ひとりプール

文字数 2,369文字

 今日、私は流れるプールに浮かんでいるが、私はプールが嫌いだ。

 友達に誘われなければ来やしない。

 水着にならなきゃいけないし、メガネ取ると何も見えなくなるし、リア充が跋扈しているし……

 だって言うのに、チケット売場ではクラスのリア充女子を見つけてしまった。

 もし奴に見つかってしまえば、私のプライベートが台無しになりかねない。

 私は自分の友達とだけで、ゆっくりと遊びたいのに。

 人がせっかく勇気だして新しい水着まで買ったというのに――

 このリア充どもめ!

 どうせ私のことなんか、ナンパのターゲット候補にすらならないんだろう!

 クソが!

 私が小声でそう呟くと、さすがの友達も少し引いたようだけど、私をたしなめてくれた。

 だから私も気を持ち直して、改めてプールを楽しもうと思った。

 しかし、

 そう思ったのが五分前で、今の私は一人だった。

 友達はいない。

 まわりにいるのは家族連れやリア充ばかり。

 なぜこんな状況になってしまったのか。

 それは五分前のことだった。

 更衣室から出る直前、友達のスマホが鳴って、

「え、おじいちゃんが?」

 倒れたらしく、友達は着替え直した。

 友達は「せっかくだから、遊んでいきなよ。私に気を使うことないから」と言って、プールを後にした。

 元来コミュ障である私は、突然の事態になんと声をかければいいかわからず、友達のそのセリフに頷いてしまった。

 そして、私は一人。

 頷いてしまった手前、少しくらいはプールに浸かるか、と流れるプールに流されていた。

 だが、やはり……一人プールは……キツイ……

 これがせめて競泳用プールだったら、一人だろうと黙々と泳げるのだけど。

 私は大きくため息をつき、小さな声で、くそが――と呟いた。

 ……もう帰るか。

 三〇〇〇円が水の泡だけど、これ以上ここにいても元が取れる気がしない。

 私はプールから上がり、出入り口の方へ向かった。が、

「あ、すみません」

 人にぶつかったので謝ったが、その人――若い男はしてきた。

「君ひとり? なにしてんの? よかったら一緒にアイス食べない? 食べるだけでいいから」

 ナンパを。

「あそこのアイス、高いけど美味いんだよ。奢ってあげるから。食べた後はもう好きにしていいから」

「えっと……あの……」

 突然のことに私は硬直してしまった。

 ナンパされたいと思わなかったことはないけれど、いざされると、なんだかいろいろと怖い。

 ともかく手を広げて「私、もう帰りますので」「彼氏いるんで」「興味ないので」とだけ適当なことを言ってやろうと思った。

 だが、

「私、彼女いるんで!」

 そう言い切ってやって、すぐに違和感を覚えた。

 男の人もポカンとしてしまい、しかもすぐに吹き出して笑ってしまった。

「いやぁ、今までいろんな断られ方されてきたけど、彼女いるんで、は初めてだな」

 言われて、私は瞬間的に顔が赤くなるのを感じた。

 セリフを間違えた。

 大事なところなのに!

 恥ずかしい!

 けど、いっそこれはこれで言い訳になる!

 私はそう思った。けど、

「面白いね、君。正直、最初は暇つぶしのつもりだったんだけどさ。俺、君のこと気になりだしちゃった。一番、高いアイス奢ってあげるよ」

 男の人は言うと、強引に私の手を取った。

「あ――か――」

 私はまた言葉に詰まってしまった。

 もう一度、声出さなきゃ。

 でも、また間違えたらどうしようと思ってしまった。

 話を聞いてくれなかったらどうしようと思ってしまった。

 急なことに、私はパニックになり、もはや手を引っ張られるままになってしまい――

「っと、声かけてんだから、待ってよ」

 急に、男の人に掴まれているのとは反対側の手が掴まれた。

 自然、私の足は止まり、釣られて男の人も止まる。

「まったく、ベンチで待ってて、って言ったじゃない。その人、誰? 知り合い?」

 そう言ったのは、私の知り合いだった。

 けど、断じて、さっきまで一緒だった友達じゃない。

 チケット売場で見かけた、クラスのリア充女子だった。

 しかも――

「まったく、自分の彼女をほっといてどこ行くの?」

 そんなことを言った。

   /

 どうやらリア充な子は、チケット売場ですでに私と友達のことに気づいていたらしい。

 だが、その後にまた私を見かけたときは一人きりで、知らない男に絡まれていたので、直感的にナンパされていると思ったらしい。

 それで私が調子よく男についていけば放っておくつもりだったが、「彼女がいる」発言があり、助けに来てくれたのだという。

「ありがとう」

 私は素直にお礼を言うが、リア充な子は「いいって」と手を振る。

 さすがリア充。余裕がある。しかも、

「友達が先に帰っちゃったんなら、私と遊んでいく?」

 そんな誘いまでしてきた。

 私もそれは本当にありがたかった。

 けど、さすがに本格的にリア充の仲間入りするのには勇気がいる。

 だから断ろうと思った――けど、

「私の弟と妹のお世話を兼ねて、だけど」

 リア充な子が首を向けた方は、子供専用プール。

 そしてそこでは「お姉ちゃーん」と手を振る幼児、さらにそれに応えるリア充な子。

「……一緒に、遊ぼう」

 私はリア充な子の誘いに乗り、リア充な子は笑顔を見せた。

 ただ、私はこれだけは聞いておきたかった。

「ごめん。あなたの名前、なんだっけ?」

 基本的に友達がいない私は、クラスメイトの名前をちゃんと覚えないでいた。
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