Smile
文字数 1,999文字
いつも混んでいるカフェなのに、空席が目立つ。窓際のゆったりとしたソファ席に着くことができた。
「空いてて良かったわね。やっぱり安心だし。」
怜美がお洒落なレースのマスクを外しながら言った。ウエイトレスが近づいて来て、慌ててまたマスクを着ける。結局、それぞれの注文が来るまでは、マスク越しの会話が続いた。大学時代からの仲良し3人が集まったのは、今年初めてで、既に秋風が吹いている。それぞれ愚痴まじりの近況報告をしていると、懐かしい曲がかかっていることに、真弓が気が付いた。
「ね、これ、懐かしいわね。ドラマの主題歌、覚えてるでしょう?」
「覚えてる、覚えてる。でも最終回、どうなったんだっけ?」
「ん~、わかんない。」
主役はその頃人気絶頂の男性アイドルだった。大学生だった私達も夢中になり、コンサートに出かけては、団扇やペンライトを振りまくっていた。
「どうしてるかな、紗栄子…。」
私は、連想ゲームのように、その男性アイドルに一番夢中だった友人の紗栄子のことを思い出した。私達は、ファンクラブにも入っていた彼女に、いつもコンサートのチケットを取ってもらっていた。一番華やかで、行動的な紗栄子は、グループの中心だった。
「結局中止になったけど、同窓会の企画があったでしょ。幹事に頼まれて、紗栄子の実家に電話したのよ、私。」
「怜美の実家、紗栄子のところと近かったものね。」
「同じ沿線というだけだけどね。」
「それで?」
「現在使われておりません、だった。」
私達3人は、紗栄子とは、卒業してしばらくするとなんとなく疎遠になっていった。原因は4年生になってから紗栄子が付き合いだした相手だった。留年を重ねているミュージシャンくずれのような、かっこいいけれど俺様な雰囲気の男で、紗栄子は彼の言いなりになって行った。それまでは、高校時代からの大人しいBFの陽介をあごで使っていたのに。思わず、私は愚痴った。
「紗栄子も、陽介と別れなければ良かったのにね。」
「やだ、聡子、紗栄子は陽介に振られたのよ。」
「うそっ。」
「他に好きな子ができたから別れようって言われたって。」
「他に好きな子?」
「陽介より大人しそうな下級生。」
「そうそう、それで陽介と真逆な彼氏を作ったのよ。」
「うわっ、知らなかった。」
「聡子には言わないで、って紗栄子が。」
「なんで?」
「いつも、陽介を大事にしろって言ってたからじゃない(笑)」
確かに、そのことは記憶している。あんまり紗栄子が陽介を粗略に扱うので気になったのだ。結局、就職してしばらくすると、紗栄子は実家を出て彼氏と暮らし始め、私達とは遊ばなくなった。それでも、それぞれ結婚式には呼んだし、紗栄子も喜んで出席していた。
「真弓の結婚式が最後かな、紗栄子に会ったの。」
「そうね、あの時、転職するって言ってたけれど、どこに行くのか聞いた?」
「聞いてないわ。真弓は?」
「自分の結婚式だから、人の近況なんか聞いてる暇なかったわよ。」
私達もそれぞれ家庭を持ってからは、しばらく年賀状だけの付き合いが続いていた。いつのまにか紗栄子から年賀状が届かなくなり、送った年賀状が戻ってくるようになった。メアドや電話番号もそれぞれ変わり、まったく連絡がつかなくなっていったのだった。
私は、紗栄子絡みの情報をもう一つだけ持っていた。
「もう、10年近く前の話なんだけど、私、陽介に偶然会ったのよ。お互い知り合いの結婚式に出た後で、新宿のホテルのロビーでばったり。」
「話をしたの?」
「立ち話だけど。陽介は結婚してないし、彼女もいないんだって言ってた。」
「紗栄子の話は出た?」
「私は陽介が振られたって思っていたんだもの、紗栄子の話は出来なかったわ。」
怜美と真弓もがっかりしていた。みんな、心の中では、紗栄子には陽介が合っていると思っていたのだ。怜美が、良いことを思いついた、とでもいうような顔で、
「陽介は紗栄子と同じ高校だから、私達とは別の連絡手段を持ってるかもしれない。」
と意気込んだ。だが、真弓は冷静に、
「陽介と連絡取れる人?」
と私と怜美に聞いた。
「そもそも、陽介の連絡先を知っていたことがない。」
「だよねー。」
怜美はあきらめない。
「私達の知らないところで陽介が紗栄子に連絡を取って、復縁してるかも。」
「あ、それはあるかもね。」
「うん、うん、考えられる。」
そう、それは、考えられる最良の紗栄子の恋愛の最終回だ。あの、生活力のなさそうな、大学を卒業できたのかどうかもわからない男では心配だった。友人には、幸せでいて欲しい。三人はおしゃべりを止め、ガラス窓の外を歩く人込みに、紗栄子を探していた。
「空いてて良かったわね。やっぱり安心だし。」
怜美がお洒落なレースのマスクを外しながら言った。ウエイトレスが近づいて来て、慌ててまたマスクを着ける。結局、それぞれの注文が来るまでは、マスク越しの会話が続いた。大学時代からの仲良し3人が集まったのは、今年初めてで、既に秋風が吹いている。それぞれ愚痴まじりの近況報告をしていると、懐かしい曲がかかっていることに、真弓が気が付いた。
「ね、これ、懐かしいわね。ドラマの主題歌、覚えてるでしょう?」
「覚えてる、覚えてる。でも最終回、どうなったんだっけ?」
「ん~、わかんない。」
主役はその頃人気絶頂の男性アイドルだった。大学生だった私達も夢中になり、コンサートに出かけては、団扇やペンライトを振りまくっていた。
「どうしてるかな、紗栄子…。」
私は、連想ゲームのように、その男性アイドルに一番夢中だった友人の紗栄子のことを思い出した。私達は、ファンクラブにも入っていた彼女に、いつもコンサートのチケットを取ってもらっていた。一番華やかで、行動的な紗栄子は、グループの中心だった。
「結局中止になったけど、同窓会の企画があったでしょ。幹事に頼まれて、紗栄子の実家に電話したのよ、私。」
「怜美の実家、紗栄子のところと近かったものね。」
「同じ沿線というだけだけどね。」
「それで?」
「現在使われておりません、だった。」
私達3人は、紗栄子とは、卒業してしばらくするとなんとなく疎遠になっていった。原因は4年生になってから紗栄子が付き合いだした相手だった。留年を重ねているミュージシャンくずれのような、かっこいいけれど俺様な雰囲気の男で、紗栄子は彼の言いなりになって行った。それまでは、高校時代からの大人しいBFの陽介をあごで使っていたのに。思わず、私は愚痴った。
「紗栄子も、陽介と別れなければ良かったのにね。」
「やだ、聡子、紗栄子は陽介に振られたのよ。」
「うそっ。」
「他に好きな子ができたから別れようって言われたって。」
「他に好きな子?」
「陽介より大人しそうな下級生。」
「そうそう、それで陽介と真逆な彼氏を作ったのよ。」
「うわっ、知らなかった。」
「聡子には言わないで、って紗栄子が。」
「なんで?」
「いつも、陽介を大事にしろって言ってたからじゃない(笑)」
確かに、そのことは記憶している。あんまり紗栄子が陽介を粗略に扱うので気になったのだ。結局、就職してしばらくすると、紗栄子は実家を出て彼氏と暮らし始め、私達とは遊ばなくなった。それでも、それぞれ結婚式には呼んだし、紗栄子も喜んで出席していた。
「真弓の結婚式が最後かな、紗栄子に会ったの。」
「そうね、あの時、転職するって言ってたけれど、どこに行くのか聞いた?」
「聞いてないわ。真弓は?」
「自分の結婚式だから、人の近況なんか聞いてる暇なかったわよ。」
私達もそれぞれ家庭を持ってからは、しばらく年賀状だけの付き合いが続いていた。いつのまにか紗栄子から年賀状が届かなくなり、送った年賀状が戻ってくるようになった。メアドや電話番号もそれぞれ変わり、まったく連絡がつかなくなっていったのだった。
私は、紗栄子絡みの情報をもう一つだけ持っていた。
「もう、10年近く前の話なんだけど、私、陽介に偶然会ったのよ。お互い知り合いの結婚式に出た後で、新宿のホテルのロビーでばったり。」
「話をしたの?」
「立ち話だけど。陽介は結婚してないし、彼女もいないんだって言ってた。」
「紗栄子の話は出た?」
「私は陽介が振られたって思っていたんだもの、紗栄子の話は出来なかったわ。」
怜美と真弓もがっかりしていた。みんな、心の中では、紗栄子には陽介が合っていると思っていたのだ。怜美が、良いことを思いついた、とでもいうような顔で、
「陽介は紗栄子と同じ高校だから、私達とは別の連絡手段を持ってるかもしれない。」
と意気込んだ。だが、真弓は冷静に、
「陽介と連絡取れる人?」
と私と怜美に聞いた。
「そもそも、陽介の連絡先を知っていたことがない。」
「だよねー。」
怜美はあきらめない。
「私達の知らないところで陽介が紗栄子に連絡を取って、復縁してるかも。」
「あ、それはあるかもね。」
「うん、うん、考えられる。」
そう、それは、考えられる最良の紗栄子の恋愛の最終回だ。あの、生活力のなさそうな、大学を卒業できたのかどうかもわからない男では心配だった。友人には、幸せでいて欲しい。三人はおしゃべりを止め、ガラス窓の外を歩く人込みに、紗栄子を探していた。