第1話

文字数 1,374文字

「議員の命が狙われているというんですか!」

「その通りだ。彼女が明日の選挙で選ばれれば、正式に総理として就任することになる。――そして、それを嫌がる勢力がいるということだ」

 部屋の一面はガラス張りになっており、壁一面モニターの設置された指令室を眺めることができる。今、この場所にいるのは、班長のゲンバとその直属の上司、部長のオニヅカの2人だけだ。この部屋の会話が誰かに聞かれるようなことはないが、その内容の重大さを意識したせいで、2人はどこか声をおさえながら会話を続けた。

「ではまず警備にあたる人員を増やしましょう。24時間体制で警戒にあたって、私もずっと張り付きで……」

 オニヅカは手のひらをつきだし、前のめりで警備計画を語るゲンバをたしなめる。

「まあ、待ちたまえゲンバくん。言いにくいことなんだが、最近は色々うるさいから過度の残業は避けてもらわないと……」

「何を言ってるんですか! 明日にも新総理になるかもしれない人の命が狙われているんですよ!」

「いやいや反対勢力も怖いが、労働基準監督署も怖いんだぞ。君、今月はもう90時間も残業してるじゃないか。知ってるかい。月の残業は多くても100時間までって決まってるんだよ。会社としても残業には厳しくてね、私の評価にかかわってくるんだ。そんな気安く残業ばかりされていたら、新総理の命が守れても私の仕事がなくなってしまうよ」

 オニヅカは噛んでいたガムを紙で包み、足元のゴミ箱に放り込んだ。昔はヘビースモーカーだったが、タバコの値段があがり、屋内も前面禁煙になり、いよいよタバコに別れを告げたのがやっと半年前のことだ。
 ゲンバがここでどれほど反論したところでお国の決めたことが変わるわけでもない。ゲンバは苦虫をかみつぶしながら続けた。

「……そうですか。わかりました。であればシフトを組んで残業にならないように対応いたしますので、緊急増員をお願いいたします」

「いやーしかしこれがまた問題でな。……ほら、見てわかるだろう? 人手がないんだ。うちの部署は最初から『少数精鋭』をうたってただろう。こういうときには困ってしまうよな」

「いや部長。『困ってしまうよな』じゃないですよ……」

「そもそも『少数精鋭』とかいうのも、カッコよく聞こえるけれど、予算が限られてるから人が集められなかっただけだし、ちっともカッコよくないな……」

「――部長!! いやもう体裁とかそういうのはいいです。ちっともカッコよくないです。それはわかりました! でも残業もダメ、増員もダメじゃ、守るものも守れません! どこか他の部署に掛けあって人を借りてください。この際、どんな人でもかまいませんから!」

「わかった、わかったよ。上の許可とってから他部署に話を回してみるから、しばらく待っていてくれ」

「しばらく……というと? どのくらいですか。1時間ですか、2時間ですか?」

「いや~……ゲンバくん。だって今、夜の9時だよ? 偉い人が仕事してるわけないじゃないか。明日の朝、彼らが出社してきて、会議の予定を入れて、やっと会議が昼過ぎか、夕方に始まって……。1時間くらいで終われば御の字というところかな。やっと許可も出ましたってなれば、そこから初めて他部署に声を掛けて……まあ明日の夜に形になったらいい方だな……」

「それもう24時間たっちゃってるから……」
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