ゾンビの妹と人と

文字数 7,172文字

【8月6日】 熱のせいで幻覚を見ているのか、バイオハザードの映画撮影でもしているのか、なんて呑気なことを考えた。けど違う。俺は(省略)

【8月7日】 熱がひどくなってきている。これじゃ熱で死ぬかもしれない。あぁ、彼女に会いたい。けどきっと彼女もすでに(省略)

(省略)

【8月27日】 彼女に会えた。まだ大丈夫だった。でも、どうして(省略)

【8月28日】 (血が滲んでいる)

【8月29日】

【8月30日】

【8月31日】

【9月1日】 妹は今日も元気だ。後部座席で妹がうるさくするほど。むう。肉はもうあげたけど、腐りかけの肉はダメだったかな。黙っていれば可愛いんだけどな。

【9月2日】 使いかけの日記帳を手に入れたので、昨日から書くことにしたけど、これだと私が妹虐待しているようなので、軽く状況説明する。まず一ヶ月くらい前にゾンビが町にあふれて、私の妹もゾンビ化したけど、私は運良く警察護送車を手に入れて、ゾンビ化した妹を後部座席に押し込んだけど、それからいいことが何ひとつ起きていない。以上。

【9月3日】

【9月4日】 断じて三日坊主ではない。最近は書くことなかっただけ。けど、毎日ゾンビばかり見ていると飽きる。まあ唯一の救いとして、ゾンビが映画や漫画ほど強くないってのが幸いである。無免許女子高生の私には運転がハードなので、最高速度は20キロが限界だけど、それでも私は生きている。しいて言えば、さすがにゾンビに捕まれば終わりだ、ということだが。 ああ、あと、妹が後ろにいてくれるのも幸いなこと。ゾンビであってもね。

【9月5日】 そういえば、いいことが何ひとつ起きていないと先日書いたが、その前にはいいことがあった。だから今、私は西へ向かっているのだ。というのも、妹をこの警察護送車に押し込めるのを手伝ってくれて、車の鍵もくれたおまわりさんの話では、この騒動が起きてすぐに西へ集まれと招集がかかったそうなのだ。だから西に行けばなにかあるかもしれないのだ。ちなみに、その親切なおまわりさんは、自分の奥さんに食べられてしまい、ちょうど今日、奥さんと一緒に散歩しているのを偶然見かけた。こういう光景を見ると、なんとも言えない気分になる。ゾンビには気をつけなければ。実際、今日は妹に指一本もってかれそうになったし。いや、その歯はキレイだったけどね。

【9月6日】 妹に、ためしにポカリを与えてみる。けど、やっぱ水分は飲まないみたい。なんだか、胸元がポカリで濡れてエロい。と思ったけど、ゾンビで風邪ひかないかな、とも少し心配する。

【9月7日】 妹だけならともかく、妹以外のゾンビばっかで嫌気が差していたが、生存者が見つかった。食料調達に寄った居酒屋で、大学生のお兄さんと出会った。お兄さんはこの居酒屋の息子さんで、細々と冷蔵庫のものを食べていたらしい。最初、妹のことは秘密にしていようかと思ったけど、お兄さんも居酒屋の二階――自宅にゾンビ化した両親を放置しているらしく、似た者同士ということで意気投合した。ゾンビはうるさいけど、なにか食料を与えると数時間静かになるというあるあるネタでも盛り上がった。お兄さんは、けっこう優しい性格の人だった。妹のことが辛くないか、処分したいなら手伝おうか、とかデリケートなことをストレートに聞いてきたけど、まあ、優しさあってのことだ。やはり生きている人間はいい。いや、ゾンビの妹がダメってわけじゃないよ?

【9月8日】 人は見かけによらないと教えてくれたのはお父さんだったか。私はまだ7日かもしれない深夜に起きた。というのも、お兄さんはこういう状況で定番の「若い女だ、ヒャッハー」というタイプの人だったのだ。私はセーラー服を失いつつも、なんとか車で逃げ出せた。けど、車をふかして、今まで出したことのない速度を出したせいか、車を止めても妹が騒いでしまった。しかも、それはその小さな体から出ているのかと思うほどの大声で。最初はゾンビが寄ってくるのではと不安になったが、他の生存者と出会った。そして襲われてしまった。ここで細かいことは書きたくないけれど、妹が騒いだおかげで奇跡的に数人の生存者と出会ったが、その数人とも今は生存者ではなくしてしまった。意外と生存者がいることは人類にとってよいことだが、私にとっては悪いことなのかもしれない。

【9月9日】 騒動から一ヶ月あまりが嘘のように生存者とまた会ったけど、いや、書かないでおこう。とりあえず、上半身がセーラー服もなしのブラ一枚というのは、やはりいただけない。妹はゾンビのわりに服がきれいだし、昨日から騒ぐことが多くなったし。

【9月10日】 おまわりさんは西へ行けと言ったが、よくよく考えてみれば、西はこの辺りでは都市部に近づくことになる。自然、ゾンビだけでなく、生存者とも出会うことになる。私は少し考える。もし妹がまた騒いだら、嫌なタイプの生存者と出会ってしまうかもしれない。

【9月11日】 夜、妹が騒いで目が覚めてしまった。

【9月12日】 また妹が夜に騒いだけど、おかげでまた生存者と出会えた。とりあえず優しそうなおじいさんだ。

【9月13日】 妹は今日も元気だ。

【9月14日】

【9月16日】 今日も散策したけど、成果なし。発見と言えば、妹がこまめに肉を食べると静かになった。もう完全に腐っていたけど、いけるみたいだ。で、今さっきこの日記を書き終えたんだけど、夕焼けの向こうに、得体の知れない影を見つけた。そこには大きな山などないはずなのに、壁みたいな真っ黒な線が遠くに見えたのだ。方角は西である。

【9月17日】 今日も妹が目覚ましで早起きした。でも今日は許す。昨日見えた壁のような影の方へ私は向かうのだから。が、夕方についてみれば、本当に壁だった。進撃の巨人を思い出す大きな壁だ。たぶん、ゾンビを寄せ付けないための壁を緊急で作ったのだろう。だけど残念ながら、この壁は機能していそうになかった。なにせ壁に張り付いている監視塔の扉が開けっ放しだったのだ。だけど、そこでまた出会いがあった。生存者だ。迷彩服を着ていたので自衛隊かと思ったけど、ただのおじさんだった。言っちゃ悪いけど、ちょっとキモいタイプ。妹を差し出せば逃してくれるかな、とか思ったりする。

【9月18日】 私は、これまでのことがあったので、おじさんを厳重注意したが、それはやや杞憂だった。というのも、おじさんの腕はボロボロで、もう歩くのもやっとらしい。なんでも、おじさんは騒動のさなかに気絶してしまったそうで、目が覚めたらボロボロの腕とゾンビに食べられた息子の死体を見つけたそうだ。でもおじさんは気を振り絞り、奥さんを探すことにした。数日間、町を探索し、次に奥さんの実家がある方へ向かった。だがその途中にこの壁にぶつかった。しかも、この壁は機能しておらず、会議室のような場所では、日本地図に大きなばってん印が描いてあったそうだ。それに。それに、の後をおじさんは言わなかった。他にも傷があるようだ。私はあえて妹のことも伝えなかった。

【9月19日】 おじさんはわずかだが食料を見つけており、それを全部くれた。そして、もうすべてを諦めていた。私は妹のことをおじさんに伝えていなかったが、この日記を盗み見されていたようだった。それについては謝られた。だけど、私が妹に肉を与えていることを知られた。私はおじさんを止めようとしたが、間に合わなかった。おじさんは、大人がふがいなくてすまない、と言い残した。

【9月20日】 私は壁の向こうに行きたい気持ちもあったが、壁沿いを行くことにした。というのも、妹だ。妹を乗せた車は向こう側へはいけない。まあ、妹だし。おじさんが命張ってくれたし。妹だし? 一人だけだし? ……まあ、妹がいなければ、おじさんも死ななかったかもしれないと思うと、やるせないけど。……そういえば、この車をくれたおまわりさんも、妹を車に押し込めている途中で、奥さんに襲われちゃったんだよね。

【9月21日】 あえて書くが、私は妹を可愛いと思ったことがなかった。少なくとも、姉妹としては。(そう書かれていた痕があるが、上から塗りつぶされていた)妹は今日も元気である。壁は少し蛇行しているが、基本的にまっすぐだった。

【9月22日】 妹は今日も元気である。

【9月23日】 妹は今日も元気である。たまに会うヤバイ系生存者をふりきりつつ、なんとか壁の終着点にたどりついた。海だった。荒れる日本海である。波の音に反応してか、妹が騒いだ。

【9月24日】 妹が騒い(そう書かれていた痕があるが、上から塗りつぶされていた)

【9月25日】 私がはじめて妹を見たとき、それは私から両親を奪う泥棒であった。そして実際、両親の愛は妹にばかり向いた。普通、服は姉のを妹にお下がりに与えるものではないのか。だが私のは近所の子のお下がりで、妹は新品。しかも姉妹共同部屋のはずなのに、私の専用スペースは二段ベッドの下だけ。あとは妹のおもちゃと服が散乱。家のお手伝いをしても、褒められるどころか失敗を叱られる。しかも叩かれる。妹は失敗してもキスされる。学校行事が重なれば、妹優先は当たり前で(省略)

【9月26日】 妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹(そう書かれていた痕があるが、上から塗りつぶされていた)ホームセンターを見つけたので、念の為に使えそうなスコップ、ノコギリなどを持っていくことにした。

【9月27日】 私は今日も元気であり、ガソリン補給のために町を散策していると、また生存者が現れた。外見はいい人そうなおばさんだったけど、一応注意する。まあ、「若い女だ、ヒャッハー」になる確率は低いので、そこは安心していたが。

【9月28日】 おばさんは、私と同じく壮絶な体験をしてきたそうだが、ただ、おばさんは野草の知識があるそうで、これまで近くの野山を根城にしていたらしい。確かにゾンビは自分がもといた町に多いので、野山というのはいい隠れ場所かもしれない。ただ、その野山は小さく、むしろ小さな丘の公園くらいな規模で、野草も尽きてきたということだ。

【9月29日】 私とおばさんの二人は都市部を離れ、山地に入った。そこは当然ゾンビがおらず、そして幸いにしてすぐに野草も見つけられた。

【9月30日】 今日一日で、三日は満腹になれるほどの野草を手に入れた。どうやらこの山は野草の宝庫らしい。これで食糧問題はしばらく問題なさそうだった。

(省略)

【10月1日】 今日は川をチェック。小さな魚はいたので、たぶん大丈夫と判断。

(省略)

【10月5日】 熊に出会った。50メートル先だったけど、死ぬかと思った。熊は、生存者ってことでいいのかな? これからは独り言でもいいながら山を歩こう。

(省略)

【10月7日】 近くに空き家を見つける。隙間風はあるけど、足を伸ばして、屋根がある環境は久しぶり。

(省略)

【10月12日】 最近、おばさんが変だ。

(省略)

【10月13日】 おばさんに野草について教えてもらう。なんだか見分けにくいけど、命のためだから私も必死になる。テスト勉強なんてなんのそのだ。

(省略)

【10月14日】 おばさんが死んだ。ゾンビでも熊でもない。おばさんは私を助けるためと息巻いて、崖の近くの野草を取りに行ったのだ。そして崖を落下。死んでしまった。最近はいろんな人の死に直面してきたけど、さすがに悲しい。また私はひとりぼっちになってしまったのだ。私はおばさんを土に埋めることにした。そしておばさんの遺品を整理し、使えるものは貰うことにした。そして、おばさんのメモ帳――それは日記帳だったが、その中を見て驚いた。

【10月15日】 (血が滲んでいる)

   /

【7月23日】 今日は結婚記念日。たまには妻に花を(省略)

【7月24日】 息子がまた問題を(省略)

【7月30日】 疲れがたまったか。熱っぽい。頑張って厨房に立ってはみたが、美奈子に支えられ(省略)

【8月6日】 熱がひかないので、病院に(省略)

(省略)

【9月9日】 この一ヶ月の記憶がない。目が覚めたのは寝室だったが、すべてが異常だった。部屋は荒らされ、体が傷だらけで、息子らしき死体があり、外には肌色の悪い連中がうじゃうじゃだ。映画の中みたいだった。改めて家の中を調べると、瓦礫やゴミに、なぜかセーラー服まで転がっていた。

【9月10日】 私は妻を探しに辺りを探し出した。けれど見つからない。見つかるのは、映画の中に出てくるゾンビ。私はなんとかゾンビから逃げつつ、それでも妻を探す。

【9月11日】 私は妻の実家へ向かってみることにした。他の親戚の家より近いので、妻が頼るならきっとそこだろう。ただ、もし妻がここに帰ってきたときのために、私はここに日記を置いていく。

(省略)

【9月15日】 私は、この日記の主の妻だ。実は、私もこの家で目覚めたのだが、息子の死体を確認したら、倒れた旦那も死んでいるものと思ったのだ。そして旦那の予想通り、私は実家へ向かったが、ゾンビに追われ戻ってきたのだ。もはや、今はこの日記だけが私と旦那をつなぐもの。私は実家で旦那と会うことを目指し、日記の続きを書くことにする。

(省略)

【9月27日】 護送車に乗る女の子と出会ったが、なんと女の子はゾンビ化した妹を連れていた。正直不気味だと思ったけど、せっかく会えた生存者なので、私は彼女たちと一緒に行動することにした。ただ、ゾンビを背中に夜眠るというのはけっこうな度胸だと思った。(省略)

(省略)

【9月30日】 女の子は食事中に、これまでのことを少しだけ話した。それは、こんな女の子がたった一~二ヶ月で経験するにはあまりに壮絶だった。特に妹さんには困らせられたらしい。なのにまだお世話をしているあたり、やっぱり私には不気味に思えた。女の子の顔もずっと暗いし。私も護送車で寝させてもらって数日がたったけれど、まだ背中にゾンビは慣れない。

(省略)

【10月5日】 女の子は今日も妹さんのお世話をしていた。なんか熊に出会ったとか自慢のように語っていた。その光景はやっぱ不気味だけれど、ふと、自分の子供の頃を思い出してしまった

(省略)

【10月7日】 今日は空き家を見つけた。けど、女の子は夜は護送車で寝ると言う。どうしてかと聞けば、心配だし、と短く答えるだけだった。

(省略)

【10月10日】 女の子は、ふと妹さんのことを語りだした。実は女の子は、ゾンビになった妹さんを殺そうと思ったりもしたらしい。けど殺せなかった。特に愛情もないし、むしろ憎んでいたのに。いざとなったらできなかったと、涙ながらに言った。そのとき私は何も言えなかったけど、たぶん、私がこの日記を旦那との――以前の平和だった頃の思い出との絆としているように、女の子も妹さんをなにかとの絆にしているのだろうと思った。――ただ、妹さんの件とは別に、私は女の子の話の中で二つの点が気になった。それは居酒屋で大学生の男に襲われたことと、大きな壁で出会ったおじさんのことだ。

【10月11日】 私は、それとなく大学生とおじさんのことを聞いてみると、特徴はあっていた。――実は私は、気絶から目覚める直前のことを、夢うつつながら覚えている。それは女の子の悲鳴、息子の怒声、大きな物音、隣にいる旦那、そして目の前に現れた息子。その息子が恐怖に顔を歪めたのも覚えている。そして、鉄っぽい味のことも。……だから、私は旦那のこともよく調べず、家を飛び出てしまったのだ。今日はいったん考えるのをやめよう。

【10月12日】 妹さん、また警官の奥さんなどの多くのゾンビ、それに対して私と旦那の違いは一つくらいしか思いつかない。実際、私と旦那はそれの直後に正気を取り戻したのだ。ちょっと事例は違うだろうけど白血病治療に血縁者のドナーが有効という話も聞いたことがある。だけど、それを試すにはあまりにリスクがでかい。やるにしても、部位や量など細かい条件も分からない。せめて、もう少し確証が出てから女の子にこのことを話してみよう。

【10月13日】 今日は女の子に野草のことをたくさん教えた。まだまだ教えたりないところはあるけど、もうこれで仮に私が明日死んでもこの子は野草を取れるようになっただろう。もちろん、私はまだ実家に帰るつもりではあるけれど。

   /

 そんなことが書いてある二冊の日記を、中学生の少女はあらかた読んだ。
 そして、あらためて護送車の背後を見やる。
 金網、座席、そして肉の塊。
 ステーキとかそんな程度のサイズではなく、おそらくは細い人間の腕――その残骸だ。肉と皮の筋が千切られ、剥き出しになった骨に残った肉には、人間の歯型が並んでいた。
 その歯型は、おそらく少女自身のものだろう。
 実際、そんな記憶がぼんやりある。
 次に運転席を見る。
 そこには血まみれの高校生の少女がいた――自分の姉だった。
 しかし、その左腕は肘から先がない。
 肘は布切れでぐるぐるに巻かれ、足元にはノコギリが落ちていた。光沢は新品なのに、血まみれで刃こぼれしたノコギリだった。
 まるで凄惨な殺人事件の現場である。
 だが、姉の口元は確かに動いていた。息をしていた。生きていたのだ。
 そして少女自身も、確かに生きていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み