第1話

文字数 1,121文字

 探していた相手は、うわさどおり可憐な姿をしていた。少し力をこめたら折れてしまいそうなくらいきゃしゃな肢体。肩まで伸びた金髪、雪のように白い肌。俺に気づくと、氷のようにこわばっていたその顔が、安堵したようにゆるんだ。
「よかった、あなた刑事さんでしょ?」
 まるで小さな子どものように駆けてくると、すぐさまぎゅっとしがみついてきた。震えているのが伝わってくる。
「会えてよかった。このところ、ずっと不安だったの。だって毎日あんなニュースが流れてるんだもの」
「例の殺人事件か?」
 ここのところ世間を騒がせているのが連続殺人事件。狙われるのはみんな美少女ばかり。彼女たちは毎晩毎晩何者かに心臓を一突きされた状態で発見されるのだ。とめどなくあふれる血に染まりながら。
「そう……そうよ。胸の奥がざわざわして、もうどうにかなっちゃいそうだったの」
 まだ落ち着かないのか、呼吸が荒い。両腕をつる草のように絡め、憂いを帯びた横顔をいっそう胸に押しつけてくる。
「安心しな。もうこれ以上誰も殺させやしねぇよ。誰ひとりとしてな」
「ほんとうに?」
 俺を見上げるその顔は、まるで恋する乙女のようにうっとりとしていた。つややかな青い目がガラス玉のように冷たく光り輝いている。
 俺は相手の右手首をつかむと、白くてほっそりした白蛇のような指に自分の指を絡めた。
「美しい手だな」
「痛いわ……」
 困惑するような表情を浮かべながらも、頬は赤く染まり、その口元は微笑っていた。
相手の左手が俺の首すじにまわり、どこか夢見るようなその顔が目の前に近づいてきたその瞬間、俺はずっと聞きたかったことを口にした。
「今までこの手で何人殺した?」
 相手の顔色は変わらなかった。ただガラス玉のような青い目をこちらに向けると、
「ボクが悪いわけじゃない。彼女たちが死にたがってただけなんだ」
 と、赤い唇をゆるませた。
 稀代の連続殺人犯は、類まれなる美貌の持ち主だった。幾多の恋愛関係を持ちながらも、心の底から愉しめなかった彼は、乙女の断末魔を聞くことに新たな快楽を見出したのである。
「だけどね、刑事さん。ボクはまだ初めてなんだよ」
「何が」
 殺人犯は口元に絶えず微笑みを浮かべたまま、
「大人の男。これがまだひとりも殺したことがないんだ。ねぇ、刑事さん。その心臓をボクのものにしていいかな。そろそろ聞き飽きちゃったんだよ。女の子の悲鳴は」
 左手に輝くのは、夜空に浮かぶ細い月のような銀色のナイフ。
「あいにく、家には女房子どもが待ってるんでね。いつもうるさく言われてんだよ。夜遊びはほどほどにしとけって」
 俺は殺人犯を振りほどくと、愛用の銃を構えた。
 しなやかで残忍な白蛇との闘いの火ぶたが、今切って落とされた。
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