というやつなのでしょうか。

 この言い争いがどのようにして始まったのか、少し思い出してみます。
 あやふやな記憶を、ぐるぐると巡っていくと……
 あれは確か、一週間くらい前の話だったような気がします。

「今度の試合、見に行くから」
 三人そろっての食事中に放たれた、朝倉さんのそんな言葉がきっかけだったように思います。朝倉さんは、僕の師匠であり同居人でもある勝利の女神様です。時に厳しい方ですが、僕は非常にお世話になっています。

「えっ、なんで?」
 美しく里芋をつまみ上げた早見さんが、驚いたように顔を上げ、理由をたずねました。早見さんは、僕と同じ朝倉さんの弟子である勝利の男神様です。朝倉さんから見ると、まだまだ

というやつらしいのですが、僕はやはり非常にお世話になっています。

「なんでって、評価つけるからに決まってるでしょ?」
「いや、今までは、試合見に来ないでつけてただろ?」
「だからこそ、たまには見に行こうと思って」

「気まぐれで評価方法を変えるな、一貫しろ一貫」
「一貫一貫うるさいなぁ。何事にも刺激とエンタテインメント性がないと」
 朝倉さんの右手に力が入り、握っていたビールの缶が少しへこみました。

「必要ない。何事もエンタテインメントの名のもとにかき混ぜるのはやめてくれ」
「私たちが、勝利の行く末をただ眺めるために存在してると思ってるの?」
「思っている。我々は、極力何もせず人間が発揮した力を尊重するべきだ」

「はっ」朝倉さんが、鼻から息を漏らしました。「相変わらず成長しないなぁ。その人間の力を引き上げてこその、勝利の女神だから」
「勝利の神だ。その言い方は古いぞ」
「じゅーばこ」あざ笑うように、朝倉さんが言います。

「隅をつついて何が悪い。箱の片隅に食事を残して、器が大きいふうを装っているやつの気が知れないね。SDGsの世の中に」
「何それ」
「知らないのか、世情(せじょう)(うと)いな。さすてーなぼう、でぃべろっぷめんと、ごーるずだ」
 意気揚々と言葉を並べた早見さんに、朝倉さんが冷たい視線を突き刺しています。

「とにかく、来週は試合見に行くから」
「ずるい、強引だ」
「ずるくない。あなたに対する指揮命令権を、私は正当に有している」
「なっ」
 早見さんは何とも言えない不思議な音を口から漏らし、しばらくぷるぷるとした後で、かきこんだご飯を渾身の力でぎゅうぎゅうと噛み締めました。

*******

「退屈かい? 阿川君」
 早見さんの言葉で、はっと我に返ります。人のざわめきと蝉の声が、耳に入ってきました。

「いえ、そういう訳ではありません。あれっ、朝倉さんは?」
「ビールを買いに行ったぞ。まったく、私の評価をしに来たのではないのか」
 そう言いながら、早見さんは焼き鳥にかみつきました。夏のにおいに、醤油と砂糖の香りが混ざります。

「試合の方はいかがですか?」
 僕はグラウンドの方に目を落とし、早見さんに聞きました。

「順調そのものだ。犬神高校、今守っている白と青のストライプのチームが、三対ゼロでリードしている。スコアボード、見えるかな?」
 早見さんの誘導に従って、右に視線を向けました。僕たちがいる外野席の並びに大きなスコアボードが設置されているのですが、角度の関係で表示は見えません。

「これはね、順調じゃなくて退屈って言うんだぞ、少年」
 僕の麦わら帽子の上に、朝倉さんの手が優しく置かれました。お酒の匂いがします。

「悪い方に捉えるな。事前の情報収集でも力の差は歴然だった、これが普通だ」
「あのね、高校生の試合で事前の情報収集なんて役に立たないの、あいつらすぐに成長するんだから」
「限度ってものがあるだろう。事実この試合で私は何もしていない」
「でも、今はチャンスでしょ?」

「これは、ラッキーなポテンヒットと、油断が招いたエラーの結果だ。実力で勝ち取ったものじゃない」
「そういうのも含めて実力って言うんじゃないのぉ」
「違う違う、断じて違う」

「ほら、ここらでホームランでも打たせて、華やかなエンタテインメントに変えない?」
「変えない、絶対に変えない」
 また、お二人の言い争いが始まりました。

「でも、ポテンヒットは許したんでしょ。本当に純粋な実力を表現させたいなら、風でも吹かせて、アウトにするべきじゃないのぉ」
「それとこれとは違う。ポテンヒットは我々の操作の結果ではない」
「でも結局、ほかの神様の何らかの操作の結果でしょ」
「もっ」
 早見さんは何とも言えない不思議な音を口から漏らし、ぷるぷるとしています。

「何かしらの神の所業という点では、ポテンヒットもホームランも似たようなものでしょ? ほら、ホームラン! ホームラン!」
「似ていない。断じて違う」
「何が違うの? 具体的に教えて欲しいなぁ」
 朝倉さんは、とても嬉しそうに早見さんつんつんとつついています。早見さんは、なおもぷるぷるです。

「結局、人間には勝利の神が操作したかどうかなんて分からないんだから、別にかまわないと思うけどなぁ。ほら、ホームラン! ホームラン!」
 楽しそうに手をたたく朝倉さんをよそに、早見さんのぷるぷるは止まらず、がたがたと音がしてきそうなくらい、揺れが強まりました。そして――
 
「ちっがーう」
火山が噴火するように、言葉を空中に放出しました。
と同時に、球場で歓声が上がります。

僕は周りの人が見る方へ、視線を向けました。
すると、高々と舞い上がった白球が目に入ります。
雲一つない青空を背景に、ぐんぐんと進む白いボール。

それは僕たちの頭上を越え、背後の林の中に消えました。
大歓声の中に、「やってしまった」という早見さんの言葉が混ざります。
その隣で、朝倉さんは手をたたいて大笑いです。

気が付けば僕も笑っていて、ふいに、一つの考えが頭の中に思い浮かびます。
思い通りにいかないことを、悩み過ぎても仕方がないのではないか、と。
だって、それはどこかの神様がたまたま間違えただけかもしれないのです。
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