二、吹雪の中の邂逅

文字数 2,102文字

「宗助、分かっているな?」
「はい」

 その日の夜、宗助の暮らす小屋に村長を筆頭に村を治める人々が集まった。日はすっかり落ち、外では雪がちらほらと舞っている。今は穏やかな様子だが、蒼い月が昇った以上いずれはこの天候も荒れていくだろう。
 村長は宗助に、今一度雪女を正気に戻すように言いつけにやって来たのだ。宗助ももとよりそのつもりだったため、村長の言葉に真剣に頷き返した。

「では、荒れる前に出立するが良い」
「分かりました。今まで、ありがとうございました。行って参ります」

 宗助は今まで育てて貰った感謝を礼に変え、厚着とは言えない軽装で寒空の下、歩き出した。目指すのは村の外れにある祠と、雪女を(まつ)っている(やしろ)である。
 雪は少しずつその降る量を増やしていき、風も徐々に強くなってくる。

「急がないと……!」

 宗助は軽く咳き込む身体を引きずりながら、村長たちに言われていた社へと急いだ。そうしてようやく辿り着いた時、祠の前でうずくまる、髪の長い真っ白な女性を見付けた。

(え……?)

 その女性はおおよそ、人間とは思えない。何故ならその風に遊ばれる長い髪さえも真っ白だったのだ。老婆のそれとは違う、艶のある美しい(はく)(はつ)。着物も白く、辺り一面を白く染め上げる雪と溶け合うその女性は、一見すると見逃してしまうかのようだった。
 しかし、その女性の内面から放たれる凜とした空気は、彼女をただの風景の一部にすることを許さない。
 宗助はその美しさに息を飲みながらも、その女性へと近付いた。

「あの……」

 恐る恐る声をかけた宗助を見上げたその瞳は虚ろだった。何も映していない。しかし宗助は、うっすらとその感情の読めない瞳から苦悶を読み取った。

(このままではいけない!)

 彼女が、壊れてしまう。
 本能的にそう感じた宗助は、真っ白な女性の肩に手を伸ばした。しかし、

「冷たっ!」

 まるで氷だった。
 彼女の肌はこの吹雪の夜の外気よりも冷たい。それでもこのまま彼女を放っておくことなど宗助にはできなかった。
 宗助は彼女を抱き上げる。薄着の上からでも彼女の冷たい体温が伝わり、容赦なく宗助の体温を奪っていった。

(僕はもとより、死ぬ宿命。どうなってもいい……!)

 宗助はそう思うと、彼女を社の中へと連れて行く。肩越しに彼女の目を覗き見ると不安そうに揺らいでいた。

(彼女の不安をどうにか和らげてあげないと……)

 宗助はそう思うものの、良い手段が思いつかない。それでも何とか考え抜いた結果、宗助は彼女を安心させるために社の中でその冷たく凍り付いた身体を抱きしめた。

「大丈夫、もう、一人じゃないよ。大丈夫だよ……」

 宗助は彼女の耳元にそう囁く。
 自身の身体から体温が奪われていき、意識も遠のいていく。

(あぁ、これはもう、僕は死ぬんだな……)

 宗助がそう覚悟した時だった。

「もし……?」

 氷のように透明な涼やかな声に、宗助の薄れかけていた意識がハッキリとした。

「え?」
「あ、あの……」

 美しい声はなんだか戸惑っているようだ。宗助はゆっくりと自分の状況を分析した。どうやら宗助は、女性に抱きついた形で意識を失おうとしていたようだ。そこに気付いた宗助が今度は慌てる。

「ご、ごめんなさい!」

 思わずうわずってしまう声に、目の前にいる白い女性は一瞬目を丸くさせる。その瞳からは先程まで見えていた憂慮の色が消えていた。それを確認できた宗助は安堵の息を漏らした。
 宗助は気付いていない。彼女の頬が少し赤みを帯びていることに。

「あなた、あの村の者でしょう?」

 彼女はそう言って真っ直ぐに宗助の瞳を見た。宗助はそんな彼女の視線を正面から受けとめると、小さく頷く。

「そう……。じゃあ、あなたもひとりぼっちなのね……」

 真っ白な女性は独りごちるように呟いた。しかし透明で澄んだその声は宗助の耳までしっかりと届いている。宗助は彼女の次の言葉を待った。

「ねぇ、名前は?」
「僕? 僕は、宗助」
「そう、すけ……」

 彼女は噛みしめるように宗助の名前を(はん)(すう)した。小さく何度も呟いた後、

「私はアオと申します。ねぇ、宗助。私と一緒に居てくれない?」

 そう言ったアオと名乗った白い女性の態度が今度こそ明らかにおかしく、その違和感に宗助もさすがに気付いた。
 アオはモジモジとした様子で、視線を宗助に合わせようとはしない。俯き、しかし上目遣いでチラチラと宗助へと視線を投げかける。
 その仕草はアオの歳よりも幼く見え、宗助は初めて感じる感情に襲われた。

(この子の傍にいられるのなら……)

 そう思った宗助は、モジモジとしたアオの頬へと手を伸ばした。その肌から伝わる体温は相変わらず冷たいものだったが、それでも宗助は離すことなくアオへとしっかり返事をした。

「僕も、アオと一緒に居たいよ」

 やわらかなその言葉を聞いたアオはゆっくりと顔を上げて宗助を見つめた。その瞳は冴え冴えとして美貌に似合わず、熱を帯びてうるうると輝いていた。
 宝石のように美しいとは、こう言うことを言うのだろうか。
 宗助は心の奥底から込み上げてくる感情の名前を、まだ知らずにいた。しかしアオに対してわき起こる感情に悪い気は全くしないのだった。 
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