第1話

文字数 1,570文字

 青春は炎天下で爽やかなことをすることなのだろうかと思う日々だ。ちょうど今は蝉の泣き声が騒々しく感じるほどの暑い季節だが、この時期になればエンタメコンテンツも広告も制服着た学生が汗を流しながら遊んだりしている、如何にも「青春」とイメージするような内容ばかりだ。「岩渕敬介」は高校2年生ではあるが、インドア派で、課金も容易くしてしまうほど、ゲームに夢中になる人間だ。外で遊ぶこともなく、友達はいないことはないものの、自分から誘って遊ぶこともない。誘われたら仕方なく遊びに付き合ってあげる程度である。だけど、高校生ということもあって、こんなに冴えない日々を過ごしていていいのだろうかと思うことも多々あるが、世間でよく聞くような青春に興味のないような性格を崩したくない、本当は興味があるんだって思われたくないという欲望もあって、なかなかその一面を見せれないところから、仕方なく今の性格のまま過ごしている。
 部活動も委員会にも所属しておらず、最近、せめて何かしておきたいという思いから、アルバイトを始めた。勤め先はカラオケ店だ。遊びに誘われる時の行き先の7割はカラオケだったところから、カラオケについて詳しかったら誘われるかなっていう、やや安直な考えで応募して、受かってしまった。夏休みということもあり、カラオケ店に過ごす日々が多くなりそうだ。今日も岩渕は出勤していく。
「おはようございます」
「おはよう、けいすけ!」
 挨拶を交わしているのは上司の「一ノ瀬知春」さんだ。岩渕の7つ上でフリーターとして働いている陽気な女性だ。彼女いわく、お金や地位よりも時間をたくさん持ちたいというところから、フリーターとして働いているようだ。
「今日も冴えない顔ねぇ」
「余計なお世話です」
 思ったことを口に出すほど素直な性格でもあるため、この二人のこういったやり取りも日常茶飯事である。けいすけも言葉を選ばずにツッコむことも多々ある。
「夏休みなのに、バイトばかりしていいの?遊んだりしないの?」
「どうせゲームばかりしているので、バイトしたほうが有意義だと思います」
「へぇ、けいすけにしては真面目ねぇ」
「『にして』は余計ですよ」
「じゃあ、大人のお姉さんの私が遊び相手になってあげようか?」
「間に合っています」
「まぁまぁ、夏の思い出を作っておこうよ」
「だったら、学校の友人たちで十分です」
「お金全部出してあげてもぉ〜?」
「自分で出すので」
「年上が奢るのが、この世界の暗黙のルールのようなものよ?」
「だとしても結構ですよ」
「私が出せば、課金に回せるわよ?」
「誘いを断ればお金減らないので」
「もぉ〜、否定してばかりね」
「ほんとに間に合っているので」
「全く。私だからいいけど、社会人になったら断ることなんかできないわよ」
 岩渕にとって、社会人というのはあまり想像できない。まだ高校生だからというのもあるものの、時間が縛られるイメージが強く、いつか自分もそうなるのかなという思考が頭によぎった。決められた時間で決められた仕事だけをして、やりたくもない残業をして、上司の言うことが絶対の精神を植え付けられ、行きたくない飲み会にも強制的に参加させられて、同調圧力の恐ろしさを思い知るのかもしれない。だとしたら、もし、社会人になってしまったら、今、この瞬間が、名残惜しくなってしまうかもしれない。時間があるこの瞬間、しょうもないように思えて、実は楽しいひと時でもある一ノ瀬と会話をしている瞬間、これこそがのちに青春として記憶に刻まれるかもしれない。
「やっぱり、遊びたいです」
「お、本当かい?どういう風の吹き回し?」
「せっかくのお誘いなので」
「それは嬉しいねぇ。じゃあ、どこに行く?あと、どうせなら他のバイトのメンバーも誘っちゃう?」
 青春とは、この瞬間を大事にすることなのかもしれない。
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