うるさい

文字数 1,726文字

ここだ。ここで間違いない。
私は車を降りると、目の前にそびえ立つトンネルを睨んだ。


「お告げトンネル」の噂を聞いたのは今朝の事だ。
阿呆の弟分たちが早朝からぎゃあぎゃあと子供の様に騒ぎ立てているので、何事かと近づきこっそり耳を傾けた。

「長野の山奥に、優秀な物書きが訪れると“更に作品が売れる様になるお告げ”を貰えるというトンネルがあるらしい」

話の内容はそんな具合であった。

全く呆れて物が言えぬ。
いくら物書きといえど、この手の身も蓋もない空想話が私はめっぽう嫌いだ。

「お前ら、うるさいぞ。
ガキみたいに何を騒いでいるかと思えば、脳みそまでガキになっちまったのか。」

「や、兄貴。これは失礼致しました。いらっしゃるとは思いませんで」

「くだらねえ噂話にうつつを抜かすなら、文字の1つでも書けってんだ」

「兄貴も聞いておりましたか。
いやね、私らも最初はタダの空言かと思ってましたが、それがそうでも無いらしいんですよ。
ホラ、黒瀬のダンナいるでしょう?最近調子が良いらしいのが、正にそのトンネルでお告げを貰ったからだそうなんです。いやあ羨ましいなあ。元々優秀な方でしたからね。
ところで、お告げ…って、書き方でも教えてくれるんでしょうかね?トンネルが物語を丸々考えてくれる訳じゃあるまいし、それとも…」

私は阿呆の話し終える前に、そそくさとその場を後にした。

黒瀬。
全く大嫌いな奴だ。
大して面白いものも書かない癖にお高く留まりおって。

奴の評判は噂には聞いていた。
ただでさえ良く思っていなかったが、そんなくだらないキッカケなのであれば尚の事腹が立つ。

私は黒瀬の家を訪ねた。

「やい黒瀬、テメエちょっと売れたからってもう上人気取りか。トンネルのお告げだなんて、くだらないホラを吹くな!」

黒瀬は偉そうな書斎で、偉そうに茶を啜っていた。

「突然来たかと思えば挨拶も無しに早速文句か。君も変わらないな」

余裕綽々な態度の黒瀬に、私は今にも掴みかかりたいのをぐっと堪えた。

「話は本当さ、この耳でお告げを聞いたんだからな。
疑うなら、君も行ってみるといい。
トンネルに入ったら名前を叫び、お告げが欲しいと頼む。そうすると優秀な物書きならば、反響する自分の声に混じって違う言葉が聞こえるのさ。

私の場合は、それは小説の書き出しの1文だった。

主人公の名前、話の題名、ミステリなら凶器の種類まで、時々で変わるそうだよ。
尤も、君がお告げを貰えるかはわからないがね。
ヒントを生かすも殺すも受け手次第。
折角のお告げを無駄にされたくないと、トンネル側も選んでんだろうな」

ハハ、と笑うと黒瀬は眼鏡を外し、トンネルの場所を告げながら袖でレンズのくもりを拭った。


全くムカつく野郎だ。
そこまで言うなら確かめてやろうじゃないかと、私は黒瀬の家を後にし車を走らせた。


教えられた場所に到着した頃には夜だった。
街灯も無い森の中で、トンネルの中など暗闇で何も見えない。

良く思っていないのはお互い様だ。
普通に考えれば、これは黒瀬の仕掛けた罠かもしれぬ。

馬鹿みたいな噂を信じて山奥まで来た私を笑いものにするのか、はたまた中に凶暴な野良犬でも巣食っている危険な場所なのか。

引き返そうかとも思ったが、折角ここまで来たのだ。

トンネルへ入ると、私は恐怖を振り払う様に叫んだ。


「野田玄海、物書きだ。お告げを求む!」


トンネルはかなり深いらしく、波紋の様にどんどん奥の方へと広がっていった。

しかし待てども響く自分の声を聞くばかりで、お告げなど全く聞こえない。

くそ、やはり騙されたか。

いやしかし、私がお告げを貰える程の優秀な物書きで無いだけなのかもしれない。

いずれにしろ、ここまで来て何も無しは流石に無いだろう。
せめて黒瀬の仕掛けた悪戯の1つでも出てきてくれねば、お告げどころか話の種にもなりゃしない。

考える内、私は無性に腹が立っていた。

「何でい、タダのトンネルが人を小馬鹿にしやがって。お告げだと、神様にでもなったつもりか!山がくり抜かれただけの分際で、偉そうに!お前も黒瀬も皆阿呆だ。皆々阿呆ばかりだ、くそったれ!」

すると突然、けたたましい声がトンネルから聞こえた。


「うるさい!!!」


私は呆然とその場に立ち尽くした。

それ以上お告げが聞こえる事はなかった。
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