優慈と鈴と図書室と

文字数 8,598文字

七月上旬
S県K市H小学校内
小学五年生の水野優慈(みずのゆうじ)は欠伸をしながら教室の机に座っていた
それもこれも昨日調子に乗って本を読み過ぎたせいだ
昨日も一昨日もこんな調子でずっと睡眠不足に陥っている
その度に後悔して、今日こそは早く寝よう早く寝ようと
心に誓う癖に
いざ読書を始めると
時計はあっという間に深夜を迎え
就寝時間が見事に犠牲になっているのだ
机に頬杖をつきながら、あの現象は本当に不思議だなぁと
ぼんやりそんな事を考えていると
教室の扉が開けられ学級担任の伊藤先生が現れた
「おはよう、みんな」
「「「おはようございます」」」
それぞれが思い思いに挨拶を返す
森下先生は教壇からぐるりと教室を見回してから
「じゃあまずは先週言っていた転校生を紹介する、入っていいぞ」
転校生?そういえばそんな話をしていた気がするがすっかり忘れていた
扉が開かれ少女が教室に入ってきた
「おわ・・・」
それは目を見張るような美少女であった
背中まで綺麗に切り揃えられた長髪
色白の美しい肌
人形のように精巧に整った顔

それは生まれて初めての一目惚れというものだった
眠気は一瞬にして吹き飛んだ
黒板に書かれた文字は望月鈴と綺麗な字で書かれた
見た目の綺麗な人間は名前も字も美しいんだなとぼうっと優慈は思った

望月鈴(もちづきりん)といいます。これからよろしくお願いします」

大勢の人間を前にして特に緊張した様子のない、堂々としたものだった

「望月さんは両親の仕事の都合により、五年前に他県に引っ越しして、先月戻ってこられた
だから慣れないことも多いと思う。みんなでサポートしてあげてくれ」

「「「はーい!」」」
児童の威勢のいい声が教室中に響く

ふと優慈は視線を感じた
鈴がこちらを見ている、そんな気配を感じたからだ

にっこりと微笑んだ彼女はこの世のものとも思えないほどに美しく
思わず視線が釘付けになる
性別は違うとはいえ、これが同じ人間なのだろうかと疑いたくなる

そんな一瞬のやり取りなど露知らず
伊藤先生は話を続ける

「座る席は・・・奥の机が空いてるな、そこでいいか」

「はい」

スタスタと歩いてさっさと席に向かう鈴
横を通り過ぎる時、思わず顔を背けてしまったのは
自分でもよくわからなかった

「それじゃあ授業を始めるぞ」
と、言われて集中出来るような状態では既になかった

気付いた時には午前中が終わり、お昼が終わり
午後の授業も終わりを迎え
帰りの会が始まっていた

朝と同じように伊藤先生は教壇に立ち
最近ずっとしている話題をここでもやっぱり繰り返した

「他県での誘拐事件は未だに未解決で
いつこの県で起きても不思議ではない
用事がないようなら真っ直ぐ家に帰るように。」
伊藤先生の言った通り
S県の隣県では小学生が誘拐されるという事件が頻繁に起こっていた
警察は当然動いてはいたが
目撃情報もなく、その尻尾を掴むことには至っていなかった

事件はけっして遠く離れた場所で起こったわけではなかったが
優慈にはどうしても他人事のように感じてしまっていた
災厄が降りかかるのは自分ではないという確信のようなものがあった
平和ボケしているかもしれないが
しかしクラスの半分以上が優慈と同じようなものだった

そんなことよりも、と思考はすぐに切り替わり
頭の中はすぐに鈴のことでいっぱいになる

実感の湧かない恐怖よりも
目の前の欲望に忠実だった

「もぉなんなんだよ」

思わず呟く。そうして
心という奴はどうにもままならないものだと実感する

息を吸い、吐き出し、頭をがりがりと掻く
落ち着くべきである。今の自分は冷静さを欠いている
客観的に見てそれがはっきりとわかった

帰りの会はいつの間にか終わっていた
慌てて帰り支度をしようとランドセルに
教科書類を詰めていると
机の奥から図書室で借りた本が出てきた

「やべっ」
返却日を見るとそれはちょうど今日だった
仕方なく本を手に取り図書室へと向かう

ガラガラと扉を開けるとやる気のなさそうな
図書委員が二人、受付で雑談をしていた

本を返却すると小説が置かれているコーナーに立ち寄る
次ははなにを借りようかとタイトルを見ていると
ふと視線を感じて振り向いた

するとそこには望月鈴が立っていた
「水野君・・・だよね?」
朝に見た時と同じ笑顔だと優慈は思った。眩しかった

「そう・・・だけど」
なるべく吃らないようにゆっくりと喋るようにした

「本、好きなんだ?」
適当に棚にある本を手に取りながら話題を振る

「うん、そう・・・一年生の頃からずっと借りて読んでるんだ」

「へぇ!凄いね!読書家だねー!」
心の底から感心した様子の鈴に少し誇らしい気持ちになる

「でもこの図書室にある本はそろそろ全部読み終わっちゃってね
ちょっと困ってるんだよね、この近くに図書館ってないし」

「えぇっ!?全部は凄すぎるね!・・・でも確かにそれは困ったねぇ」
朝の近寄りがたい印象と比べると
だいぶ喜怒哀楽の激しそうな様子だったが
こちらが素なのだろうか
それがかえって良いと優慈は思った

「じゃあさ、じゃあさ、私の家に来ない?」

「・・・家?」
まったく予想外の発言に言葉が一瞬出てこなかった

「そう、いーえ。私のお家結構広くてね、図書室があるの、
見た感じ古い本ばかりだから気に入るかどうかわからないけどね」

少しだけ優慈は悩んだが行くことにした
家に図書室があるだなんて気になったし
なによりも鈴と一緒にいられるという下心がないといえば嘘になる

「ほんと!?じゃあ今度の日曜日ね!」
そういうと住所を書いた紙を手渡してきた

それを受け取る優慈の手は細かく震えていたが
それに気づいていたかどうかは定かではない
気にしてすらいなかったかもしれない

「でもね」
と鈴は恥じらうような表情をみせてから
「このことは誰にも内緒にしてほしいな。
なんだか恥ずかしいし
二人だけの秘密ね?」

鈴の提案は最もだと思った。
こんなことがクラスの人間にバレれば
どれ程からかわれるか分かったものではない

「うん、わかった。誰にも言わない」
その返答に満足したのか、鈴はにっこりと笑い

「それじゃあ!またね!」
と、いうが早いか風のように去っていった

胸が高鳴った。
右手に固く握り締めた紙切れの存在を確かに感じ
ふと気を緩めるとスキップでもし始めてしまいそうだった

当然。アパートに戻った時
様子のおかしい優慈を母親はすぐさま見抜いた

「どうしたの、ゆうくん、なにか良いことあった?」

夕食時。十分に一度のペースで含み笑いを繰り返す優慈に
母親はそう聞いた

「べべべ別に・・・何でもないけど」
母親は優しい性格で、からかうなんてことはないとはわかっていたが
鈴との約束もあったので黙っていることにした

「そう・・・凄いにこにこしてるから、学校でなにかあったのかと思ったの」

「にこにこ・・・?」

自覚はなかった

今日はまだ水曜日
約束の日まであと四日もあった

当然授業に身が入るわけもなく
優慈にとってこの四日間は亀の歩みのように感じられ
一日千秋という言葉はこういうことをいうのだなぁと思い知った

当の本人である鈴は図書室での一件から
一度も会話がなく
教室で顔をちらりと見るくらいであり
なんだか寂しかったが
自分から話しかけるのも照れくさく
結局日曜日を待つことにした

念願の日曜日になり優慈は朝から起き上がり
朝食を取ってから出かけることにした
母親はそんな優慈に驚いた
なぜなら彼はとても朝に弱く
休みの日の午前中に起きるなど
極まれだったからだ

「珍しいねゆうくん、こんな時間に起きるなんて」
母親はテーブルにトーストと卵焼きを運ぶとそう言った

「んっんん、ま・・・まぁね」
すぐさまトーストに齧り付いた優慈はむせながらこくんこくんと頷いた

「お出かけ?」

「うん・・・友達とね」
きっと先日の含み笑いに関係しているのだろうと思った
そうじゃなかったらきっとこんな朝から起きだしたりはしない
よほど楽しい用事があるに違いない

「そっか、遅くなりそう?」

「わかんない」
実際わからなかった。なにせ日曜日に家の図書室を見るという口約束以外は
なんにも決まってはいないのだから

その返答に別段困った様子はみせず、ただあまり遅くなるようなら
一本電話を入れるようにとは言っておいた

スマートフォンでGoogleマップを開き住所を入力していく
ナビが開始されると進むべき進行方向と所要時間が三十分と表示される

と、いっても既に何回も何回も隙あらば
にやにやしながら確認していたのだが
なんだか変態みたいだなぁと我ながら呆れた

リュックサックを背負い、スマートフォン片手に歩き出す
幸い朝ということもあり
まだ気温はそれほど高くはなかった

しばらく歩くと遠目からでもそれが見えてきた
それはまさに豪邸と呼ぶに相応しかった
西洋の城のように立派な建物だ
その手前には優慈が通っているH小学校の校庭よりも広い庭
全ての人間を締め出そうと立ちはだかる鉄製の門扉が
優慈の視界いっぱいに広がった
『結構広い』と鈴はいっていたが
結構どころの騒ぎではない
とても同じ県市内にある建物とは思えなかった
外国に来たような、そんな気にさえなった

おっかなびっくりで柱に設置されたインターホンを鳴らすと
暫く待つと妙齢の女性の声が聞こえていた
「はい・・・望月ですが・・・」

「あ・・・あの、僕は水野っていいます。もち・・・鈴さんと約束をしていまして・・・」
しどろもどろになりながらもなんとか要件を伝える
門前払いされたらどうしようという不安が一瞬脳内を支配する

「そうですか・・・わかりました。鈴に伝えておきます。どうぞお入りください」
女性の声は淡々としており
口調からは歓迎するともしないとも察することは出来なかった

「あ、はい・・・お邪魔します」

門を抜け、馬鹿みたいに広い庭を突っ切り
城を眼の前にすると扉のドアノブに手をかけそのまま停止した

今更ながら思う
自分はこの邸宅に入る資格があるのかと
自分は一般庶民である。こんな城に住んでいるような上流階級とは生まれからして違うのだ
なにか粗相をして住人を不快にするのではないか、と
子どもながらにそう思ったのは案外気を遣う性格をしているからだ

それと同時にせっかく来たんだし、とか
今日までずっと待ってたんだし、とか
鈴に会いたい、とか
そういった感情も鎌首をもたげる
優慈の脳内でそんな戦いが起ころうとしていた時
扉が開け放たれ鈴が姿を現した

「あら?わーいらっしゃい!」
図書室で見た笑顔だった
やっぱり来てよかったという満場一致の結論で脳内会議は終わりを告げた

「お、おはよう」
「おはよう!どーぞ!入って入って!」

後に続き扉を抜けて先へと進む
外観の豪奢さと違わず中身のほうも
それはもう凄かった

天井は高すぎたし
エントランスは広すぎた
左右に設置された巨大なライオンの石像は圧巻で
壁に複数枚、額縁に一定間隔で飾られた絵画は見識のない優慈はわからなかったが
きっと有名な画家の作品に違いない
とにかく圧巻だった

「どうしたの?図書室は二階だよ。早く行こうよ」
呆気にとられて立ち尽くしていた優慈を鈴が促す
彼女は既に階段を上りかけていた

「う、うん」
慌てて鈴の隣まで走って行く。ここで驚いていたら
身が持たないぞと自分自身に言い聞かせる

長い階段を二人で上っていく
途中廊下を歩いていくとドアが無数に眼についた
なんとなく数え始めて十五枚目に差し掛かった時

「ここだよ!」と手で扉を示した

扉は他と比べると大きく頑丈な作りをしていた
ガラガラと扉を開け中に入る

図書室は学校よりも圧倒的に広く
優慈の背の二倍近くある本棚が所狭しと並べられていた

「凄い・・・」
素直に感動した。が
棚に近づき無造作に本を手に取るも
タイトルも中身も難しい漢字ばかりで
小学五年生の優慈には理解できなかった

「どう?」
本をぱらぱらと流し見する優慈を覗き込む鈴
いきなりの至近距離にドキリとする

「これはちょっと・・・難しいな」

「そっかー残念」

まるで自分のことのようにがっかりする鈴に
何故だか申し訳ないような気持になる

「まだ本は沢山あるし、探してみるよ」
諦めたわけでは勿論ない。これだけの数の本があれば
読める本の一冊や二冊あるだろうと高を括っていた

「私も探してみるよー!」
そう元気よく言うと近くの本棚に近づき
本を適当に手に取るとページを捲っていく

「これも難しいねー」
結果とは裏腹に屈託のない笑顔を浮かべる鈴
細かいことは気にしない性格のようだ

その後二人で図書室を駆け回り
本を読み漁っていった

気がつくと時間はあっという間に過ぎ、日が落ちようとしていた
全てを確認することは規模的に叶わず
その数は半分も調べられなかったが
「思ったより本、あったねぇ」
一箇所に纏めた本の山はかなりの量になった
「さすがにこれだけあると持って帰れないな」
リュックサックに穴が空くのが容易に想像できた
「持てるだけ持って帰って。また来ればいいよー」
それは思わぬ新たな約束であった
「いいの?」
反射的に聞いてしまった咄嗟の顔は
きっと世界一の間抜け面をしていたという自信がある

「えー?だって一回じゃ無理でしょ?」
当然きょとんとした表情を浮かべる鈴に
優慈は慌てて取り繕う

「う、うん、そうだよね、無理だし」
「また今日みたいに日にちを決めてくればいいよー」
なんの気なしに人を家に誘えるその性格が羨ましかった

「あーあ。腕痛いし眼もいたーい」
両腕をぐっと上へ突き上げ伸びをする

「ごめんね付き合ってもらって」
手伝って貰うつもりは一切なかったのだが
鈴は何も言わずとも協力してくれた

「んー?別にいいよ。好きでやったことだしね」
金持ちというのは意外にも庶民に優しいのだなという
ぱっと浮かんだ失礼な感想を
慌てて取り下げる

「すっかり暗くなっちゃったねぇ」

窓の外を眺めると日はもう既に落ち、
夜が訪れようとしていた

「そろそろ帰らないと・・・」
あまり遅くなると両親が心配するかもしれない
どの本をどれだけ持っていくか思案し始めた矢先
鈴から思いがけない提案があった

「よかったらご飯食べていかない?睦月の料理はおいしーよ?」
「睦月さん・・って?」
「うちの専属料理人だよー」
優慈はそれほど驚かなかった。
これだけの城である。
専属の料理人の一人や二人、いそうな気がした。

「いいの?」
「うん、いいよー」
軽く言ってのけたが決定権をもっているのは
果たして鈴なのだろうか?

「睦月に行ってくるねー」
言うが早いか鈴は図書室から出て行ってしまった
一人ポツンと残された優慈は
仕方なく本の選別を再開しようとしたが
ふいに尿意を催した

優慈は慌てた
何故ならここにくるまでにみたのは
大量のドアばかりでトイレなど見当たらず
鈴に聞かなければわからないからだ

暫くすれば戻ってくるだろうと待っていたが
しかし三十分経っても鈴は戻ってこない

よほどその睦月という人物が離れた場所にいるのか
それともなにかあったのか
勿論判別など出来なかったが
一つだけ分かったのは
このままだと人間としての尊厳を失う可能性が出てきたということだ

「参ったなぁ」
LINEの交換をしておけばよかったなと今更ながら後悔するも
自分から言い出す勇気もない癖にと自嘲する
このまま待ち続けて間に合わなくなるよりも
今から図書室を出て、トイレを探したほうがいいのではないか?と
少しだけ考えて結局のところ本能に従った
即ち優慈は図書室から出た

廊下は天井から明かりが等間隔に設置され、まるで昼のようだった
朝見たとおりにやはりドアが数多く見受けられた

ここはもしかしたら客室がメインの階層なのかもしれないなとなんとなく推測する

試しにドアノブに手を掛け捻ってみるが残念ながら開かなかった
何度か他の扉でも繰り返したが、結果は同じだった

もうこうなったら鈴か、家の住人を見つけたほうが早いと判断し
長い廊下を歩いて行くと階下へと続く階段を発見する
わりと躊躇なく優慈は階段を下りた

エントランスと同じように壁に取り付けられた絵画を眺めつつ
一階へと辿り着く

しかし、さっきと同じようにだだっ広い廊下には
さっきと同じように人っ子一人いなかった

まさかこんな広い城に鈴と両親と睦月なる人物しか
住んでいないのではないかという予感が頭をよぎるが
ではあの客室はなんなのかという疑問が残るわけで
さすがに最低でもお手伝いの一人や二人いなければ
優慈の中で個人的に納得が出来なかった

とは考えたものの、現実には誰一人としていないわけで
ため息を吐くと探索を再開する

一階も開かない扉が多かったが
鍵の掛かっていない扉もなかにはあった

部屋の中は明らかに生活感のある様子で慌てて廊下に戻ったり
段ボールだらけで倉庫のような使い道をされた部屋
所狭しと服が並んだ衣裳部屋に
本格的な器具の置かれたホームジム
と、用途のバラバラな部屋に立て続けに入ったりもした

悲しいかな。あれだけ躊躇していた扉の開閉も
慣れてくると戸惑わなくなってくるし
なんだったらちょっとした冒険気分になってきた

・・・肝心のトイレ自体は見当たらなかったが

廊下をさらに進んでいくとぽっかりと真っ黒な空間が浮かんでいた。ように見えた
実際には照明が他と比べるとぽつぽつとしか取り付けられておらず
地下へと続く階段が伸びていた

それは異常な光景に映った
侵入者を拒んでいるようなそんな風だった
正直怖くないと言えば嘘になるが
好奇心のほうが上回った
即ち地下になにかあるのか気になった

階段に足を掛けるとゆっくりと下りていく
明かりは心細く、先を遠くまで見通せなかった
なので少しでも視界を確保しようとスマートフォンを手前に突き出してみたが
ないよりはマシという心細さであった
暗闇が身体を包み込み
どれだけ進んだかわからなくなって
時間の感覚がなくなってくる
五分だろうか、十分だろうか
コツン、コツンという音だけが響く         

そうこうしているうちに優慈は最下層へと辿り着いた
地下は七月も上旬だというのに肌寒かった
そこから歩いていくと眼の前にぼうっと大きな鉄扉が現れた
そのあまりの物々しさに思わずたじろぐが
勇気を出してその冷たいドアノブに手を掛ける
そもそも開いていなければ意味はないので
祈りながらドアノブを回した

ガチャリ、ぎいいいっというきしんだ音が地下中に響き渡り
ドアは開かれた

中は今までの道すがら点在していた照明も見当たらず真っ黒闇だった

ゆっくりと中に入る
とりあえず壁際をスマートフォンで照らしながら慎重に歩くことにした
ここが部屋であるならば照明スイッチがあるはずだと踏んだからだ
コンクリートの冷たい感触が肌に伝わる

壁に手を這わせること数分
目当てのものは意外にも早く見つかった

パチリと電源が入り天井に取り付けられた照明がついた  
暗闇からの突然の明かりに眩しさのあまり顔をしかめる
徐々に光になれ、部屋の全貌が明らかになる
「え?」
目の錯覚だと思った
中央には広々とした机が置かれており優慈には用途不明の様々な道具が置かれていた
壁中に両手と両足、胴体に頭がバラバラに切断された人体が大量に吊るされており
まるで城に飾ってあった絵画を思わせた
「なんだこれ・・・」
想像を絶する光景に言葉を失う

恐る恐る近づいていく
現実感がまるでなく
夢や幻のように感じられた
脳が理解を拒否していたのかもしれない
近付くと死体はそこまで大きくなく
優慈と同じくらいの、子供のようだった

がちゃりっとドアノブが回る音と
ぎぎぎというきしんだ音がすると鈴が地下室に入っていた

「あーあー、やっぱり水野君か、見間違いじゃなかったんだ」
今までに見たことのない冷たい眼と冷ややかな声に内心震え上がる
「望月さん・・・これは」
「私のコレクションだよ」
さも当然のことのように言ってのける
「コレクションって・・・」                
「剥製だよ?美しいでしょー!」
今度はいつもの楽し気な様子で言った、こちらの方が余程恐ろしく映った
「まさか最近の誘拐事件って・・・」
優慈の記憶の中で伊藤先生の言葉が思い出される
「私のことだよ」

壁いっぱいに飾られた死体の数は尋常ではなく
一体どれだけの人間が鈴の犠牲者になったか想像も出来なかった
「どうしてこんなことを」
「美しいものを集めるのに理由なんていらないでしょ」
会話にならない。と優慈は理解した。
眼の前にいるのは人間の皮を被ったなにかだ
思わず後ずさりすると
鈴は素早く机に走り刃物を手に取ると
優慈の腹部に何度も何度も突き刺した
「ぐぅ・・・」
膝から崩れ落ち、床一面の血だまりに身体が沈んでいく
「大丈夫だよ。寂しくないよ。みんな一緒だからね」
薄れゆく意識の中、鈴に抱きしめられた優慈は
温もりを感じながら静かに絶命した

♢♢♢

誘拐事件はそれからも頻繁に発生した
暫くは明るみに出ることはなかったが
警察も黙ってるわけもなく
総力を挙げて犯人を探し出した

家族ぐるみで隠蔽していた犯人が小学五年生の少女ということにも驚愕されたが
家宅捜索された地下から発見された大量のバラバラ死体は世界中を震撼させた

子どもの犯した大量猟奇殺人ということで
様々な物議を醸し出した
度重なる審議の結果、鈴は死刑にはならなかった
その代わり、精神病院に送られその生涯を終えることになる

事件は終焉を迎え
望月家の住人はいつの間にかいなくなり
城は解体されて後には広大な更地だけが残った
だが事件は風化することを知らず
逆に様々な尾鰭が付いてネット上で定期的に話題に上がった
更地へ聖地巡礼をする人間
鈴を畏怖する人間、神と崇める人間
漫画や小説、映画の題材にされ
ついには模倣犯さえ現れもした
鈴の起こした連続誘拐猟奇殺人事件は永遠に語り継がれることになった
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