一話完結

文字数 1,228文字

 僕は二人と一緒に暮らしている。彼ら二人は怒鳴りあうこともあるけど、いつも一緒にいる。とっても仲良し。僕の仕事はソファで寝ることと、帰ってくる彼らをお迎えすること。ご褒美もある。いつも決まった時間に男の人が席を立った時、自然にしっぽが揺れてしまう。散歩だ。僕を外に出してくれる。寝てる時よりも暗くなってしまったけど気にならない。毎回、僕の首にリードをまくのは不思議だ。逃げるはずないのに。外に出たら、走る、ただ走る。時々知り合いに会って走らせてくれないこともあるけど、知り合い達は皆、可愛いと僕の顔を撫でてくれる。気持ちいい。だから許す。楽しい。これが私のご褒美。家の前に着くとご褒美の終わりを感じて悲しくなる。お座りをしてもう一周アピール。でも、男の人は必ず僕を無理やり家の中に入れる。気にしない。だって、散歩から帰ると、今度は女の人が僕のご飯を作ってくれる。いつも同じ匂い、色、形。でも、美味しい。そして、最後にみんな揃ってご就寝。僕の生活、僕の幸せ。
ある日、いつも通りご褒美の終わりごろ、家の前でお座りをしていると、男の人は僕を再び散歩に連れて行った。僕は嬉しかった。この日だけ二周してくれたのかわからないほどに。帰ってくると、何事もない普通の生活。そしてご就寝。翌朝は良く澄み渡る青い空だった。男の人が家に出るのを見送ろうとしたら、いつもと違う荷物に驚いた。何が入ってるのか聞きたい。吠えても、吠えても届かない言葉。男の人は悲しそうに僕の頭を一回、二回撫でてから家を出た。この日から帰ってこなくなった。

いつもの時間に帰ってこない。僕は疑問に思いながらも待ち続けた。すっかり外は真っ暗になった頃、ドアが開く音がした。帰ってきた。すぐに玄関まで走ると、そこに現れたのは女の人だった。帰ってこない男の人を考えて、今日は散歩に行けないのかなとガッカリしていると、女の人が僕を連れて外に出た。例外の散歩だ。非現実的な光景が僕のご褒美を拒む。僕は家の前でお座りをする。女の人は困った顔をしていたけど、数分後には僕を家に帰した。数日はこんなやり取りをしていたとはいえ、僕にとって散歩というものは麻薬だ。すっかり僕は女の人との散歩を許したのである。そして、不変しないと思っていた日常も新しく塗り替えられるのだった。

数か月ほど、いやもっと長かったかもしれない。突然、太陽が真上にある時間にドアが開いた。僕は異例のあまり、うまく動くことはできず、動く人影をじっと見つめることしかできなかった。が、そこに現れたのは、忘れもしないあの人だった。彼だ、久々の再開というものは恐ろしいもので、声も出せないものだった。はち切れんばかりのしっぽ、ポツリと落ちる涙、傷跡を残すほどのスキンシップ。何分もお互いにじゃれあった。

僕は今日も仕事を終えた。待ちに待ったご褒美だ。いつも通り無意味なリードを付けて、外に出る。走る、ただ走る。今ある幸せをかみしめて。
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