第1話

文字数 1,996文字

 ここはずいぶんと変わった。敷地内に一歩踏み入れると喧騒に包まれる。賑やかさは昔も負けていなかったが、違いは客層と、絶叫が聞こえないことだ。
「十二年たったのか」
 友人の一人、今回の言わば、ツアーを企画した悟が呟くように言った。
「そうなのか・・・」僕も呟くように言った。
「昔の面影はないな。ところで、昼はここで食べるのか?」肇が言った。彼は昔からよく食べる。体格もその結果を表している。
「ここは結構いい店が入っているぞ」宗次が言った。事前にいろいろ調べて来たらしい。
「大丈夫だ、予約してあるから」悟が仕切るように言った。
 僕は思った。皆、変わったんだなあ・・・
 
 ここは十二年前まで遊園地だった。彼らは、十歳の頃、遊びに来たのを最後にここには来なくなった。いや、来られなくなった。その一年後に遊園地は終業し、その後数年間のブランクを経て今は巨大ショッピングモールになり、大勢の客で賑わっているのである。そして、就職して忙しくなる前にここで会おうと、悟が当時最後にここを訪れた仲間を集めたのだ。一人を除いて。

 ここは懐かしいけれど、賑わいが無くなった。いつからだろう。気が付いたらこの状態だ。初めからこうだった気もするし、昨日までは違った気もする。でもいつも楽しいという思いは変わらなかった。僕はここが好きだ。けれど、よく見ると乗り物もだいぶ古いものが増えた。あのメリーゴーランドもいつからか、止まったままだ。屋根のシートは破れて垂れ下がり、馬たちは、かわいそうに、雨に当たったままだったのか、汚れてしまっている。ゴーカートも動かない。お化け屋敷も閉まっているけど、これは嫌いだから閉まっていても困らない。でも売店も、レストランも人がいないみたいだ。唯一、目の前のボートに乗って進むウォータースライダーは乗れる。水も流れている。最後にみんなと乗ったのもこれだ。僕は後ろの座席に乗り込んだ。前だと怖いから。ふわふわと不安定にボートが揺れる。自分でベルトを締めた。怖いけれど、これが一番好きだった。先頭に宗次、次に肇、僕の前に悟が座った。ボートはゆっくり動き出す、流れに乗って、左右に揺れ、通路の淵にぶつかりながら進んで行く。ゆっくりとした時間、皆、騒ぐこともなく静かにしていた。退屈なのかもしれない。だが、ボートは終盤に差し掛かり、急な傾斜を登り始めた。空が見える。心臓がどきどきする。頂上に来ると、予想より高かった。そしてガタリと揺れたあと、一気にトンネルの中の傾斜を下って行く。皆が歓声を上げた。下の水面に向かってボートはわき目も振らずに突っ込んだ。水しぶきが跳ねあがり、それから真っ暗になった。

「うわあ」悟が急に身震いをして声をだした。
「おう」「あれ」肇と宗次もびくりと体を動かした。
「何だ、めまいと寒気がした」悟が言う。
「俺もだ」宗次が言った。
「俺もなったけど、アイスを食べていたからかな」肇が言う。
 彼らはモールの中央にある人工の滝の傍に座って、さっき買ったアイスクリームを食べていた。
「でもみんな同時に寒くなるか?なんか変なめまいみたいなものもあったぞ」
「ああ、そう言えばそんな感じだったな。なんだ?このアイス、何か入っているのか?」肇は答えが書いてあるはずのないアイスのコーンを回して見ていた。
「ここって、あのウォータースライダーがあった場所じゃない?なんかあれに乗ったような感覚だったな」宗次が言う。
「ああ、そうそう。そんな感じだ。まさか」悟が頷いた。
「何か、別の意味でぞくぞくしてきた」肇が身震いした。
「でもさ、結局あいつはどこへ行ったんだろうな。見付からなかったもんな」悟は遠い目をして言った。
「ああ、たぶんここへ戻ったんだろうけど、行方はわからないままらしい」宗次が言った。
「あの事件からこの遊園地は閉園に追い込まれることになったんだ。そして、周りは全てを忘れようとしている。俺たちだけでもあいつを覚えていてあげないと。いや、忘れることなんてできないけどな。もしかすると急に現れるかもしれないし」
「悟は特に仲が良かったもんな」
「忙しくなっても、時々ここで集まろうや」
「肇は食べることが目的なんじゃないのか?」
「なんてこと言うんだ、いい話している時に」
「悪かったよ。じゃあ、店に行こうか」
 そして、予約した店に向かった。
「いらっしゃいませ。ご予約は?」
「三瓶悟で入れましたが」
「はい、ご予約は三名様でしたね。ええともうひと方は追加でございますか?あとでお越しになりますか?」
「え?いや、三名ですが・・・」
「先ほどまで、後ろに一緒にいらっしゃってすぐ出て行かれましたが、お連れ様では無かったでしたか?」
 三人は顔を見合わせた。

 僕はどうも、違う世界にいるらしい。しかし、あの三人が覚えていてくれることで存在は無くならない。あの思い出は永遠になる。僕も決して三人を忘れることはない。
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