プール

文字数 2,801文字

 空には綺麗な満月が浮かんでいる。

「これで良しっと……」

 体育館から出た如月聡は扉をゆっくり閉める。
 黒色のジャージにスポーツ刈りの黒髪は体育系を思わせる風貌だ。
 この日は宿直で校内の見回りをしている。

(さてと…… 次、行くか……)

 如月は扉に背を向け、歩き出す。


 次に向かったのはプールだった。
 入口の鍵を開け、中に入る。
 室内は男女の更衣室と多数のシャワー器具が置かれている。
 更衣室の中を見終え、シャワー器具を見る。

「ん?」

 一つのシャワ―器具に目が留まる。
 そのシャワー器具の下が今、使われたかのように濡れていたからだ。

(まさか……!)

 如月は急いでプールサイドの方へと向かう。

 プールサイドに出た如月は辺りを見渡す。
 しかし、プールサイドはおろかプールにすら人の姿は無い。
 注意深く辺りを照らすが人が隠れられる場所は無い

(気のせいか……)

 如月はゆっくりと建物に戻っていく。
 ポチャン……
 誰もいなくなったプールに水の音が響き渡る。



「先生の話は以上だ。みんな、良い夏休みを」

 先生の言葉を皮切りにほとんどの生徒達が帰り支度を始める。
 筒井高校は今日から夏休みに入る。
 帰り支度を終えた生徒達はどんどん教室を出て行く。

(夏休みか…… 何して過ごそうかな……)

 窓際の席で魚沼裕二は窓の外を見る。
 窓から入る風が裕二の短い黒髪を揺らす。
 外では広い校庭と大きなプールが見える。
 校庭では下校する生徒達で溢れ返り、プールは太陽の光で水面が光っている。

(とりあえず帰ろうか……)

 裕二が立ち上がる。
 その時だった。

「ゆうちゃん!」

 明るい声が教室中に響き、裕二は声の方を向く。
 そこには一人の男が立っていた。
 裕二と同じ半袖のワイシャツを着ており、薄茶色をした短髪は明るい雰囲気を醸し出している。
 友人の鮫島健太だ。

「健太か……」
「ケンちゃんで良いのに……」

 健太は笑顔で裕二の隣にやって来る。

「嫌だよ。恥ずかしい……」

 裕二は頭を少し掻く。
 二人は家が近所で子供の頃は良く遊んでいた。
 しかし、小学校を卒業するとともに交流する機会は少なくなっていった。

「それで? どうしたんだ?」

 裕二は席に座ると健太の方に顔を向ける。

「実はね……」

 健太は向かい合うように隣の席に座る。

「やりたい事があるんだ」
「ふーん。それで?」
「一人でやるのもつまらないから、ゆうちゃんも誘おうかなって……」

 健太はニコッと笑う。

(相変わらずだな……)

 裕二は静かに溜息を付く。

「それで? やりたい事って?」
「実はね……」

 健太はゆっくりと口を開く。
「プールに入りたいんだ」

「……は?」

 健太の言葉に裕二は拍子抜けする。

「夏だからさ~ やっぱり、プールだと思うんだよね~ でも、この辺りって市民プールとか無いじゃん? だから……」

 席から立ちあがった健太は窓の方に向かう。

「学校のプールに入ろう。そう思ったんだ」
「お前って奴は……」

 呆れ顔の裕二は座りながら窓の外を見る。

「プールなら隣町にもあるだろ?」
「めんどくさい」
「……そう言うと思った」
「川でも良いかなって思ったんだけど泳げるほど深くないじゃん?」

 健太の言葉に裕二は静かに頷く。

「でも、どうする? 夏休み期間中は水泳部以外使えないぞ?」
「大丈夫。考えがあるから」

 健太は笑顔で裕二の方を向く。

「どうする? ゆうちゃん?」
「そうだな……」
(何も予定は無いし、健太と遊ぶのは久しぶりだしな……)
「分かった。付き合うよ」

 裕二は静かに笑った。

「何となく分かっていたけど……」

 プールの入り口で裕二は深い溜息を付く。

「なるほど…… こういう造りか……」

 健太は注意深く入口の鍵を見る。

「本当に忍び込めるのか?」
「これくらいの鍵だったら大丈夫だね」

 健太は笑顔で裕二の方を向く。

「校門とかは乗り越えられるし、後は大丈夫だろ」

 健太はそう言って入口を離れる。
 裕二も後に続く。
 ポチャン……
 その時、水の音が響き渡る。
 二人は立ち止まり、プールを見る。
 しかし、プールは相変わらず綺麗な水面を浮かべていた。

(遅いな……)

 学校のジャージに身を包んだ裕二は校門前で辺りを見渡す。
 辺りはとても暗く、空には綺麗な満月が浮かんでいる。
 何処かで犬の遠吠えが響き渡る。
 裕二はポケットからスマートフォンを取り出すと画面を見る。
 画面には『三:○○』と表示されている。

(何かあったのか?)

 裕二の心に不安が生じる。

「ゆうちゃん」

 声の方を向くと健太が立っていた。
 肩にはエナメルバッグが掛けられている。

「遅かったな」
「ちょっと色々ね」

 健太は恥ずかしそうに頭を掻く。

「全く……」

 静かに笑う裕二。

「じゃあ、行こうか?」
「あぁ」

 頷いた裕二は隣に置いてあったエナメルバッグを手に取った。

「綺麗だなーー」

 学生水着の健太はプールサイドで声を上げる。
 隣には健太と同じ水着を着た裕二が立っている。
 目の前に広がっているプールは幻想的だった。
 月明りがプール全体を照らし、水面には満月が大きく映る。

「じゃあ、入ろうか」

 健太の言葉を皮切りに二人はプールに入り始めた。

 綺麗な満月を灰色の雲が覆う。
 水に潜っていた裕二は勢い良く水面から顔を出す。
 手で顔を拭き、辺りを見渡す。
 プールには裕二しかいなかった。

「健太! どこにいるんだよ?」

 再び、辺りを見渡す裕二はある所で視線が止まった。
 裕二の視線の先には黒い人影が立っていた。
 人影は裕二の方をジッと見つめる。
 辺りは薄暗い為、人影の顔や表情を伺う事が出来ない。

「健太?」

 裕二は呼び掛けるが人影は答えない。

「……どうしたんだよ?」

 裕二は微動だにしない人影に近付く。
 水中のせいで体がうまく動かない。
 裕二の心の中で焦りが生じる。

「何か答えてくれよ! ケンちゃん!」

 裕二は大きく叫ぶ。

「どうしたの?」

 その時、プールサイドから健太の声が聞こえた。

「え?」

 立ち止まった裕二は急いでプールサイドを見る。
 そこにはタオルを持った健太が立っていた。

「お前、いつの間に……」

 顔を戻すと人影は消えていた。
 急いで辺りを見渡す。

「ゆうちゃんがあだ名で呼ぶからびっくりしたよ」

 健太はタオルを頭に被る。

「こら!」

 その時、力強い男の声が響き渡る。
 二人は声の方を向くと一人の男が懐中電灯を持って、立っていた。

「こんな所で何をやっている」



「こんな夜中に侵入するなんて……」

 プールサイドで男性教師は呆れたように言う。

「すいません」

 二人は静かに頭を下げる。

「まあ、何かを盗んだりしていないから良いが…… それより……」

 男性教師は辺りを見渡す。

「もう一人はどうした?」
「もう一人?」

 男性教師の言葉に裕二は聞き返す。

「ああ…… プールでお前達を見つけた時、プールサイドの奥の方でお前達を見ていた奴がいたんだが……」

 三人は月明りのプールを黙って見つめた。
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