第1話

文字数 1,620文字

 むかしむかし、とある国に、美しく、優しく、心優しい王様がおりました。王様の治世はすばらしく、家臣たちも、国民も、王様が長生きして、ずっとこの国の王様でいてほしいと願っていました。
 あるときこの国に、ひとりの魔女がやって来ました。旅の途中だった魔女は、この国の穏やかさに驚き、人々の思いやりに感謝しました。そこでこの魔女は、この国の人々の願いをひとつ、魔法で叶えようと考えました。
 魔女は、魔法で叶えてほしい願いはないかと国のあちこちで聞いて回りました。人々は口々に、「王様に長生きしてほしい」「いつまでも元気でいてほしい」「今の王様にずっと国を守ってもらいたい」と言いました。魔女はそこまで慕われる王様に感心し、お城を尋ねて事情を話し、王様に不老不死の魔法をかけたいと提案しました。王様本人はあまり気乗りしない様子でしたが、王妃様や家臣たちがとても乗り気だったので、その提案を受け入れることにしました。
 王様が不老不死になって、十年が経ちました。幼かった王子や姫は大人になりました。王様は若々しいままです。子どもたちは父親の若さを喜び、国は王様の指揮のもと、さらに住みよい国になっていきました。
 二十年が経ちました。孫が生まれ、美しい王妃様にも歳が見えるようになりました。王様は若々しいままです。王様は、一番上の王子に王位を譲ろうとしましたが、家臣たちがそれを許しませんでした。それを見た王子も後を継ぐことを拒みましたので、王様は王様であり続けることになりました。
 四十年が経ちました。孫が大人になりました。若々しいままの王様と並ぶと、まるできょうだいのようです。王様は、王様のままです。
 六十年が経ちました。王妃様は数年前に亡くなりました。王子も高齢で寝たきりです。王様だけが、若いまま。ひ孫たちは王様のことを気味悪がり、近寄ろうとしません。
 八十年が経ちました。お城で働く人々の中で、王様が魔法をかけられた頃に働いていた人はもういません。国中を見ても、王様が不老不死になったいきさつを知っている人はほとんどいません。どうして王様は不老不死なんだろう? 誰かが言いました。別の誰かが答えました。きっと王様は呪われているんだ。きっと王様は昔、悪いことをして、その罰として悪い魔女に呪われてしまったんだよ……。
 百年が経ちました。王様はずっと若々しいままです。ですが王様は、王様ではなくなりました。地下牢に閉じこめられてしまったのです。王様はこの百年、国のために必死で『王様』を続けてきました。王妃様が、子どもたちが、自分を置いていってしまっても、自分を知る友がいなくなってしまっても。魔法をかけた魔女を恨みそうになっても、なにもかもめちゃくちゃにしてしまいたくなっても、堪えて、すばらしい王様であり続けました。滅多にない機会、たったひとつの願いを、王様のために願ってくれた人々のために。でもそれは今、すべて徒となってしまったようです。王様は、未来を思ってぞっとしました。永遠に続く自らの孤独と、この国の行く末を。百年以上もの間、一人の人間が国を治めていたのです。王の子孫の、国を治めるための教育は、いつしか施されなくなっていました。――まあでも、どうでもいいか、と、元王様は思いました。王様でなくなったことで、糸はもうとっくに切れていました。正気を保てなくなる日はすぐにやってくると、元王様にはわかっていました。

 ひとりの魔女が、ある国を訪ねました。魔女は、彼女の先祖が祝福を与えたとされる国を一目見てみたいと思っていました。国中をめぐり、魔女は首をかしげました。先祖が日記に書き残した国とは、なんだか雰囲気が違うような気がしたのです。でもまあ、二百年も経てば少しくらい変わるか、と納得し、今の国民は何を願うのか、気になって、聞いて回ることにしました。
 人々は口をそろえてこう答えました。
「城に棲みつく、呪われた不死身の怪物を殺してくれ」
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