第2話『行動』
文字数 4,040文字
帰り道は
楽しすぎて
自宅に着いてからも元音の脳内には久土和の笑い顔が浮かんでおり、彼を王子様と何度も頭の中で呼んでいる。
金髪にハンサムですらっとした細身体型の王子様。勉学にも長け誰にでも優しく笑顔が眩しいまさに完璧の存在。そんな男性が好みだった筈だ。
それはこの十六年間でずっと頭に思い浮かべ生きてきた元音の憧れそのものであったのだ。だが、その長年求めてきたはずの存在は今日の出来事で一瞬にして覆っていた。
久土和
そしてハンサムとはかけ離れた目つきが良いとは言えぬ細いツリ目。いつも顔のどこかに貼られている謎の絆創膏。
勉強に関しても成績がいいとはお世辞にも言えない。よく教師から名指しで居残りを命じられるところを何度も目にしていたからだ。
強面の見た目に反して笑顔は常に絶やさない印象があるもののそれは元音が求めていた爽やかな美しい笑みとは程遠い。
だがそれでも、元音は久土和の全てに惹かれていた。憧れ続けてきた王子様への恋は完全に久土和という一人の男だけを見ているものへと移り変わっている。
「
そうして愛しの王子様の名を口に出しながら彼への想いを募らせていた。彼を好きになったあの瞬間から元音はずっと久土和の事だけを考えている。
「明日も……学校だ、久土和くんに会える」
好きになった途端、彼への呼称が変わった。
それは彼が本当に特別な存在であるのだと、分かってしまったからだ。『久土和』と呼び捨てにしていた自分はもう卒業だ。彼にときめいたあの時から、元音は久土和を呼び捨てにはしたくなかった。
「連絡先……教えてもらえるかな」
思い立ってはすぐ行動が自身の拘りである。元音は久土和の連絡先を入手しようと考えを巡らせるとそのまま睡魔に襲われいつの間にか眠りについていた。
「おはよ〜」
翌朝になり、
「
「えっ、忘れてた」
「日誌テキトーに書いとくから後でお前も空欄はでっち上げといて」
「オッケー。
そんなやりとりを交わして米倉が立ち去っていくところで元音はようやく自席に着席した。
そうしてこちらの方へ足を運んでくる友人ら――
「おっどうした? いつもよりテンション高め?」
「元音が前のめりなんてめずらし〜なになに?」
元音の元へやってきた美苗と可菜良はそう言って興味津々な様子でこちらに問い掛けてくる。元音は早まる気持ちを抑えながらあのねと声を出し言葉を続けた。
「久土和くんの事、好きになっちゃった」
二人にだけ聞こえるように声を顰め、そう告白をすると二人は揃って同じような心底驚いた反応を見せ始める。
「えっまじ!?!?!? 昨日の今日で何があった!?」
「久土和って全然王子じゃないじゃん……!! どういう事!?」
友人らの反応は尤もである。今までこの二人の耳にタコができるほど
元音は昨日の出来事を分かりやすいように説明しようと再び口を開きかけるが、そこで愛しの王子様――久土和の声が耳に入ってきた。
「オス! 今日は宿題やってきたわ〜」
「クドおはー! 何お前、俺はやってねーのに裏切り者!!!」
「おお、いてて。今日くらいはやっておかねえとな」
彼は普段からよく会話をしている男子生徒達に囲まれ楽しそうに談笑をしている。
そんな久土和の笑顔がキラキラと輝いており、元音は遠く離れた位置からでも彼の眩しさを感じ取って無意識に頬を染め上げていた。
無言で遠くを見つめる元音の姿を目にしたのか、
「いたっ」
「おいおーい、ガン見じゃん」
「だってさ、久土和くんが来たから」
そう言いながらチラチラと久土和がいる方向を再度見つめる。今日この瞬間から久土和の一挙一動を見るのが元音にはとてつもなく幸福な事になっていた。
「え〜
「てかさっきから『
すると次は
しかし彼女の言っている通り確かに呼び方は極端に思えるかもしれない。
だが元音は好きな人は呼び捨てにしたくなかったんだよねと口に出すとそこで朝の予鈴が教室内に鳴り響いた。
どうやら久土和に恋をした瞬間の
教師が教室に入り、生徒達は一目散に自席へと戻り始める。元音はもう一度久土和の方へ顔を向け、彼の表情を目に焼き付けていた。久土和は楽しそうな口角の上がった顔をしている。
今まではなんとも思ったことがなかったのに、今は彼が楽しそうにしているのが嬉しかった。
そして元音は彼の連絡先を手に入れようと昨日考えていた重要な事を改めて脳内に浮かべ、きたるべきタイミングを見計らうのであった。
友人二人には昼休みに
「元音は理想高いし恋するの無理だと思ってたから嬉しいよ、協力するから!」
「久土和と元音、お似合いな気がするわ。応援するしかないわな!」
二人共そう言って元音の背中を大きく押してくれた。一人もあいつはやめとけと反対する者はおらず、それがまた嬉しく感じる。久土和の性格の良さは皆も認知しているからなのだろう。
元音も彼を好きになる前から久土和の性格が優しいという事は知っていたため、彼の評判の良さに改めて胸が高鳴っていた。
「みんなありがとう! ほんと頑張るっ! てかね!! 久土和くんの連絡先が欲しくてさ〜!!!」
元音はいつも以上に言葉を放ちながら楽しい思いで今の願望を口にし、それを友人等は優しくも真面目に聞いてくれるのであった。
今日はまだ一度も
連絡先を知りたいというのもあるが、それを抜きにしたとしても彼とのコミュニケーションはできれば毎日取っていきたい。
(久土和くんを呼び止めよう)
既に放課後を迎えていたが、元音はデートがあると迅速に帰っていった友人からのエールを背負いながら久土和の方まで足を運んだ。一番話し掛けやすい状況である久土和が一人になった瞬間が訪れたからだ。
クラスにはまだ人がちらほらいたが、久土和は一人でリュックの中をゴソゴソと漁っており手を動かしていた。
「久土和くん」
「お? 鉄平じゃねえか」
元音が彼に近付き、声を掛けると久土和は一瞬の間も無くすぐにこちらに視線を向けて「何か用か?」と明るい笑顔を向けてくる。その笑みが眩しく、元音はドキンと本日何度目か分からないときめきを実感していた。
「あ、あのさ……レイン交換しない?」
平常心を保ちながら元音は単刀直入にそう切り出す。
すると久土和はまたも少しの間を置く事無く「おう! いいぜ!」と答えてニカッと笑ってくれるのだった。
「ありがと!!! あのさ、いつもレインって結構するの? わたし友達とめっちゃする方で、久土和くんにも送っていい?」
勢いに乗った
「勿論いいぜ! レインはそうだな、俺はその日によって違うがきたらきたで問題ないから気にすんな!」
「あ、ありがと……!!!」
彼の優しい回答に元音は気持ちがどんどん高揚し、震えそうな手でスマホを差し出してレインのQRコードを彼に見せた。
久土和も楽しげな様子でそのコードを読み取り無事にレインの交換が終わると「じゃー宜しくな! 平ちゃん」と声を発してくる。
「平ちゃん……? …ってわたしのこと!?!?!?」
「おう、もうダチだろ? レイン交換してるしな!」
(きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!)
フレンドリーすぎる久土和の対応に元音の鼓動は一向におさまりを見せず、明るい調子で笑いかけてくる久土和に完全に心臓が持っていかれていた。
「おーい久土和!! 帰ろーぜ」
「おー今行く」
元音が嬉しさのあまり思考が停止している中、久土和を呼ぶクラスメイトの声で彼はリュックを肩に掛け「じゃ、またな!」と元気に言葉を向けてくる。
元音は反射的に大きく手を振り、久土和ももう一度明るい笑みを返すとそのまま教室を出て行った。時間は僅か五分。しかしそれでも元音は満足だった。
恋心を抱いてから二日目。元音は久土和の連絡先を入手する事に見事成功したのだ――。
第二話『行動』終
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