全1話〔完結〕

文字数 1,889文字

 チートな人生を強く求めて自分から命を絶ったオレは、気がつくと異世界にいた。
(やったぁ! 定番の異世界転生だ! 地獄に行くか異世界に行くかの賭けだったけれど。ん? やけに目の前にある雑草がでかい?)
 見上げるほどの雑草と世界樹並みの大樹の根元に、オレは座っていた……小さな足が生えた『板チョコ』になって。
「なんじゃこりゃ?」

 いくらなんでも、チョコレートに転生したのは想定外だった──それもアニメのようなコミカルな足が生えた、ミルクチョコレートに。

「う~ん、チョコレートに転生してもなぁ……」
 オレが困惑していると、草がガサゴソと左右に掻き分けられ。
 エルフの子供が顔を覗かせた。チョコレートに転生したオレから見たら、普通の妖精の子供でも巨人サイズだった。

 エルフの子供が言った。
「あっ、見つけた。おーい、みんなぁ……ここに、あの甘い食べ物が座っているよ!」
 仲間を呼んだエルフの子供は、オレに向かって手を伸ばす。咄嗟に身の危険を感じたオレは逃げ出した。
「あっ! 逃げた! 待てぇ!」
 その日からオレの異世界での、逃亡生活がはじまった。

 この異世界には甘味が少ないらしく、エルフ族以外にもオレの体の甘味を狙う種族は多かった。
(冗談じゃない、食べられてたまるか!)
 オレは逃げて、逃げて、逃げまくった。

 逃げている間に、オレと同じように足が生えたチョコレートに転生した仲間と出会って。
 集団生活をするようになった。
 仲間たちの話しを総合すると、オレと同じようにチートな人生を求めて自分から命を絶った者たちだった。
(オレたちが、歩くチョコレートに転生したのは……自分から命を絶った天罰なのか? んなわけ、ねぇな)

 オレたちは捕食者から見つからないように、大樹の根元にぽっかり開いた穴の中に集まって生活をはじめた……捕食者に毎日ビクビクしながら。

 やがてオレは、一枚のホワイトチョコレートの女の子と親しくなった。
 気があって仲良くなった板チョコ同士で、並んで会話をする時間が多くなった。
 ホワイトチョコレートもオレと同じように、転生して新たなチート人生を夢見て、軽い感覚で自分から命を絶ったらしい。

「まさか、転生してチョコレートになるなんて思ってもみなかった……失敗、失敗」
「そうだね」
 オレは人間でいた時よりも、ホワイトチョコレートと一緒にいる時間の方がリアな充実を感じていた。
 ホワイトチョコレートは、オレの初めての恋人になった。
(異世界でスイーツな生活もいいかも)
 そんなコトを日々、思っていたオレたち歩くチョコレートの平穏は突如破られた。

 エルフの子供たちに、オレたちが潜んでいた樹の穴が発見された。
「巣を見っけ!」
 エルフの子供が仲間のエルフを呼ぶ。
「お──い、みんなココに巣があるよ」
 集まってきたエルフの子供たちに、次々と捕まり捕食されていく仲間たち。
 虫カゴに入れられたり、その場で食べられる仲間たち。
 オレとホワイトチョコレートは必死に逃げて、岩の隙間に隠れた。
 ホワイトチョコレートは、岩の隙間で震えていた。
「どうしてこんなコトに、あたしたちは異世界生活をチートに楽しむはずだったのに」
 オレが色白の彼女に慰める言葉をかける前に、伸びてきたエルフの手がホワイトチョコレートの彼女を捕まえた。
「きゃあぁぁ! 助けて! 助け………」
 ペキッ。
 砕けるホワイトチョコレート。 
 ミルクチョコレートのオレには、どうするコトもできなかった。
 彼女の悲鳴とポリポリと食べられている音を背中で聞きながら、オレは、その場から逃げ出した。

 気がつくと、かなり遠方の森の中にまでオレは逃げていた。
「生き残ってやる……こんな、ふざけた姿で死んでたまるか!」
 岩を背もたれにしたオレが休んでいると、雨がポツポツと降ってきた。
(これは、自分の命を転生するためだけに捨てた者への裁きなのか? 授かった命を、粗末にした者が受ける報いなのか?)

 もうオレには立ち上がる力は残っていなかった。
 雨があがると、今度は枝葉の間から日差しがオレの体に当たりはじめた。
 空には虹も見えた……オレはチョコレートの体が溶けはじめているのに気づいた。
(とける……とけていく……いやだ、いやだぁ……虫や鳥に食われて消えるのはいやだぁ)
 溶けていくにつれて、オレの意識も薄れていく……チョコレートの甘い匂いに誘われて、虫が寄ってきてオレを食べはじめる。
 鳥も飛んできて、クチバシでオレをついばむ。

(とける……とける……消える………消える)
 歩くチョコレートに転生したオレは、異世界で二度目の死を迎えた。

~おわり~
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み