第3話 希望の道の果て

文字数 2,375文字

「殺戮装置とは、どんなものだね?」

裁判官が、補足を求める。

「はい、それはゲート状のものでして、それを通ると一見、そこへ吸い込まれて行くように見えるのですが、その実、瞬間的に原子分解してしまう装置なのです。

ゲートに入った人間たちは何が起こったのか考える余裕もないまま死に到ります。勿論、痛みや苦しみはありません。大変に非人道的なものですが、それが唯一の救いでしょうか」

そうとも、救いなんだよこれは。どうしようもない破滅へ向けての。

「更に彼らの巧妙な所は、自らが殺した相手の家族や友人に、偽りの希望を与えていた事です。

ゲートを通れば、その者は跡形も残りません。しかしそれでは無事、移住先に到達したとウソをつき続けるのは難しい。そこで被告人たちは”ゲートは一度しか通れない”と都合の良いウソを重ねると同時に、更に念には念を入れました。

人工知能を使い偽の映像を作ったのです。最初は単なる一方的な映像だけでしたが、その内、リアルタイムで返答が出来るように技術を進化させていきました。

この事により地球に残った者は、あたかも自分の家族や友人が移住先で生きているかの様に思わされたのです」

検察官が一息ついた。

「被告人、ここまでは間違いないか?」

裁判官に問われた私は、はっきりイエスと答える。

「裁判長、被告人の所業はこれに留まりません。調査によれば、計画に携わった地球人の中にも良心を携えた者が少なからずおり、彼らは地球人たちに本当の事を伝えようとしたのです。

しかし事が露見するのを恐れた被告人たちは、あろうことか、その善意の者たちを殺害しました。そして多くが自殺や病死に見えるようにして事実を闇に葬ったのです。しかも、偽りのテロリストを仕立て上げてまで!」

「何と、酷い事を……。被告人、それに相違ないか?」

裁判官に促され、私は重い口を開く。

「いいえ、事実関係に大きな齟齬があります。

検察官が言うところの”善意の者たち”。彼らの死の殆どは本当に自殺です。人類に穏やかな最期を迎えさせるためとはいえ、多くの命を奪う事に心が耐えられなくなったのです。

私たちが手にかけたのは、それでも真相を公表しようとしたほんの一部の人間だけです。勿論、それがいい事とは思わない。しかし、計画を成功させるには仕方がなかった。

それにテロリストの仕業とは、庶民が勝手に言い出した噂に過ぎません」

私は、自分の知る事実をとうとうと述べた。

「ええい、黙らっしゃい!そんな言い訳、聞く耳持たぬ!!」

裁判官が激高する。

「裁判長、そして被告人は、最後には自分の家族まで、自らの目の前で殺戮装置に送り込んだのです。これ以上の非道がありましょうや!?」

検察官が、最後のシメに入る。私の心はそこで爆発した。

「オイ! あんたら、勝手な事をほざくな! じゃあ、他にどういう道があったっていうんだ。自暴自棄になった人たちが殺し合うのを見てろって言うのか!?

その方が、よっぽど残酷だろう!

私が最後に家族をゲートに向かわせる時、どんな気持ちだったかわかるか!? どんな気持ちで孫の手を握ったかわかるのか!?

私は正しい事をしたとは思っていない。だが、間違った事をしたとも思っていない!」

「何言ってんだ、大量殺戮者!」

傍聴席から怒号が飛ぶ。

「静粛に!! 静粛に!!」

裁判官の制止も空しく、その場は大混乱となった。

収拾のつかなくなった法廷は、一時休廷となり、数時間後、私は再び裁きの場に引き戻される。

「これから判決を述べるが、よく聞くように……。

被告は星の大統領という要職に在りながら…………我らがもう少し早く地球の惨状を知っていれば…………同情すべき点が全くないとは言えないものの…………」

裁判官の言葉が淡々と続く。しかし私の耳にはその半分も届かない。届いたって意味がない。

さぁ、早く死刑を宣告してくれ。早く家族のいるところへ送ってくれ。私はひたすらそればかりを望んだ。

「被告を”永久牢獄”の刑に処す」

裁判官が読み上げた言葉を、私は最初全く理解できなかった。死刑ばかりを考えてきた事もあったが、聞きなれない刑罰に頭が混乱する。

わけの分からぬまま裁判は終了し、私は係官に連れられ独房へと戻った。

息が詰まるような狭苦しい空間にたたずむた私は、粗末なベッドに寄りかかり呆然とする。

「よう、おまえ永久牢獄の刑になったんだってな」

なじみの看守が話しかけてきた。

「死刑の方が良かったんじゃないのかよ。苦しみは一瞬だけだしな。っていうか、おまえ、永久牢獄の刑ってどんなのか知ってんのか?」

うすら笑いを浮かべる看守の方へ目を向けた私だが、もうその言葉は耳には届かなかった。

数日後、私は再び懐かしい故郷へと戻された。太陽フレアの影響で全ては破壊しつくされ、本当にここがあの美しい地球だったのかと目を疑ったが、心のどこかで”あぁ、こんなものかもな”という冷めた感情が芽生えたのも事実だった。

「さて、最後の地球人よ。今から永久牢獄の刑を執行する。知ってのとおり、お前は我らの技術で不老不死・不死身の体を得た。永久に死ぬ事は出来ない。

そして誰もいない、この荒涼とした大地で己の罪を背負いながら永遠に生きるのだ。死んだ者たちの怨嗟の声を聞きながら、終わる事のない旅を続けるのだ。

この星は永久牢獄に指定されたので、他の宇宙人が来る事はない。お前は永久にこの牢獄から抜け出る事は出来ない」

執行官は、そう言い残すと自らの星へと帰って行った。

一人残された私は辺りを見回す。

荒れた大地、太陽フレアの影響で環境が激変したのか肌は焼けるように熱い。私はこの滅亡した大地で、永遠の地獄を味わい続けるのだ。後悔はないが、希望もない。あるはずがない。

死した星、地球。

私の前には、長い長い絶望という名の道が横たわり、罪びとが歩み出すのを今か今かと大きな口を広げて待っている。
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