第1話

文字数 1,999文字

 路地で迷子になった? 
 冒険者のくせに、お間抜けな話さね。
 まあ、ちょっくら飲んでいけや。
 帰り道を教えろって焦る気持ちもわかるけどよ、ここは酒場なんだから。
 ……金がねえ? 
 ははは、さては表の看板を見なかったな。
 ここは〈ノーキンのやらかし亭〉つってな。酒の肴になりそうな話があれば、ただで飲める店なんだよ。具体的にはあんたみてえな間の抜けた冒険者がやらかした、腹の底から笑える失敗談だな。路地で迷ったくらいじゃ面白くねえが、初回サービスってことで一杯だけおごってやる。
 失敗談と言われても、すぐに思い浮かばない? 
 なら俺が参考になりそうな話を教えてやるよ。たとえばあんたの後ろの席で飲んでいる、白髪の男だ。音もなく忍びより、弓の一撃で獲物を仕留める。竜殺のレクサール――名前くらいは聞いたことがあるだろう。
 レクサールは気難しい性格で、単独行動も多かった。仲間がいないだけに一瞬の油断が命取りになるが、成果を分配しないぶん実入りはよかったらしい。
 その日はとくに順調だった。ワイバーンの討伐数はすでに三、あと一匹狩れば一日あたりの討伐数は歴代トップ。冒険者ギルドの記録に名を残すことができる。
 このときばかりはさすがのレクサールも気がはやり、ようやく見つけたワイバーンめがけて矢を射ったとき、必中の一撃がついに……って思うだろ? 
 ところがレクサールに油断はない。最後まで平常心のまま狩りをやりきった。
 問題はむしろ終わったあとにあった。小型とはいえワイバーン、とてもじゃねえがひとりで持ち帰れる量じゃねえ。だから肝や角だけを切り取って、あとは洞穴に隠して、何度か往復しながら回収することにした。
 しかし四匹となると、ちびちび持ち帰るにしても骨が折れる。というより、洞穴に隠しただけでへとへとになっちまった。
 仕方ねえ、ギルドで仲間を集めて回収するか。分け前は減っちまうが肉を腐らせるよりはましだ。記録を狙って欲を出しすぎた。レクサールは反省し、ひと仕事を終えた開放感からその場で一服することにした。
 そしたらな、ポンと弾けたんだよ。
 まとめておいたワイバーンの亡骸の、喉袋に引火して。
 笑っちまうだろ? 
 一匹ならたぶん大丈夫だった。四匹だったのがまずかった。ブレスの残りカスが漏れていたんだろうな。レクサールは盛大にふっ飛び、今はこの酒場で飲んでいる。
 ……よく生きてましたねって。おいおい、そんなところで感心するやつがあるか。
 レクサールのほかにも、戦闘で負った傷を治そうとポーションを一気飲みしたら仕掛け罠用の毒薬だったやつ、四散したスライ厶の粘液ですべって頭蓋骨を陥没させたやつ、真の危険は魔物と戦っている最中より退治したあとにあった、てな話はけっこうある。
 変わり種といえば、壁際の席で静かに飲んでいるトールマンだな。
 あいつがやらかしたのは魔物じゃねえ。同業者、しかもパーティーの仲間にとんだ失敗をかましちまったわけだ。
 まず女僧侶に手を出して、そのあとで女魔道士に浮気した。トールマンとしてはうまくやっているつもりだった。だけどつきあいが長くなるほどボロが出やすくなるもんだし、やべえと気づいたときには手遅れさ。
 背後からいきなり魔物の巣穴に落とされて、他のメンバーは自業自得だって助けちゃくれねえ。それでもなんとかはいあがろうとするあいつを見おろして、女僧侶と女魔道士はなんて言ったと思う。
 ――ごめんね。私たち、つきあうことにしたの。
 傑作だろ? そんなわけでトールマンは元恋人ふたりに陥れられて、こんな酒場で飲んだくれていやがる。今ちょうど、客の女に声をかけているってか。あの野郎、まだ懲りちゃいねえのな。
 さて、俺がこれだけ語ってやったんだ。いい加減あんたの話を聞かせろや。
 この際、つまらなくてもいい。失敗談をひねりだしてくれたら、帰り道を教えてやる。ほら、やる気が出てきただろ。
 ほーん、魔物の群れに襲われて。自分だけ囮になって、仲間を逃がそうとした。そんで失敗したのか。いや、うまくいったと。ばか野郎、そりゃただの武勇伝じゃねえか。
 は、噛んだ? 仲間に向かって、叫ぶとき?
 ――俺を置いてさきにゆきゅえ!
 確かにそれはくそだせえ。しかもたいして面白くねえ。
 つまらなくてもいいって言われたってか。まあそうなんだけども。それにしたって歴代でぶっちぎりだよ。とんだ期待はずれだよ。先人を見習って努力しろや。
 あー、帰り道な。そういう約束だったからなあ。
 んじゃ店を出たら耳の穴をかっぽじって、仲間の声が聞こえるほうに向って走れや。
 そうすりゃ帰れる。簡単だろ?
 わかったら早くいけ。
 次にここへ来るときは、もうちっと面白いネタを仕入れてこい。
 腹の底から笑えて、冥府の土産になりそうな、とびきり愉快な失敗談をな。
 
【冒険者ギルド記録集 蘇生者の体験談より抜粋】
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