第1話

文字数 1,238文字

 走る。
 ひたすら、走る。

『そんなうじうじしてるくらいなら走って気分転換でもしてきたら』

 そんな親友の言葉で、ひたすら。
 右足。
 左足。
 また右足。
 余計なことを考えたくないから、いつもより少しペースが速い。
 いつもならもっと簡単に走る距離に、心臓が痛い。

『俺、もっと女の子っぽい子が好きなんだよね』

 考えたくもないのに、頭の中を繰り返し。
 初めての告白だった。
 初めての失恋だった。

「考えるな私。走ることに集中しろ私」

 呪文のように繰り返して。
 だけど、頭に流れるのは半笑いを浮かべたアイツの顔。
 美白とは真反対の焼けた肌。短く切り揃えた髪。筋肉のついた手足。高い身長。可愛げのない性格。可愛い女の子に分類されるタイプではないと思う。
 分かっているけど。

「可愛いだろ、バカ!」

 思ってもないけど、叫んだ。
 可愛い。
 絶対今の私は可愛い。
 女子っぽい。
 女子っぽいが何かはよく分からないけど、たぶん女子っぽい。
 可愛い。

「フラれてこんなに傷ついてる私のどこが男みたいだバカめ!」

 こんな繊細な乙女の何に文句があるって言うんだ。
 こんなにも。

「バカ!」

 走って、走って、走る。
 全部振り切るように。
 全部振り払うように。
 涙か汗かもよく分からなくなるまで、何が何だか頭の中真っ白になるまで。


「本当に倒れるまで走るあたり、バカだねー」
「水咲が走ってこいって言ったんじゃん」
「だからって本当に倒れるまで走るとは思わないよ」

 思ったより待つ時間長いから帰ろうかと思った。
 そう笑いながら、水咲は私にスポーツドリンクのボトルを差し出した。

「ほら、病院沙汰になるよ。最近暑くなってきてるし。流石にそれは嫌でしょ」
「うぅ……ありがと」

 カラカラになった身体に水分が染み入る。水分が入ると、真っ先に目から消費されそうなのが腹立だしくてしょうがない。

「もう走るのは今日はやめときなねー」
「バレた」
「そんな顔してたから。サチは分かりやすいからねー」
「走りたいけど、身体がついてこないから大丈夫だよ」

 変な走り方をしたせいか、体力以上に足にきてしまっている。
 心も、身体も、がったがただ。
 格好悪い。
 堪えた涙が、溢れてしまう。

「あらあら」
「ごめん」
「こんなに可愛いのにねー」

 茶化して笑ってくれる水咲に救われる。

「今優しくすると惚れちゃうよ?」
「お、私にしとく?」

 揶揄うような笑みに、心臓が跳ねる。不可解なそれに思わず眉根が寄ってしまう。

「冗談だよ」
「もう一回走ってこようかな」

 身体はとても嫌そうだけど。
 何となく、走りたい気がする。

「はいはい。もう少し休憩挟んでからね」

 肩を引き倒され、頭が水咲の柔らかな膝に収まる。膝枕のまま、頭を優しく押さえられた。覗き込むように見てくる水咲と目が合う。
 また、心臓が跳ねた。

「……やっぱり走りたい」
「だーめ」
「さっきは走れって言ったくせに」
「さっきはさっき」
「今は?」
「休憩」

 仕方なく膝の上で、目を閉じる。
 不思議と、痛みは気にならなくなっていた。
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