第1話

文字数 1,500文字

巴菜(ハナ)ちゃん、おつかれ」
「お疲れ様です」
 部活動を終えると先輩の方から挨拶をしてくれたので、私も返した。
先輩は通学路も同じで部内でも特に親しくさせてもらっている。
 "一緒に帰りませんか?"なんて声を掛けようかと思ったが今日は鍵閉め当番らしい。
 "ほら、さっさと帰りな?"と追い出されるように学校を後にした。

 なんとなく今日はすぐに帰りたくなくて、ファストフード店に寄っていく事にした。

間食の範囲で収まるよう、注文したのはMサイズのポテトとアイスティー。

 放課後なので、自分のような学生で賑わっていた。
その中でも目に付いたのは、向かい合って席に座っている男女の高校生ペアだ。

――同じ学校、同じ制服。
学内では塩対応として有名だが、中々にモテる男子。
 一緒にいたのは剣道部で副部長を務めている女子だ。
組み合わせとしては珍しいが、親しげに話しているのが見えた。

 注文した品を受け取った後で、近くのテーブルにトレーを置き、椅子に腰を下ろした。
 二人のことが気になってしまったのだ。
 こちらに背中を向けているのは男の方であり、女の方は私が一方的に認識しているだけだ。
大丈夫、きっとバレない。
 そんなことを考えながらアイスティーの蓋を外して、レモンリキッドとガムシロップを投入する。

「味の相互作用って知ってる?」
 バニラ味のソフトクリームを片手に、口を開く彼女。上品なことに食べる時はスプーンで掬っていた。
 私だったら、そのまま口に運んでしまうだろう。
 近いために聞こえてくるなんてことない会話。
盗み聞きする趣味はない、と自分に言い聞かせてはみた。
しかし、つい耳を傾けてしまう。

「あー、スイカに塩とかそういうやつだっけ」
男は言葉を返してからLサイズのポテトを頬張る。

「ポテト、まだ温かい?」
「それなりに」
「じゃあ貰うね」
女は一旦ソフトクリームを持っている方の手にスプーンを持ち替える。そして、ポテトを貰う。
「どうぞ。元々そのつもりだったし」
ソフトクリームにポテトをディップして、口に含む。

「それ、美味しいの?」
 女――木崎(キサキ)美千佳(ミチカ)に、男は尋ねた。

「ポテトはしょっぱいでしょ?」
「そうだね」
「それで、ソフトクリームは甘い」
「つまり?」
「美味しいよ、甘じょっぱくて」
 女は部活中に見せていた凛々しい表情と違い、恋人にしか見せないような笑顔を向けていた。
「あと、温度差もあるかな。時々、こういう食べ方したくなるんだよね」
「ふーん。じゃあ、俺にも頂戴?」
「え〜? なんてね、いいよ」
 ソフトクリームを男の方に向ける。
 こちらからは見えづらいが、男もその食べ方をしてみたのだろう。
「確かに……意外といける」
 そんな感想が聞こえてきた。

 一緒に来ているだけならば、『珍しいコンビだけど、交流があるんだな』などという風に済むはずだった。
 薄々気付いていたけれど、二人はきっと付き合っている。
そう考えると今までの会話も、あの笑顔も辻褄が合う。

「さっき言ってた"相互作用"なんだけどね、それはザックリした分類で」
「……うん?」
「甘味と塩味を合わせるのは"対比効果"って言うんだって」
「てことは、これも対比効果?」
「たぶん!」


 当の私も、モテ男——汐田(シオタ)(ミサキ)に告白しようと思っていた。
しかし、ここに居合わせた事で告白する気はすっかり失せてしまった。
 素直に直帰していればよかったのかな。知ってしまった以上振られるのは確定だ。
この片想いに、終止符(ピリオド)を打つことにしよう。

 なんて決めたものの、その日はやけにポテトがしょっぱく感じた。
 やりきれない思いを感じながら立ち上がり、紙コップなどを片付ける。
 店を出て、重い足を引き摺るように帰路を辿った。
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