第1話
文字数 1,800文字
バブルが弾け、今の日本は暗いムードが漂っていた。
まあ、戦争中よりはマシ。戦後もかなり大変だった。当時は私も子供だったが、飢えでお腹が痛かった記憶しかない。今でも代用食であった芋とか見るとヒヤヒヤする。栗ご飯やとうもろこしご飯も見たくない。かて飯といって米をかさ増しする工夫だった。同じ理由でイナゴも見たくない。
戦争は思い出したくない話題だったが、最近の米騒動は思うところがある。火山や冷夏の影響により米が取れず、連日マスメディアは大騒ぎだった。
戦争のように米がなくなったら、恐ろしい。私は何としても日本米を確保するために頑張った。中には電気屋で不法に米を売っているものもいたらしいが、一応正規のお米屋でありつけた。戦争中は母が晴れ着を売って米を手に入れていたが、それよりは楽勝だろう。
実際、この騒動で日本政府が用意したタイ米も食べてみたが美味しくない。ネズミが入ってるってテレビでも言ってたし。何で日本米とタイ米をブレンドして売っちゃったのかと思う。ブレンドした事によってさらに不味い。
しかし、娘の舞子は何を思ったのか、タイ料理に夢中だった。まだ二十歳そこそこの娘で可愛い子なのにどういう事か。どうやらお見合い相手がタイ料理が好きで頑張ってるようだが、理解できない。パクチーという草を見せてもらったが臭くて仕方ない。
舞子が工夫して作ってくれたタイ風チャーハンも食べてみた。悪くはないが、やっぱり毎食食べたくはない。パサパサしてるのが、ちょっと。
「やっぱりタイ米は苦手」
「お母さん、戦争中は食べ物で苦労したんでしょ? そんな事言うのは、わがままだと思う。これでタイの貧困家庭にお米がいかない可能性もあるんだって」
舞子はバカではなかったが、私の戦争中の傷は理解できないようだ。腹が立ってくるが、今の子ってこんなものだろう。
ああ、やっぱりもちもちした白米や醤油やみりんの和食が一番好き。芋とかの代用食やかて飯も嫌だ。あれは見るのも嫌だ。
そんな時だった。
ある日曜日、舞子が「可愛いタイ料理作るぞ!」と大張り切りで作っていた。舞子の婚約者でもある五十鈴悠人も家に来ていた。元々は舞子のお見合い相手だったが、今は婚約している。見た目はハンサムだったが、タイ料理が好きらしいのは理解できない。夫も五十鈴が来るので機嫌を損ねてしまい、パチンコ屋に行ってしまった。まったく亭主関白の頑固親父なんだから。
「え、何これ?」
いつもの食卓に、妙なタイ料理がある。これって何? 驚きで私は目を丸くしていた。
「これは、タイ料理のカオオップサパロット。日本語で言えばパイナップルの蒸しチャーハン」
舞子が説明した。
パイナップルを半分に切り、中身をくり抜いたところを器にしていた。その中のご飯には、エビや赤や黄色のパプリカもあり、見るからに鮮やか。小さな花もパイナップルのへたに飾ってあり、「まあ、可愛い」という感想が浮かぶ。
日本食でいえば、ひな祭りのちらし寿司にも近い華やかさがあった。こんな派手で可愛いご飯があるとは、知らなかった。
「これがタイ米?」
あのネズミの死骸入りの? そうは見えなかった。
「お母さん、ネズミの死骸はメディアのデマよ」
「そうですよ。この米騒動は、日本の政治家がとろかったね。タイの人は日本の為に厚意でお米くれたと思います」
舞子と五十鈴に言われると、もう何も反論できない。そもそもこのパイナップルのご飯の鮮やかさに目を奪われていた。
タイ米は好きじゃない。でも戦争はもっと嫌い。それに他国のためにお米をくれるのは、平和な証かもしれないと気づく。これを見ていると、代用食やかて飯の嫌な記憶が上書きされるような……。
ご飯は甘く、食べたことが無い味だったのも、悪い記憶を塗り替えてくれた気もしてきた。
「美味しい!」
ついつい子供のようにはしゃいでしまう。タイ米は好きじゃないが、これはこれでアリだ。
それに結婚する娘とこんな食事をするのも、もう滅多にないかもしれない。寂しいが、未来は孫もいる可能性もある。そう思うと楽しくなってきた。
「五十鈴さん、舞子をちゃんと幸せにしなさいよ」
ついついそんな事を言うと、彼は苦笑していた。
「お母さん、急に厳しくなったね?」
舞子はクスクス笑っている。
「ええ。こんな良くできた娘、本当はどこへもやりたくないんだからね?」
食卓は笑顔で溢れていた。
まあ、戦争中よりはマシ。戦後もかなり大変だった。当時は私も子供だったが、飢えでお腹が痛かった記憶しかない。今でも代用食であった芋とか見るとヒヤヒヤする。栗ご飯やとうもろこしご飯も見たくない。かて飯といって米をかさ増しする工夫だった。同じ理由でイナゴも見たくない。
戦争は思い出したくない話題だったが、最近の米騒動は思うところがある。火山や冷夏の影響により米が取れず、連日マスメディアは大騒ぎだった。
戦争のように米がなくなったら、恐ろしい。私は何としても日本米を確保するために頑張った。中には電気屋で不法に米を売っているものもいたらしいが、一応正規のお米屋でありつけた。戦争中は母が晴れ着を売って米を手に入れていたが、それよりは楽勝だろう。
実際、この騒動で日本政府が用意したタイ米も食べてみたが美味しくない。ネズミが入ってるってテレビでも言ってたし。何で日本米とタイ米をブレンドして売っちゃったのかと思う。ブレンドした事によってさらに不味い。
しかし、娘の舞子は何を思ったのか、タイ料理に夢中だった。まだ二十歳そこそこの娘で可愛い子なのにどういう事か。どうやらお見合い相手がタイ料理が好きで頑張ってるようだが、理解できない。パクチーという草を見せてもらったが臭くて仕方ない。
舞子が工夫して作ってくれたタイ風チャーハンも食べてみた。悪くはないが、やっぱり毎食食べたくはない。パサパサしてるのが、ちょっと。
「やっぱりタイ米は苦手」
「お母さん、戦争中は食べ物で苦労したんでしょ? そんな事言うのは、わがままだと思う。これでタイの貧困家庭にお米がいかない可能性もあるんだって」
舞子はバカではなかったが、私の戦争中の傷は理解できないようだ。腹が立ってくるが、今の子ってこんなものだろう。
ああ、やっぱりもちもちした白米や醤油やみりんの和食が一番好き。芋とかの代用食やかて飯も嫌だ。あれは見るのも嫌だ。
そんな時だった。
ある日曜日、舞子が「可愛いタイ料理作るぞ!」と大張り切りで作っていた。舞子の婚約者でもある五十鈴悠人も家に来ていた。元々は舞子のお見合い相手だったが、今は婚約している。見た目はハンサムだったが、タイ料理が好きらしいのは理解できない。夫も五十鈴が来るので機嫌を損ねてしまい、パチンコ屋に行ってしまった。まったく亭主関白の頑固親父なんだから。
「え、何これ?」
いつもの食卓に、妙なタイ料理がある。これって何? 驚きで私は目を丸くしていた。
「これは、タイ料理のカオオップサパロット。日本語で言えばパイナップルの蒸しチャーハン」
舞子が説明した。
パイナップルを半分に切り、中身をくり抜いたところを器にしていた。その中のご飯には、エビや赤や黄色のパプリカもあり、見るからに鮮やか。小さな花もパイナップルのへたに飾ってあり、「まあ、可愛い」という感想が浮かぶ。
日本食でいえば、ひな祭りのちらし寿司にも近い華やかさがあった。こんな派手で可愛いご飯があるとは、知らなかった。
「これがタイ米?」
あのネズミの死骸入りの? そうは見えなかった。
「お母さん、ネズミの死骸はメディアのデマよ」
「そうですよ。この米騒動は、日本の政治家がとろかったね。タイの人は日本の為に厚意でお米くれたと思います」
舞子と五十鈴に言われると、もう何も反論できない。そもそもこのパイナップルのご飯の鮮やかさに目を奪われていた。
タイ米は好きじゃない。でも戦争はもっと嫌い。それに他国のためにお米をくれるのは、平和な証かもしれないと気づく。これを見ていると、代用食やかて飯の嫌な記憶が上書きされるような……。
ご飯は甘く、食べたことが無い味だったのも、悪い記憶を塗り替えてくれた気もしてきた。
「美味しい!」
ついつい子供のようにはしゃいでしまう。タイ米は好きじゃないが、これはこれでアリだ。
それに結婚する娘とこんな食事をするのも、もう滅多にないかもしれない。寂しいが、未来は孫もいる可能性もある。そう思うと楽しくなってきた。
「五十鈴さん、舞子をちゃんと幸せにしなさいよ」
ついついそんな事を言うと、彼は苦笑していた。
「お母さん、急に厳しくなったね?」
舞子はクスクス笑っている。
「ええ。こんな良くできた娘、本当はどこへもやりたくないんだからね?」
食卓は笑顔で溢れていた。