再会は境内にて
文字数 2,638文字
私──倉木杏里 は子どもの頃、突然家の事情で生まれ育った町から引っ越すことになった。
その理由を家族にいくら聞いても、教えてくれなかったのはなぜだろう。
普段は優しい祖母が、家族の中で頑として教えてくれなかったのが、妙に引っかかっていた。
引っ越し前日に、私の遊び相手になってくれた優斗 お兄ちゃんと神社で交わした約束があった。
──またいつか、この場所で会おうね。
──うん、また会おうね。約束だよ! 優斗お兄ちゃん!
お兄ちゃん、今も元気にしているかなあ。
あれから十年以上の月日が流れ、生まれ育ったこの町へ、私は里帰りがてら数日こちらに滞在することにしていた。
まずは記憶にある、覚えている限りの遊び場だった周辺を散策してみようと、スマートフォンの地図アプリを開き、場所を確認しながら回っていく。
昔は確かにあった建物や公園は、ほとんどが住宅地になっていたり、多くの車が走行する道路に変化していたりと、残酷な時の流れを感じた。
「ここは昔と変わらないね……」
最後に足を向けたのは、遊び場のひとつだった小さな神社。
ちょっと寂れかけたその神社は、周りからはお宮さんと呼ばれ、祭りが行われる日には、小さいながらも数件の屋台が立ち並ぶくらいに賑やかだったように思う。
今日は平日ということもあって、木々が生い茂り閑散とした神社内は、私以外誰一人いない。
おそらく、わざわざ寂れかけた小さな神社を訪れる人の方が珍しいのだろう。
境内の一角に、いくつか遊具が設置してあり、そこで暗くなるまで遊び倒したものだ。
正直なところ、どんな神様が祀られていたのかなんて知るわけもなく、子どもの私はただの遊び場としてこの神社を認識していた。
──そうだ、確か優斗お兄ちゃんと初めて会ったのもこの境内だっけ。
あの当時、二十歳くらいの年齢だっただろうお兄ちゃんは、今ではアラサーに近いくらいの年齢になったのかな。
せっかくここまできたことだし、参拝でもしていこうと砂利を敷き詰めた石畳を進み、賽銭箱の前へ。
もちろん、願い事はお兄ちゃんに会えますように、だ。
「こんにちは。ご参拝ですか? 人が来るなんて珍しい」
声をかけられ後ろを振り返ると、まだ若い青年──芸能人かと見紛うほどに整った顔立ちで、私に似た二十代くらいの人がそこにいた。
先ほどまで人の足音なんてしなかったけど、どこから来たんだろう。
返事をしなくては失礼だと言葉を返す。
「昔、こちらに住んでいて、この神社でよく遊んでいたんですよ。せっかくですし、参拝してました」
「そうですか。それはお疲れ様です」
──あれ? 彼の顔と声に、覚えがあるような。
こんなにイケメンなら一度会ったら忘れるはずないんだけど。
そんな彼は、眉を下げて寂しそうに語る。
「実はこの神社、数ヶ月後に取り壊されてしまうことになっていましてね……」
「取り壊し……?」
彼は苦笑しつつ説明してくれた。
「神社は取り壊されますが、御神体は別の大きな神社へ引っ越しするんです。この神社がかなりボロボロなので、別の所へ移して一緒に祀ってもらおうということになったそうなんですよ」
「え? 引っ越しちゃうんですか……」
「ここも人口減少の影響で年々管理が厳しかったそうで。まだ同系統の大きなところなら安心して託せると、長年に渡る氏子たちの話し合いで決まったそうです」
人口減少の波が、神社の存続にすら影響を与えるものだなんて知らなかった。
「ところで、この神社のご利益は何か知っていますか?」
「すみません、何も知らなくて……」
何も知らないまま遊び回り、そして引っ越して行ったのだ。
もちろん今日も足を運んだわりに、何も下調べなどしていない。
急に無知すぎる自分が恥ずかしくなった。
「──ここのご利益は縁結びだそうです。──って僕も周辺の人から聞きかじった程度なんですけどね。確か、御神体は大きな岩だとか」
「岩なんですか……」
私、本当に何も知らなかったんだな。
御神体がどんな物なのかも分からなかった。
最近は神社仏閣巡りがブームとかで、神社マニア、神社のオタクなども存在している。
彼は、話している感じから、この手のマニアかオタク一歩手前な人なのかもしれない。
「それで、あなたはこれからどちらに?」
「ここに来る前に散々思い出に残る場所を回ってきたんですけどね。ほとんど変わっちゃってました。やっぱりずっと変わらずに残っているものなんてほとんどないですよね。──って、どうしたんですかっ!」
彼の目にはなぜかうっすらと涙の膜が張っている。
私は驚きつつも、カバンにしまい込んでいたハンカチを差し出す。
すると、彼はさらにぼろぼろと涙を零した。
いや、あの、なんで号泣してるんですか?
ただハンカチを差し出しただけですよ?
きっと傍目には、私が彼を泣かせたようにしか見えない構図だ。
他の誰かに見られたら、絶対勘違いされてしまう。
一刻も早くどうにかしなければ。
辺りを軽く見渡し、視界の隅にベンチが映る。
まずはあそこへ場所を移そう。
「と、とりあえず、近くにベンチがあるので座りましょう? 落ち着くまでそばにいるので」
数分泣いていた彼は、ようやく落ち着いたのか、やっと泣き止んだ。
「すみません。いきなり泣いたりなんかして」
「確かにびっくりしましたけど、すっきりしましたか?」
「実に久しぶりにすっきりしました。泣くことなんて滅多にありませんから。ハンカチまでお借りしてしまって……ありがとうございました。こうしてあなたと会話をするのも懐かしい」
「懐かしい……?」
「ええ。あなたは覚えていませんか?」
私は彼の顔を凝視してみた。
なんとなく見覚えがるってことは、どこかで一度は会ったことがあるかもしれない。
なんとか思い出そうとうんうん唸り、凝視すること数分。
一人だけ、脳裏に浮かんだ人物がいた。いやでもそんなはずは……。
恐る恐る質問してみることにした。
「……もしかして、優斗お兄ちゃん……?」
目の前のお兄さんはクスッと微笑むと、言葉使いがガラリと変わる。
「──久しぶりだね、杏里。会わないうちにこんなに綺麗になっちゃって。思わず感動して泣いてしまったじゃないか!」
私にギュッと抱きついてくるこの暑苦しさは、確かに優斗お兄ちゃん本人だ。
構いたがりで、しつこ……うっとうしいけど頼れる存在で、幼い私に色んな話をして楽しませてくれた。
神頼みってしてみるものだね。ありがとう神様。
その理由を家族にいくら聞いても、教えてくれなかったのはなぜだろう。
普段は優しい祖母が、家族の中で頑として教えてくれなかったのが、妙に引っかかっていた。
引っ越し前日に、私の遊び相手になってくれた
──またいつか、この場所で会おうね。
──うん、また会おうね。約束だよ! 優斗お兄ちゃん!
お兄ちゃん、今も元気にしているかなあ。
あれから十年以上の月日が流れ、生まれ育ったこの町へ、私は里帰りがてら数日こちらに滞在することにしていた。
まずは記憶にある、覚えている限りの遊び場だった周辺を散策してみようと、スマートフォンの地図アプリを開き、場所を確認しながら回っていく。
昔は確かにあった建物や公園は、ほとんどが住宅地になっていたり、多くの車が走行する道路に変化していたりと、残酷な時の流れを感じた。
「ここは昔と変わらないね……」
最後に足を向けたのは、遊び場のひとつだった小さな神社。
ちょっと寂れかけたその神社は、周りからはお宮さんと呼ばれ、祭りが行われる日には、小さいながらも数件の屋台が立ち並ぶくらいに賑やかだったように思う。
今日は平日ということもあって、木々が生い茂り閑散とした神社内は、私以外誰一人いない。
おそらく、わざわざ寂れかけた小さな神社を訪れる人の方が珍しいのだろう。
境内の一角に、いくつか遊具が設置してあり、そこで暗くなるまで遊び倒したものだ。
正直なところ、どんな神様が祀られていたのかなんて知るわけもなく、子どもの私はただの遊び場としてこの神社を認識していた。
──そうだ、確か優斗お兄ちゃんと初めて会ったのもこの境内だっけ。
あの当時、二十歳くらいの年齢だっただろうお兄ちゃんは、今ではアラサーに近いくらいの年齢になったのかな。
せっかくここまできたことだし、参拝でもしていこうと砂利を敷き詰めた石畳を進み、賽銭箱の前へ。
もちろん、願い事はお兄ちゃんに会えますように、だ。
「こんにちは。ご参拝ですか? 人が来るなんて珍しい」
声をかけられ後ろを振り返ると、まだ若い青年──芸能人かと見紛うほどに整った顔立ちで、私に似た二十代くらいの人がそこにいた。
先ほどまで人の足音なんてしなかったけど、どこから来たんだろう。
返事をしなくては失礼だと言葉を返す。
「昔、こちらに住んでいて、この神社でよく遊んでいたんですよ。せっかくですし、参拝してました」
「そうですか。それはお疲れ様です」
──あれ? 彼の顔と声に、覚えがあるような。
こんなにイケメンなら一度会ったら忘れるはずないんだけど。
そんな彼は、眉を下げて寂しそうに語る。
「実はこの神社、数ヶ月後に取り壊されてしまうことになっていましてね……」
「取り壊し……?」
彼は苦笑しつつ説明してくれた。
「神社は取り壊されますが、御神体は別の大きな神社へ引っ越しするんです。この神社がかなりボロボロなので、別の所へ移して一緒に祀ってもらおうということになったそうなんですよ」
「え? 引っ越しちゃうんですか……」
「ここも人口減少の影響で年々管理が厳しかったそうで。まだ同系統の大きなところなら安心して託せると、長年に渡る氏子たちの話し合いで決まったそうです」
人口減少の波が、神社の存続にすら影響を与えるものだなんて知らなかった。
「ところで、この神社のご利益は何か知っていますか?」
「すみません、何も知らなくて……」
何も知らないまま遊び回り、そして引っ越して行ったのだ。
もちろん今日も足を運んだわりに、何も下調べなどしていない。
急に無知すぎる自分が恥ずかしくなった。
「──ここのご利益は縁結びだそうです。──って僕も周辺の人から聞きかじった程度なんですけどね。確か、御神体は大きな岩だとか」
「岩なんですか……」
私、本当に何も知らなかったんだな。
御神体がどんな物なのかも分からなかった。
最近は神社仏閣巡りがブームとかで、神社マニア、神社のオタクなども存在している。
彼は、話している感じから、この手のマニアかオタク一歩手前な人なのかもしれない。
「それで、あなたはこれからどちらに?」
「ここに来る前に散々思い出に残る場所を回ってきたんですけどね。ほとんど変わっちゃってました。やっぱりずっと変わらずに残っているものなんてほとんどないですよね。──って、どうしたんですかっ!」
彼の目にはなぜかうっすらと涙の膜が張っている。
私は驚きつつも、カバンにしまい込んでいたハンカチを差し出す。
すると、彼はさらにぼろぼろと涙を零した。
いや、あの、なんで号泣してるんですか?
ただハンカチを差し出しただけですよ?
きっと傍目には、私が彼を泣かせたようにしか見えない構図だ。
他の誰かに見られたら、絶対勘違いされてしまう。
一刻も早くどうにかしなければ。
辺りを軽く見渡し、視界の隅にベンチが映る。
まずはあそこへ場所を移そう。
「と、とりあえず、近くにベンチがあるので座りましょう? 落ち着くまでそばにいるので」
数分泣いていた彼は、ようやく落ち着いたのか、やっと泣き止んだ。
「すみません。いきなり泣いたりなんかして」
「確かにびっくりしましたけど、すっきりしましたか?」
「実に久しぶりにすっきりしました。泣くことなんて滅多にありませんから。ハンカチまでお借りしてしまって……ありがとうございました。こうしてあなたと会話をするのも懐かしい」
「懐かしい……?」
「ええ。あなたは覚えていませんか?」
私は彼の顔を凝視してみた。
なんとなく見覚えがるってことは、どこかで一度は会ったことがあるかもしれない。
なんとか思い出そうとうんうん唸り、凝視すること数分。
一人だけ、脳裏に浮かんだ人物がいた。いやでもそんなはずは……。
恐る恐る質問してみることにした。
「……もしかして、優斗お兄ちゃん……?」
目の前のお兄さんはクスッと微笑むと、言葉使いがガラリと変わる。
「──久しぶりだね、杏里。会わないうちにこんなに綺麗になっちゃって。思わず感動して泣いてしまったじゃないか!」
私にギュッと抱きついてくるこの暑苦しさは、確かに優斗お兄ちゃん本人だ。
構いたがりで、しつこ……うっとうしいけど頼れる存在で、幼い私に色んな話をして楽しませてくれた。
神頼みってしてみるものだね。ありがとう神様。