第1話

文字数 656文字

 路地裏の中華屋さんが店を閉めました。45年間の営業でした。

 高校の部活帰りに先輩に連れられたのが最初。それから週に1度は顔を出すようになって。就職して転勤を続けていたときも、実家に帰ったときは必ず訪ねました。地元に戻った今も、同じ。
 夫婦だけでやっていて、ともに70代後半。店も古くなってきたな、と考えていたころにウイルスさわぎ。乗り切りはしたけど、さすがもう区切りかな。そんなはなしをしていました。



 人気店だから最終日は人が集まりそう。それで5日前の終業まぎわに、のれんをくぐりました。オーダーはチャーハンを。これで最後かと思うと、れんげの往復スピードが落ちます。

 食べ終わったあとは昔ばなし。高校時代はチャーハンとラーメンと餃子を一気に食べたとか。何を頼んでも、いつも大盛りだったとか。とりとめのない思い出に、のれんを下げてから1時間ほど付き合ってくれました。
 最後に店名入りの皿を一枚、記念にほしいとお願いしたら。

 おじさんは「うん・・・そうか」。
 おばさんは「ありがとね」。



 昨日、仕事帰りに店の前を通ったらシャッターが少しだけ上がっていて。物音が聞こえ灯りも漏れています。片付けかな。少し胸が苦しくなる。この鉄板がすべて上がりきることは、もう、二度とないんだ。
 おじさん、おばさん。長いあいだお疲れさまでした。体を大切に、これからもどうか元気で。いつも変わらずおいしかったよ。あのお皿はたからものです。自分のカラダの10分の1ぐらいは、この店の料理でできています。すてきな場所と思い出をありがとう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み