第1話 賭け勝負
文字数 1,674文字
サウスポーの奇怪
○神奈川県横浜市のとある草野球グランド
「すみません、ちょっとワタシと勝負してくれませんか?」
その髪が野球帽からはみ出した漢は、グローブを右脇に抱えてグランドに唐突に現れた。
下は、野球用のパンツらしきものを身につけてスパイクを穿いているが、上はTシャツの軽装である。
どこか特定のチームに所属していることもないらしい。
先程まで、フリーバッティングでバッピの球をポンポンとレフトオーバーしていたチームの4番磐田が漢の頭のテッペンから爪先までをしげしげと見つめた。
「今、監督は不在ですが、勝負とは?」
「いや何、そんなに手間はかけさせませんよ。一打席だけの勝負。あなたの打球が、フェアーグランドにさえ飛べばあなたの勝ち。飛ばなければ、ワタシの勝ち。これでどうです?」
漢が、にやりと笑った。
なんと無礼な口上だろうか。内野フライでも可、球が前にさえ飛べばよいと言っているのである。
磐田は、高校は甲子園にまで出場した球歴の持ち主である。勿論、この漢がそれを知る由もない。それにしても、先程まで自分のフリーバッティングを見ていたはずである。
磐田は、呆れてしまうより段々と腹が立ってきた。
「いいでしょう。受けて立ちましょう。でも、念の為に守備はわがチームで手配しましょうか」
磐田の唇が変に曲がった。
「いや、要りません。その代わり、子供の遊びではない、大人の真剣勝負ということで一万円を賭けさせて下さい」
草野球の世界で、賭けピッチをやる真剣師がいるとは噂に訊いていたが、まさか自分が遭遇するとは、磐田の血は騒いだ。
「いいでしょう。ただし内野フライでも、レフトスタンドでも恨みっこなし、ですよ」
「勿論です」
左腕の漢は、ゆっくりとマウンドに向かった。そして、4、5球投げると既に肩が出来たようだった。磐田が見た限り、それは撃ちゴロの半速球でしかなかった。
(これは、一万円は貰ったも同然。帰りに横浜中華街でうまいものでもたらふく食ってやるか)
磐田が、ゆっくりと右打席に入った。
「プレイっ!」
審判のコールを聴くと、漢は大きく振りかぶってワインドアップの態勢に入った。
そして、その左腕から繰り出された白球は、あにはからんや唸りを挙げて磐田の膝下に食い込んだ。
「ストライク、ワン!」
磐田は、手も足も出なく見逃した。
「お、おいマネージャー!いまのクロスファイアーは何キロでてた?」
「149kmです」
軟球で140km越えは、なかなかない話である。ましてや、正確にインローにコントロールされている。
(待てよ。素人のまぐれってこともある。二球目で、化けの皮を剥いでやる)
磐田は、今度はインコースにヤマを張って打席に入った。
マウンドの漢が投じた二球目は、果たして真ん中やや低めの半速球であった。
(貰った!レフトオーバーまで飛ばしてやるぜ!)
磐田が振出すと、球は急速に内側にスライドし、ファウルチップが自打球となってその左脚を痛め付けた。
「イタタタ(くそ、スライダーか)」
「大丈夫ですか?」
漢の能天気さが妙に磐田の琴線を刺激した。
「大丈夫に決まっているだろ!次は仕留めてやるからな!」
磐田には、そんじょそこらの野球をかじった輩とは一線を画したい自負があった。それは、磐田自身が人生の中で大事にしている男としての矜持でもあった。
マウンドの漢は、気を取り直して三球目を振りかぶった。
磐田は、オープンスタンスに変え、インコース狙いの構えである。
果たして、三球目はど真ん中に来た。しかし磐田が渾身の力をこめてスイングすると、その球はヒラヒラとアウトローに落ちて行き、身体が開いてタイミングをはずされた磐田は、見事に空振りしてホームベース上にもんどり打って尻餅をついた。
「くそっ!俺の完敗だ。何だ、今の球は?」
磐田が、マウンドを睨み付けた。
「へへっ、スクリューボールなんで」
漢は、ちょこんと帽子をとると磐田から一万円を受け取り、そそくさと球場を後にした。
○神奈川県横浜市のとある草野球グランド
「すみません、ちょっとワタシと勝負してくれませんか?」
その髪が野球帽からはみ出した漢は、グローブを右脇に抱えてグランドに唐突に現れた。
下は、野球用のパンツらしきものを身につけてスパイクを穿いているが、上はTシャツの軽装である。
どこか特定のチームに所属していることもないらしい。
先程まで、フリーバッティングでバッピの球をポンポンとレフトオーバーしていたチームの4番磐田が漢の頭のテッペンから爪先までをしげしげと見つめた。
「今、監督は不在ですが、勝負とは?」
「いや何、そんなに手間はかけさせませんよ。一打席だけの勝負。あなたの打球が、フェアーグランドにさえ飛べばあなたの勝ち。飛ばなければ、ワタシの勝ち。これでどうです?」
漢が、にやりと笑った。
なんと無礼な口上だろうか。内野フライでも可、球が前にさえ飛べばよいと言っているのである。
磐田は、高校は甲子園にまで出場した球歴の持ち主である。勿論、この漢がそれを知る由もない。それにしても、先程まで自分のフリーバッティングを見ていたはずである。
磐田は、呆れてしまうより段々と腹が立ってきた。
「いいでしょう。受けて立ちましょう。でも、念の為に守備はわがチームで手配しましょうか」
磐田の唇が変に曲がった。
「いや、要りません。その代わり、子供の遊びではない、大人の真剣勝負ということで一万円を賭けさせて下さい」
草野球の世界で、賭けピッチをやる真剣師がいるとは噂に訊いていたが、まさか自分が遭遇するとは、磐田の血は騒いだ。
「いいでしょう。ただし内野フライでも、レフトスタンドでも恨みっこなし、ですよ」
「勿論です」
左腕の漢は、ゆっくりとマウンドに向かった。そして、4、5球投げると既に肩が出来たようだった。磐田が見た限り、それは撃ちゴロの半速球でしかなかった。
(これは、一万円は貰ったも同然。帰りに横浜中華街でうまいものでもたらふく食ってやるか)
磐田が、ゆっくりと右打席に入った。
「プレイっ!」
審判のコールを聴くと、漢は大きく振りかぶってワインドアップの態勢に入った。
そして、その左腕から繰り出された白球は、あにはからんや唸りを挙げて磐田の膝下に食い込んだ。
「ストライク、ワン!」
磐田は、手も足も出なく見逃した。
「お、おいマネージャー!いまのクロスファイアーは何キロでてた?」
「149kmです」
軟球で140km越えは、なかなかない話である。ましてや、正確にインローにコントロールされている。
(待てよ。素人のまぐれってこともある。二球目で、化けの皮を剥いでやる)
磐田は、今度はインコースにヤマを張って打席に入った。
マウンドの漢が投じた二球目は、果たして真ん中やや低めの半速球であった。
(貰った!レフトオーバーまで飛ばしてやるぜ!)
磐田が振出すと、球は急速に内側にスライドし、ファウルチップが自打球となってその左脚を痛め付けた。
「イタタタ(くそ、スライダーか)」
「大丈夫ですか?」
漢の能天気さが妙に磐田の琴線を刺激した。
「大丈夫に決まっているだろ!次は仕留めてやるからな!」
磐田には、そんじょそこらの野球をかじった輩とは一線を画したい自負があった。それは、磐田自身が人生の中で大事にしている男としての矜持でもあった。
マウンドの漢は、気を取り直して三球目を振りかぶった。
磐田は、オープンスタンスに変え、インコース狙いの構えである。
果たして、三球目はど真ん中に来た。しかし磐田が渾身の力をこめてスイングすると、その球はヒラヒラとアウトローに落ちて行き、身体が開いてタイミングをはずされた磐田は、見事に空振りしてホームベース上にもんどり打って尻餅をついた。
「くそっ!俺の完敗だ。何だ、今の球は?」
磐田が、マウンドを睨み付けた。
「へへっ、スクリューボールなんで」
漢は、ちょこんと帽子をとると磐田から一万円を受け取り、そそくさと球場を後にした。