第1話

文字数 1,585文字

 私の友人に陶芸家として暮らしている者がいまして、山奥に窯を持って、日々壺や瓶などを作っていました。
 彼には奥さんもいて、それは仲睦まじく、自然に囲まれていて、私などもたまに訪ねては、その生活をかいま見たものでした。
 そのようなうらやましい夫婦に残念ながら翳を落とす出来事がありました。
 奥さんの病気・癌です。
 残念ながら発見が遅れたようで、もうかなり進んでいました。山の麓の病院に入院し、私も見舞いに行きました。
 だけど治療も虚しく、まもなく亡くなられました。
 友人の落ち込みようといったら、とても見てられないものでした。
 それから遺体をうちの窯で焼きたいと言いだしたのには驚きました。法的に許されるのかわかりません。ただ、それはやめておけと言いました。そんな遺体を焼いた窯で、そのあと焼いた物に誰が購入するんだと。
 それを聞いた彼も納得したのか、普通に火葬場で焼きました。あとには白い灰が残りました。関西のことなので、灰は部分収容で小さめの骨壺に入れられます。もちろん奥さんの遺灰もそうされたのですが、残りの灰を友人が引き取るというので引き取ったのです。
 私はそれをどうするんだと訊きましたが、彼は即答しませんでした。彼としては名残り惜しいのだろうと思いました。
 そして数年たち、彼はあいかわらず陶芸家を続けていたのですが、久しぶりに彼宅を訪れると、びっくりするほど老けていました。
 白髪まじりの髭はボーボーで、家の中は散らかって荒れ野のようです。お茶一杯も出してくれません。
 会話をすると、自分も癌でもう先は長くないのでお願いがあるというのです。
 びっくりして言葉が出ませんでした。
 それで真っ白で綺麗な壺を持って来ました。
「これはなんだと思う?」
「そりゃ、壺だろ。作ったのか?」
「そうだ。壺だ。俺が作った。それも普通の壺じゃない。なんだと思う?」
「さぁ。わからない」
「これには時子が入っているんだよ」
「はぁ?」
「つまり、この壺には時子の灰が煉り込まれているんだ」
 聞くと、持って帰った灰を煉り込んで、壺を作っていた。何度も失敗して、やっと良い物が出来たと言うのです。
「それで頼みがある」
「なんだよ」どこか不気味なものを感じました。
「俺が死んだら、この壺に入れて墓に入れてほしいんだ。それで時子と一つになれる」
 ある意味それは陶芸家として、それと奥さんを愛したがゆえの頼みなのかもしれません。
「わかった。そうするよ」
 それからというもの、しばらく陶芸家を続け、さすがに日々の暮らしもままならないようになり入院しました。入院してからが早く、みるみるうちに痩せ衰えていき亡くなりました。
 彼にはどういうわけか親類縁者がいません。
私が代表になり、葬儀を営み、火葬し、そして骨壺に彼の遺灰を入れる段になりました。
 もちろん、彼から頼まれていたあの壺に入れます。
 それは白く美しい壺で、遺灰を入れるとき、
「さぁ、入れてあげるよ。これで奥さんと一つになれる」
 その壺に彼の骨をたくさん入れてあげました。
 それからその壺を彼の墓に入れてあげることになりました。
 すでに彼の奥さんの灰は袋に入れられ、墓の下の土に還っていました。
 そして壺を墓の穴に入れたとき、困ったことになりました。
 すこし落とす感じになったせいもあって、壺が土とぶつかり、割れたのです。
 そこから遺灰が漏れていました。
 彼に申し訳ないことをしたと思いました。
 ただ、久しぶりにその壺を持ったときから、けっこう脆くなっているかもしれないなという感触がありました。
 それゆえ、壊れないよう気をつけていたのですが、こうなってしまいました。
 いずれ壺は崩れきって粉になってしまうのではないでしょうか。
 でも、それはそれで奥さんの遺灰と一つになれるんだと彼なら許してくれる、喜んでくれるのではないかと思うのでありました。

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