「揺」

文字数 1,257文字

放課後の部室にて——

キノコは今日も茶を入れる。特に担当が決まっているわけではないが、茶にいちばんこだわりがあるのが彼で、面倒くさいのでみんな任せているのである。
「おい、茶柱立ってんぞ!」
キノコが叫ぶ。マドカが湯のみを覗きこむ。確かに茶柱が立っていた。
「ほんと」
「縁起がいいな。今日は」
「逆じゃない? 茶柱が立つことに運を使ってるわけでしょ」
「運ってのは株と一緒よ。良いときゃどんどん上がってくし、悪いときゃとことん下がる」
「オカルトじみたハナシね……」
呆れるようにつぶやいた彼女、ここで何かに気づく。
「倒れてる」
茶柱は注がれる茶の勢いに圧倒され、沈んでいた。
「あちゃ…底をついたか…」
キノコは唇を鼻につけながら、急須を振り切った。

席に座り、茶をすするマドカとクマ。放課後のティーブレイクは、彼女たちの習慣であった。
「まあ悪いことは続くってとこは同感ね」
そういうとマドカは近眼の目を鋭く光らせる。
「聞いてよ!きのう仮天まで行ったのに収穫ゼロだったのよ!信じらんない!」
「とんだゴミガチャやな」
クマが答える。
「そういや、わいもこないだ2回骨折したあと風邪ひいたわ。とんだ災難やで」
「…災難のレベルが違いすぎない?」

「はい、置いとくぞ」
部室の隅で某FPSゲーをやっているソラ。彼女の机まで茶を運ぶのも、この部室の日常であった。
「ん」
彼女は最小限の返事だけすると、戦場に戻っていった。戦局を左右する重要な場面らしい。

それからしばらく、お茶がぬるくなるほどの時間が経った。
「……」
口には出さない彼女だが、ホクホクの表情を見れば試合結果は察せられる。

彼女が祝杯を飲もうとした矢先、湯飲みの表面が揺れていることに気づく。
「あ、地震」

遅れて部室が揺れ始めた。
クマとキノコ、机の下にもぐりながらも、会話を止めない。
「ところでよ、水の表面のこと水面って言うけど、湯の表面ってなんていうんだ?ユモ?」
「茶なんだからチャモやろ」
「ばかなこといってる場合?結構大きいわよ」
マドカも机に入ってきた。隣の文芸部よりかっぱらってきた大きめの机だが、三人も入ると流石に窮屈である。
「地球だって生きてるんだ、揺れることもある」
「なんとか揺れんでくれんやろか」
「無理だろ。心臓止めろって言ってるようなもんだぞ」
「わい、たまに止まるけどな」
「えっ」

揺れが収まった。
「こぼれてないわね、お茶」
いずれの茶も湯のみに収まっている。
「表面張力のなせる技だな。まるで俺たちの友情のようだ」
「なに言ってんの?」
「たえず流動的だが、ゆるく繋がっている。ゆえに零れ落ちて崩壊することもないのさ」

「あ゛っ!俺のキーボードっ…」
三人が声のほうに目を向ける。こぼれた茶が、ソラのゲーミングキーボードを濡らしていた。彼女はとっさにティッシュを机にばらまいたが、液体は既に鍵盤の溝にまで入り込んでいた。
「こぼれとるがな」
「表面張力っていうか、ただ飲んで量が減ってただけね…」
キノコは黙ったまま、唇を鼻につけた。
良いことも悪いことも起こり得る。ただ、茶は飲まなければ、零れる。

おわり
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