田森田さん

文字数 1,519文字

「もう宿題やってんの?」
頭上から声がしたので上を見ると田森田さんだ。びっくりした。
「それ今日出された宿題でしょ?毎日そうしてんの?」
返事をする前にもう次の質問が。
「うん。帰ったら塾の勉強があるから。」
田森田さんの半分もない声量で返事をする。
「佐藤さんすごいね。ほんと真面目なんだ。あたしなんて帰ってやるの忘れて慌ててやるか、提出日の次の日に出してるよ。」
同じクラスの田森田さん。かわいくて、手足が長く顔は小さくて、明るく、友達が多くて。何もかも私と正反対の女の子。なのに意地悪だったり、嫌味な感じもなく、非の打ち所がないがないっていうのはこういう人の事なんだと思っている。
「早くやっておけばやらなきゃって思わないから。」
「そういうもんなのか。ごめんね邪魔しちゃって。」
そういって田森田さんは友達のところに戻って行った。びっくりした。話すことなんてないと思っていたけれど、田森田さんから話しかけてくれるなんて。友達の輪に戻った彼女を確認して、また途中だった宿題に取り組んだ。

「ねぇ、今日はあたしも一緒にやっていい?」
また頭上から声がしたので見上げると田森田さんだ。返事をする前に田森田さんは机を向かい合わせにして、椅子をセットしていた。
「あたし気がついたんだよね。佐藤さんと一緒にやれば宿題も終わるし教えて貰えるし一石二鳥だって。」
名案でしょと言わんばかりの笑顔で言われるが突然の提案に戸惑って今日も返事が出来ない。
「今日は数学だからわかんないとこ聞くね。」
うんとも言わない間に田森田さんは向かいで数学をもうはじめている。向かいに座ってる彼女の顔をまじまじと見る。まつ毛って長くてこんなに綺麗にカールしてるんだって初めて知った。
「佐藤さん。早くしないと休み時間あと15分だよ。」
田森田さんに言われてはっとして慌てて宿題にまた取り掛かった。
一緒に宿題をやることは一回限りだと思った。けれど、次の日も次の次の日も週が変わっても休み時間になると田森田さんは机を向かい合わせにして宿題を一緒にやっていた。そのうちに国語と英語は出来るけれど、数学はあまりで、理科はさらにあまりなこと。二つとも使う公式とパターンがわかっていないだけで、そこを教えるとどんどんと出来るようになっていった。問題が解ける度に凄い!って褒めて貰えるので恥ずかしかったけれど嬉しかった。
二人で宿題をすることが日課となってたある日。
「佐藤さんって何でそんな勉強するの?」
突然聞かれて答えにつまってしまう。
「何かなりたいものとかあるの?」
「まだわからないけれど。勉強は好きかな。わからないものが出来る感覚が好き。」
「それはわかる。佐藤さんと勉強しててわかるってこういうことなんだって初めて知った。」
「田森田さんはある?将来の夢。」
「あるよ。芸能人になりたい。」
まっすぐ私の顔を見て教えてくれた彼女はきらきらとしていた。
「うぬぼれかも知れないけど。みんながかわいいって言ってくれるから自分がどこまでなのか試してみたいんだ。この話内緒ね。なんか嫌なやつみたいじゃん。」
「そんなことないよ。田森田さんかわいいから絶対なれると思う。」
そう告げると彼女は少し恥ずかしそうにありがとうと答えてくれた。

クラス替えがあるまではほぼ毎日一緒に宿題に取り組み、クラスが分かれてからは廊下ですれ違うと挨拶する程度の関係になった。クラスが別れた時に勇気を出して連絡先を交換すればよかったけれど、なんだか聞けなかった。きっと彼女はすぐ教えてくれたと思うけれど。

そして、学校を卒業して田森田さん元気かなとたまに思い出しているある日。雑誌にモデルとして彼女が載っていて思わず雑誌を掲げちゃうのはもう少し先のお話。

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