シアンブルーの成れの果て

文字数 1,986文字

先輩と出会ったのはちょうど3年前の今くらい。うっとおしいくらいに桜が舞って、その薄くて透けそうな花びらがまだ硬いローファーの裏に張り付いていた頃。
高校入学後すぐに私は文芸部の存在を知った。
1年生の教室の横にラグビー部に負けず劣らずな気合いの入ったポスターがあった。
「文芸部、人員募集!!!!!」
図書館に部員の作品が展示されているという。
さほど興味はなかったが、図書館に寄ることがあればついでに読んでみようと思った。同い年くらいの人たちの文章を読むのはなんだか面白い。本を読むことはさして好きではなかったのに、小学生の頃から卒業文集を読むのが好きだった。この人の言葉使い変だな、この人は自分と思い出に酔ってるな、など文字から見る人間観察のようなもの。その人を知ってても面白いし、知らない人ならどんな人か想像することも面白い。いろんな楽しみ方がある。
そういった悪趣味を片手に、図書館で文芸部員の作品集を読んだ。
その時に、出会ってしまった。
「…シアンブルーの果てまで」
その短編小説は初めて読むような独特な雰囲気を持つ文章なのに、なぜかスッと心に入ってきて、いつの間にか世界に引き込まれてしまっていた。
会ってみたい。
思った時にはもう体は動いていて、文芸部の教室まで向かっていた。
時間を忘れて読んでいたのか、もう部活動は終わっていそうなほどあたりは暗さを増していた。本当は6時間後の授業の後に、本を借りるついでに文芸部の作品をちょろっと読んで、小馬鹿にして帰るつもりだったのに。
なぜかわからないけど、これを書いた人が今この学校にいる気がした。まだ教室にいるから会いに行けと誰かに言われたかのようだった。
教室のドアを勢いよく開けると、「新入生!?」と文芸部員の先輩たちが歓迎してくれた。
まだ部員たちは何人かいて、皆それぞれに時間を過ごしているようだった。その中に、やっぱり、いた。会話もしていないし、目も合わせていないけれど、わかった。
これがその人だと。
その人は私に目もくれず、本を読んでいた。あぁ、この人だ。教室に来るまで一体どんな人なのか想像もつかなかったのに、なぜかさっきまでこの本に向ける眼差しが自分を包んでいたような気がした。
「あなたが『シアンブルーの果てまで』を書いたんですか。」
初対面で聞くことじゃないと分かりながらも、確かめずにはいられなかった。
「…そうだけど、」
「何?くだらなかった?」
私はブンブンと首を横に振り、でもなんだか本人にこの感動を伝えるのは違う気がして言葉に詰まった。そしてただ一言目も合わさずに
「好きな文章だったので」
とだけ告げた。
すると目もくれなかった先輩が、こちらを見て
「本当に?それは嬉しいな」と照れくさそうな顔で言った。
私はなんだかもうそれだけで、高校生のうちに起こる全ての幸福を得てしまったような気分になった。

すぐに私は文芸部員になり、私たちは後輩と先輩という関係性になった。
あまりに私が慕うからか、本当にとても良くしてくれた。
たくさんのお気に入りの本を教えてくれた。本が好きなわけではなかったけれど、先輩が作る世界の元を知りたかったからおすすめされた本は片っ端から読んだ。私の拙い文章の添削も進んでしてくれたから、それに応えようと勉強もした。私は別にクリエイティブなタイプではないし、何かを妄想して書くなんてなんとなく恥ずかしいし結構苦手だった。
でも、少しでも先輩が生きる世界に触れたくて、必死だった。

時は流れて私は高校3年生に、先輩は大学生になった。
好きだった先輩のサラサラな黒髪は見事なパーマヘアに変わり、この髪を大切にしていたのは私だけだったのかとなんだか悲しくなった。
たまにしていた連絡もだんだんと来なくなり、本当に自然に疎遠になった。
こんなものだったのかな。先輩がいた頃を思い出しては、なんとなく今のあっさりとした自分にも嫌気がさした。
でもやっぱり目を見れば、なんとなく通じ合える気がした。
それとなく先輩を高校の帰り道にたまに2人で寄っていたカフェに誘ってみた。
二つ返事のOKに久々に心が躍った。カフェまで行くともう先輩は席についていたので、私も手を振って注文後に席についた。
「先輩、ここのコーヒー好きでしたよね。結構苦いのに。」
「そうだっけ?」
目を見てくだらない話をして、少し心は安らいだが、何かが違う感じがした。
「…今、何か書いてますか?」
「書いてないよ、今は。体を動かさなきゃと思って、テニスのサークルに入ったら、意外と忙しくてさ。」
そこからテニスサークルの話やその女子マネージャーの話を聞かされた私は多分先輩が飲んでいたコーヒーより苦い顔をしていたと思う。
先輩の生きる世界は変わってしまった。私が夢を見ていただけなのかもしれないけれど。
最後にもう一度だけ目を見て今度はしっかりと伝えた。
「残念です。好きな文章だったので。」
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