2章―2

文字数 3,549文字

 公演は無事終了し、テントから観客が続々と出てくる。その様子を窓から眺めるモレノと双子は、興奮して騒いでいた。

「いやー、やっぱり人、すごかったな!」
「だから今回探しづらかったんだね♪」

 メイラは、化粧落としを床に叩きつけながら叫んだ。

「いつまでも外ばっか見てないで、さっさと着替えなさいって何度同じこと言わせるのよおおおおぉぉぉ‼」
「まぁまぁ落ち着いて。ところで、新しい[家族]はどんな人なんだ?」

 暴れ出しそうなメイラを抑えつつ、ノレインは双子に訊ねた。しかし、二人の顔は再度強張った。双子は深呼吸で気持ちを落ち着かせ、震えた声を出す。

「びっくりだよ、こんなにひどい過去を生きてきた人がいたなんて」
「ごめん、僕たちからは説明しない方がいいみたい」

 アースは、双子と初めて会ったことを思い出していた。
『きみを見捨てたりしない』と強く誓ったあの声。二人に勇気をもらい、生きる決心が出来たというのに。そんな強い意思を持つ彼らでさえ、気持ちが折れそうになるとは。

「心の傷ついた人々を救うのが、私達[家族]の役割だろう? どんな辛い過去があったとしても、暖かく迎えてやろうじゃないかッ‼」

 ノレインの言葉に皆、次々と立ち上がる。

「そうよね、あたし達が沈んでどうするのよ!」
「こっちが不安だと、相手だって不安になるしな!」
「(そうだ、僕だって[家族]のみんなに生きる希望をもらったんだ)」

[家族]は居場所を失った人々に手を差し延べ、本当の『家族』にしてくれる。同様の過去を生きた皆にとって、辛い気持ちは分かるのだ。

「さぁ、テントで待っている[家族]を迎えに行こうじゃないか!」

[家族]に笑顔が戻り、全員で銀色のキャンピングカーを飛び出した。



 西日が差すテントの中。オレンジ色の光は、舞台に立つ人物を明るく照らす。
 新しい[家族]は女性だった。薄茶色の長髪を後ろで一つに束ね、服は汚れている。後ろ姿で表情が分からないが、その背中からどこか憂いを感じる。

「(もしかして、昨日僕たちを見ていた人?)」

 彼女の長い髪が、夕日に当たって煌めく。アースが昨日見た一筋の曲線、それは、彼女の髪だったのか。
 皆が舞台に進む。足音に気づき、その女性は振り向いた。整った顔つきに、長い睫毛。儚げな表情に傾ける首の角度。スポットライトのような光に照らされ、とても美しい。

「あなた達が、[家族]?」

[家族]の目の前に立つ女性。その薄い唇から、女性にしては低めの声が発せられた。

「そうだ。そして君も今日から私達の[家族]だ!」
「さ、ここで話すのはなんだからこっちにいらっしゃい」

 ノレインとメイラは笑顔で一歩前に出る。すると、彼女は不意に悲痛な表情になった。

「俺は、ここにいていいんですね?」

 どこか不安げで、少し安堵したような、複雑な気持ちが伺える。しかし、彼女は何かに怯えているようだった。
 呆然とする一同に、その女性は慌てて首を横に振る。

「あっ、いや、何でもないです」

 恥ずかしそうに顔を赤らめ、咳ばらいを一つ。悲しい表情は跡形もなく消えた。

「これからお世話になります。俺はラウロ・リース。ちなみに男ですから」

 衝撃を受けて叫ぶ一同。その女性、ではなく男性、ラウロは、先程と打って変わって明るい笑顔を見せた。



 車内に移り、所定の場所へ座る。ノレインはラウロに温かいミルクを勧めた。

「改めてようこそ、[オリヂナル]へ! 色々辛いこともあっただろうが、ここでは皆君の味方だ。困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」

 ラウロはミルクの入ったマグカップを受け取ると、両手を添えて少し飲んだ。

「ありがとうございます。……でも、訳あって自分のことは話せません。いずれ話せる時がきたら、きっと話します」
「あぁ、その方がいい。時が傷を癒してくれることもあるからな」

 こちらに背を向けていたノレインは、急に流し目を寄越す。

「ところで、君は[潜在能力]を知っているか?」
「あぁ、さっきこの子達と話していた時に聞いたような……」

 ノレインはラウロに、[潜在能力]についての説明を始めた。
 この子達というのは、双子のことである。アースは、双子が自分に話しかけた時と同じ方法で彼とコンタクトを取ったのだろうと予想した。

「……能力は、『治癒能力が高い』こと」

 ミックはラウロの[潜在能力]を読み取った。口髭を弄る手を止め、ノレインは目を丸くする。

「おぉ、これはまた便利な能力だな」

 ラウロは手を首の後ろに当てたまま、何やら考えていた。

「その能力、開花させてくれませんか?」

 その目があまりにも強く輝いており、少し驚きながらもノレインは右手を前に出す。

「あぁ。私も勧めようと思っていた。……それでは、貴方の[潜在能力(不思議な力)]を目覚めさせてあげましょうッ‼」

 ノレインの指がラウロの目の前で止まり……


――バチン!


「これで大丈夫だ」
「えっ、い、今ので終わりですか⁉」

 ラウロは勢い余ってずっこける。ノレインは「ぬはははは」と笑いながらテーブルの上に足を乗せた。

「あぁ、間違いない。……さて、新しい[家族]も増えたことだし次の町へ」
「ちょっとルイン、ここにはこないだ着いたばかりよ?」
「それに今月はもう移動できるだけ金がないっすよ!」

 メイラとモレノがノレインを引きずり落とした。

「あっ……そうだったな」
「もう、うっかりしすぎよ!」
「はぁ、また金を稼ぐ方法探さなきゃなぁ」

[オリヂナル]は無料のサーカス。だから収入はゼロである。

「(そういえば、どうやってお金をもらっているのかな?)」

 アースはふと思い立ち、考える。[家族]全員他に仕事をしているようには見えないが。色々考えを巡らせていたが、ラウロの声に思考が途切れた。

「あの、俺が稼いできます」

[家族]全員が驚いてラウロを見る。ノレインは震える手で彼の両腕を掴み、恐る恐る聞いた。

「ラウロ、もしかして仕事があるのか?」
「仕事っていう仕事じゃないけど……金は手に入ります」
「ぬおおおぉ助かったあああぁありがとうぉぉおおお‼」

 ノレインは慟哭しながらラウロに抱きついた。引きつった表情の彼を見兼ねたメイラが、ノレインを引きはがす。

「じゃあ、早速明日行ってきます。でも結構忙しくなるんで一日中かかるけど……」
「いや、それでも嬉しいぞ! ありがとう‼」
「この辺の治安は悪くなさそうだけど、くれぐれも気をつけてね!」

[家族]の感謝の気持ちに、ラウロは笑顔を見せた。しかし、アースは疑問を持つ。双子がとても心配そうにラウロを見つめていたのだ。
 舞台上で彼を見た時の双子の反応、一瞬見せた哀しそうな表情、そして、極端に明るい笑顔。その笑顔を見ながら、アースはぼんやりと考えた。

「(もしかして、辛いのをがまんして笑ってるのかな?)」


――
 車内にある二つの部屋の片方。モレノ、アース、双子、そしてスウィートとピンキーが使う男子部屋に、ラウロが配属された。

 そしてその夜、アースは突然目が覚めた。
 上体を起こして部屋を見るが、大きな物音がした様子はない。この部屋には壁に取りつけた簡易ベッドが、部屋の入口から見て左側と右側の上下に、計四つある。ちなみにアースは、左側下段のベッドで寝ている。
 左隣を見ると、何故か上段で寝ているはずのモレノがアースに密着して爆睡していた。また、床ではスウィートが仰向けになっていびきをかき、衣装ケースのハンガー掛けではピンキーが頭を背中に埋めて眠っている。しかし。

「あれ、ラウロさんは?」

 アースの向かい側、右側下段のベッドにいるはずのラウロがいない。変だと思いながらも、その上段で寝る双子の様子を見ようと、アースは体を乗り出そうとする。だが、モレノが寝ぼけてアースを引き倒した。

「むぎゅっ……」

 退けようとするものの、モレノが寝返りを打ち、アースは彼の下敷きになってしまった。そのまま身動きが取れず、意識が次第に薄れ、アースは再び眠りについた。


――――
 銀色のキャンピングカーが、月の光に照らされて輝く。どこまでも広がる暗い地平線。この周辺の夜は、予想外に冷えるようだ。

 互いにぴったりくっついて暖を取るデラとドリは、ラウロの背にすがった。

「ラウロさん、本気なの?」
「無理しちゃ駄目だよ!」
「無理なんてしてない。これは俺の意志だ」

 ラウロは、双子に背を向けたまま続ける。

「仕事の内容がばれたら、皆きっと反対するだろうな。でも、それでも、俺は皆の生活を支えたいんだ。だから、怖がってる場合じゃない」

 ラウロは振り向く。微かに震える彼の表情は、哀しげでありながら強さが見えた。

「もし俺が戻って来なかったら、その時は……皆に真実を伝えてくれ」



Hide truth with a smile
(真実を笑顔に隠して)


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登場人物紹介

【ノレイン・バックランド】

 男、35歳。[オリヂナル]団長。SB第1期生。

 焦げ茶色の癖っ毛に丸まった口髭が印象的。

 喜怒哀楽が激しくおっちょこちょい。髪が薄いことを気にしている。

 趣味は手品と文章を書くこと。愛称は『ルイン』。

 [潜在能力]は『他の生物の[潜在能力]を目覚めさせる』こと。

【メイラ・バックランド】

 女、32歳。ノレインの妻。SB第3期生。

 カールがかかったオレンジ色の髪をポニーテールにしている。

 お転婆で気が強い。怒ると多彩な格闘技を繰り出す。

 趣味は写真撮影。口癖は「まぁ何とかなるでしょ」。

 [オリヂナル]では火の輪潜り担当。

 [潜在能力]は『一時的に運動能力を高める』こと。

【デラ&ドリ・バックランド】

 男、12歳。バックランド家の双子の兄弟。

 明るい茶色の癖っ毛。

 無邪気で神出鬼没。見た目も性格も瓜二つだが、「似ている」と言われることを嫌がる。

 [オリヂナル]では助手担当。

 [潜在能力]は『相手の過去を読み取ること』(デラ)、『相手の脳にアクセス出来ること』(ドリ)。

【モレノ・ラガー】

 男、15歳。ミックの兄。

 真っ直ぐな栗色の短髪。帽子をいつも被っており、服装は派手派手しい。

 陽気な盛り上げ役。割と世間知らずな面がある。妹離れが出来ない。

 [オリヂナル]では高所担当。

 [潜在能力]は『一時的にバランス能力を高める』こと。

【ミック・ラガー】

 女、10歳。モレノの妹。

 ふわふわした栗色の長髪。古びた青いペンダントを着けている。

 引っ込み思案で無口。世話を焼きたがるモレノを疎ましく思っている。

 アースのことが気になっている。

 [オリヂナル]ではジャグリング担当。

 [潜在能力]は『相手の[潜在能力]が分かる』こと。

【アース・オレスト】

 男、10歳。

 さらさらした黒い短髪。

 実の父親から虐待を受け、『笑う』ことが出来ない。

 控えめで物静かだが、優れた行動力がある。

 特技は水泳。年齢の割にしっかり者。

 [オリヂナル]では水中ショー担当。

 [潜在能力]は『酸素がない状態でも呼吸出来る』こと。

【ラウロ・リース】

 男、25歳。

 腰までの長さの薄茶色の髪を一纏めにしている。容姿・体型のせいで必ず女性に間違われる。

 明るく振舞うが素直になれない一面がある。ある事情から[家族]に素性を隠している。

 優秀なツッコミ役。趣味はジョギング。

 [オリヂナル]では道化師担当。

 [潜在能力]は『治癒能力が高い』こと。

【ナタル・シーラ・リバー】

 女、19歳。RC社長の娘。

 肩までのストレートの金髪。瞳は緑色。右耳に赤いイヤリングを着けている。

 母親を殺害した父親に復讐を誓う。

 勇敢で頼もしい性格。

 RCを欺くため男装している。特技は武術。

 [オリヂナル]では動物のトレーナー担当。

 [潜在能力]は『一時的に筋力を上げられる』こと。

【スウィート】

 オスのライオン、6歳。捨て猫と一緒にメイラに拾われた。

 とても臆病で腰が低く、何故か二足歩行する。火が苦手なベジタリアン。

 [オリヂナル]では主に玉乗り担当。

 [潜在能力]は『全ての動物の言語を使える』こと。


【ピンキー】

 メスのオウム、8歳。体の色はショッキングピンク。

 神経質で短気。趣味はスウィートをからかうこと。

 [オリヂナル]では効果音担当。

 [潜在能力]は『声質を自由に変えられる』こと。

【シャープ】

 オスのブルドッグ。ナタルの従者。

 沈着冷静な性格。執事のように振舞う。

 [オリヂナル]ではナタルのパートナー担当。

 [潜在能力]は『分身を作る』こと。

【フラット】

 オスの猿。体の色は黄色で、種名は不明。ナタルの従者。

 怖がりでよくドジを踏む。人型の時は黄色の短髪の青年(ただし尻尾は出ている)。

 [オリヂナル]ではナタルのパートナー担当。

 [潜在能力]は『人の姿を取れる』こと。

【ヒビロ・ファインディ】

 男、35歳。SB第1期生。[世界政府]の国際犯罪捜査員。

 赤茶色の肩までの短髪。前髪は中央で分けている。長身で、同性も見惚れる端正な顔立ち。

 飄々とした掴み所のない性格。同性が好きな『変態』。

 ノレインを巡り、メイラと激闘を繰り返してきた。

 [潜在能力]は『相手に催眠術をかける』こと。

【アビニア・パール】

 男、28歳。SB第5期生。占い師『ミルドの巫女』。

 黒い長髪で声が高く、女性に間違えられる。幼少期の影響で常に女装をしている。

 ひねくれた性格の毒舌家だが、お人好しの一面を持つ。職業柄、体を鍛えている。

 ソラとは犬猿の仲。愛称は『アビ』。

 [潜在能力]は『相手の未来が見える』こと。

【ソラ・リバリィ】

 女、25歳。SB第7期生。『Sola』の名で歌手活動をしている。

 空色の長髪を一筋、両耳元で結んでいる。

 天真爛漫な性格。音楽の才能は素晴しいが、それ以外はポンコツ。

 特技はアコーディオンの弾き語り。自他共に認める腐女子。アビニアとは犬猿の仲。

 [潜在能力]は『相手の感情を操る』こと。

【シドナ・リリック】

 女、28歳。ミルド島出身の[世界政府]国際犯罪捜査員。

 同僚であり弟のシドルと共に、ヒビロの部下として捜査に務める。

 明るい緑色のストレートの長髪。

 真面目でしっかり者。策士な一面を持つ。

 海難事故により、[潜在能力]に目覚めている(『相手の記憶を操作する』こと)。

【フィード・アックス】

 男、30歳。RC社長代理。

 青い髪をオールバックにしている。蛇のような細い目が印象的。

 冷酷な性格で無表情だが、独占欲が強く負けず嫌い。

 ナタルの教育係を務めていた。鼻を鳴らすのが癖。

【チェスカ・ブラウニー】

 男、27歳。RC諜報部長。

 薄桃色の長髪を一本に束ねている。瞳は灰白色。灰色の額縁眼鏡をかけている。

 物腰が柔らかく、どんな相手でも丁寧に接する。

 諜報班時代のフィードの部下で、彼のことは『チーフ』と呼ぶ。

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