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文字数 1,968文字

 定年からもう二十年。
 最近ではワシと同い年ぐらいの悲惨な交通事故も起きている。

「そろそろ返納じゃな……」

 そうは言っても、免許証を返すのもおっくうに感じてしまう。この田舎では車と言えば死活問題。孫に返す返すと言いながら、既に四年が経過している。
 何となく思うのは、まだいけるんじゃないかとの自負。車を運転してからもう六十年にもなる。その辺の若造には負けないなどと考えてしまう。

「さて、帰るかのう」

 コンビニから出たワシは、車のエンジン始動ボタンを押す。今までためていた年金で買った、電動自動車だ。息子夫婦や孫達にも反対されたが、流石の田舎、車がないとやってられなかったから。さんざんもめた末に、十年前に購入した車だ。この車を免許と一緒に手放すのは惜しい。
 そして、バックをするために、リバースに入れて発進させようとすると、親子が横切ろうとしていた。
 ワシは車を止めるために、思いっきりペダルを踏んだ。
 その途端、車は勢いよくコンビニの方向に走り出してしまう。
 暴走。
 さっきまで頭をよぎっていた、悲惨な事故が頭によぎる。
 幸いなのかもしれないが、リバースに入れたつもりがセカンドだったらしく、車はコンビニに飛び込んでいった。
 その瞬間、ワシの視覚は鋭くなる。
 車の暴走する方向には、人は居なかったから単独事故にはなるだろう。免許を返納しなかった罰。それがワシの命だけで償えるのであれば本望だ。
 そして、ワシの車は盛大にコンビニのガラスを割った。

「ぐ、ぐぅ……」

 車のエアバックに守られたのか、ワシは意識を取り戻した。ワシは半分ぼけた頭をフル回転して、状況を整理する。
 先ほどのコンビニとは別の景色ではなく、ほの暗い建物のようだった。痛むからだを振り動かして、車から体を外に這いださせる。
 突き刺さった電動自動車。その先は大きな椅子と、倒れた得体の知れない姿をした、人間っぽいものが倒れていた。
 ワシはすぐさま駆け寄り、声をかける。

「だ、大丈夫か!?」

 免許更新時にやっていた、人命救助を実践しようとする。
 ……が、脈がない。
 単独事故。そう思ったのに、巻き込んでしまった。

「すまんのぅ、すまんのぅ……」

 ワシはその場で泣き崩れた。尊い命を奪ってしまった。私の怠惰が原因で……。
 すると、大きな扉を勢いよく開ける人影が見えた。

「とうとうここまで来たぞ! 覚悟しろ! 魔王!」
「って、大きな音がしたような気がしたんだけど……」

 ワシはこの状況を説明しようと大声を上げる。ワシが殺してしまったこの状況を説明するために。

「すまん! 人を……人を殺してしまった……」
「え? 誰を?」
「そこの……椅子のところじゃよ……」
「えっと……魔王は?」
「魔王って、何じゃ?」
「……ねぇ、勇者君。魔王死んじゃってるよ? この大きな何かにつぶされて」
「へ? 何だって?」
「きっと、このおじいさんが倒しちゃったんじゃない?」
「そう……でしたか……。この魔王を倒したのは、貴方なのですね?」
「ああ、そうじゃ……殺してしまったんじゃよ……」
「ねぇ、勇者君。このおじいちゃんが、魔王倒したらな、真の勇者はこのおじいちゃんよね?」
「そう……だな」

 あわてるワシに動じず、二人は淡々と話している。人が死んでいると言うのに。
 そして。

「真の勇者様、この者は悪の魔王で、私達が討ち滅ぼそうとしていたものです。その魔王は貴方が倒しました。貴方は真の勇者様です」
「ど、どう言うことだ?」
「だ~か~ら~、おじいちゃんが殺したって思ってるのは、私達が倒そうとした魔王なの。だから、おじいちゃんは悪くないんだから。むしろ、誉め称えることをしたのよ? だから安心して?」

 いまいちいっていることは分からない。じゃが、二人につれられて大きな街の城に案内された。
 そこには人が整列し、その先には威厳のある風格の老人がたっていた。

「そなたが魔王を倒してくれたのだな? これで世界に平和が訪れる! ありがとう! 今日は宴だ!」

 その言葉に、集まった人々は一斉に歓声をあげた。
 そして、その夜は宴になった。
 ワシは久しぶりに、浴びるように酒を飲んだ。
 酔って、朧気ながらにテーブルにあるパンのようなものを口にした。

 ワシはそれを喉に詰まらせた。

 誰にも気づかれず、身悶えながら意識が遠のいていった。
 そんな時に、声が聞こえてきた。

「私の声、聞こえるでしょうか?」
「誰じゃ?」
「貴方は死にました。ただ貴方は功績がありますので、特別に別世界に転生することになりました」
「別世界?」
「はい、そして、チート能力を授けます」
「チート能力?」
「ええ、そうですね、死に方によって能力は決まります。貴方の能力は『ブレーキとアクセルを踏み間違える』ですね」
「?」

 ワシの身体は、仄かな光に包まれ、意識は消えていった。
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