第1話

文字数 1,999文字

 九月下旬。シャツ一枚で夜風が丁度心地よく感じる季節。都内の某複合商業施設の屋上ではオクトーバーフェストが開かれていた。
 年に数度のビールの祭典。天気にも恵まれ、多くの人で賑わうその日、とある男女が四人。片手にジョッキ、腹にはそれぞれの思惑を据えながら、テーブルを囲んでいた。

【ビールこそ至高】恵比寿明宏(えびすあきひろ)・28歳男性
 今日は会社の後輩の原くんが誘ってくれたんだ。このところ同じ案件で動くことが多くて仲良くなったんだけど、僕が大のビール好きなことは話したことあったかな?
 とにかく、周りにビール好きがいてくれて僕は嬉しい。やっぱりビールが一番だよね。
 なんといってもあの独特のほろ苦さと爽快な喉越し。それにワインやカクテルといったお酒に比べて庶民的で気張らず飲める点も素敵だ。
 嗚呼、あの黄金色に輝く液体と天使の羽のように白い泡の見事な調和、黄金比という言葉は実はここから生まれたんじゃないだろうか。
 昔、泡の分だけ飲める部分が減るから勿体無いなんて言っている輩を見たが、それはとんだ間違いだ。泡こそが炭酸が抜けていくのを抑え、ビールの美味しさを守ってくれているというのに。僕からすればそれを知らずにビールを100%楽しめないことこそが勿体無いと思う。
 本当に麦とホップの運命的な出会いには感謝してもしきれない。一番は両親の出会いだけれど、その次には感謝している。もうだいぶ僅差かもしれない。ちなみに3位はB’zだ。
 ドイツのピルスナー、アメリカのラガービール、イギリスのエール……どれから飲もうか。まさによりどりみどりだ。
 原くん、今日は誘ってくれて本当にありがとう。

【ビールは手段】原朝陽(はらあさひ)・25歳男性・会社員
 このところ仕事が忙しくてイベント事へのアンテナが弱っていた。
 だから先週、友達のストーリーを見てオクフェスがやってることを知り、大学時代の“サークルの後輩”に声をかけた。
 この時偶々一緒にいた先輩にオクフェスの話をしたら、目を輝かせて食いついてきたのでなんか流れで一緒に行くことになった。一緒に飲んだことはなかったが、悪い人じゃない。まあ顔も悪くないし、無害そうだからいいか。
 ただ、その後会場に着くまでの間にビールについてすごい熱弁された。
 コクだのキレだのビールの良さを説いていたようだけど、別に俺はビールが特別好きってわけでもない。というか味とかはぶっちゃけどうでもいい。
 大学の頃から氷がない分コスパがいいし、店によって薄くなることもないからビールばかり頼んでた。メガジョッキがあれば尚良し。多分、黙って出されれば発泡酒とビールの区別もつかないと思う。
 ただ、強いて言えばキリンのビールが好きだ。球場にいる売り子はキリンが一番レベルが高い。俺調べ。
 とりあえず、酒飲んでる感があって酔っぱらえればそれでよくて、ビールは飲み会を楽しむための手段みたいなもんかな。
 そんなことより、りんちゃんが可愛い!里依紗が連れてきてくれた子だが、これは大当たりだ。グッジョブ、里依紗!

【ビールは予防線】結城りん(ゆうきりん)・22歳女性・大学生
 バイト先の元先輩から連絡があって、合コンのようなものに付き合うことになった。
 あまりそういう飲み会は好きじゃないけど、お世話になった先輩だし無碍にはできなかった。
 先輩は周りでビール飲めて仲良い女の子が私くらいしかいなかったなんて言うけれど、別に私もビールが好きなわけじゃない。というかもとよりあまりお酒が好きじゃない。
 ただ、お酒の中ではビールが一番都合が良かったというだけだ。
 大学生をやってく上で、お酒を全く飲めないんじゃ場をしらけさせてしまうし、甘いカタカナのお酒を頼むような女だと思われたくもない。かといって、日本酒や焼酎は強いし苦手だ。
 だからビールはちょうど良かった。度数も低いし、はしたない話にはなるが利尿作用を言い訳に席を立ちやすい。ビールは私が私を守るための予防線だ。
 てか、先輩。この人が例の朝陽さんって人ですよね?私一昨日くらいクラブでナンパされたって友達の写真見ましたけど、一緒に写ってたの多分こいつですよ。
 こんな男のどこがいいんですか?

【ビールは惰性】三戸里依紗(みとりいさ)・24歳女性
 数ヶ月ぶりに朝陽から連絡があったと思えば、内容はほとんど合コン。
 もう一人女の子誘ってくれって、何それ。私の気持ちは?元カノだって覚えてますよね?
 「お前確かビール好きだったよな?」ってバカじゃないの。好きな人が好きだったから飲んでただけ。今はただ惰性で飲み続けてる。
 ねえ、こっち見てよ……。
 あと、来てからずーっとビールの蘊蓄語ってるこいつは誰!?結局この会は何?!どういうつもり!!?

 しばしの謎の間をおいて、乾杯の音頭とともに盃が交わされる。
 そしてそれぞれの想いは交差していくのだった。
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