一人で立っているつもりだった

文字数 1,890文字

気まぐれだ。
ちょっとだけ恰好をつけてみようと思っただけだ。
話のネタにもなるかもしれない。

オレは保健所で一匹の犬を引き取ることにした。
あいつはオレによく似ていた。
まったく生きる意志のない犬。
他の犬は自分の存在を主張するように吠え立てるのに、あいつだけは死んだ目で床を眺めているだけだった。
そこが気に入った。
だからあいつを選んだ。

あいつと一緒に暮らし始めた。
家は親から相続したものだ。
両親は3年前に揃って死んだ。
バイクのツーリング中にトラック事故に巻き込まれたらしい。
何も思わなかった。
どうせいずれはオレもそうなる。
相続した金でオレもバイクの免許を取った。
バイクも買った。
一人であちこちまわるようになった。
目的地はどこでもよかった。

あいつはずっと部屋の片隅から動かなかった。
骨のおやつをちらつかせても動かなかった。
ご飯は食べているようだった。
食べている姿は見たことはなかったが、気がつくとお椀が空になっていた。
生きる意思はまだあるようだった。
別に死のうが生きようがどうでもよかった。

部屋の中で糞をされるのが嫌だったので、無理やり散歩に連れ出した。
一日に三回。
暇つぶしだ。
散歩はいい暇つぶしになる。

いつの間にかあいつはオレの布団の側で寝るようになっていた。
オレはあいつ用の布団を用意した。
でもあいつはわざわざ布団をどけて寝た。
不思議だった。
試しに布団の片隅を大きく空けて寝てみた。
あいつはオレの布団に入ってきた。
それからオレたちは一緒に寄り添って寝るようになった。

仕事はしていなかった。
30歳の時に新卒で入社した会社を辞めた。
それ以来ずっと再就職もせずに実家に居着いていた。
暇だった。
やることと言ったら本を読むか、散歩するか、テレビを見るか、バイクに乗るか。
そのぐらいしかなかった。
友達などいなかった。兄弟もいなかった。親戚付き合いはなかった。
天涯孤独の条件は残念ながら満たしていなかったが、似たようなものだった。
でも何をするにしてもあいつが関わるようになった。縁側で本を読んでいるとあいつが寄り添って来た。
自分勝手に道を進んで行くのでなかなか帰ることができなかった。
テレビを見ていると、膝の上に乗っかってきた。

流石にバイクには乗せなかった。
サイドカーでも買えばバイクで一緒に何処かに行くこともできたかもしれない。
でもしなかった。
しようと思わなかった。
バイクに乗るにしても日帰りばかりになった。
前みたいにテントを積んで一週間走り続けたりできなくなった。
終いにはほとんど乗らなくなった。

そんなくだらない生活が5年ぐらいが経ったところで、あいつは死んだ。
何とも思わなかった。
どうせいずれはオレもそうなる。
またバイクに乗って遠出するようになった。
本当にずっとバイクに跨っていた。
その頃から変なことが起こるようになった。

オレはサバイバル用のナイフを布団の横に置いて寝ていた。
愛用のキャンプ道具の一つだ。
それを横に置いて寝ると安心できた。
でも何故かいつも目覚めるとナイフが無くなっていた。
ナイフは色んな場所に移動していた。
台所。
縁側。
階段。
居間。
原因は分からなかったけど、気にしなかった。
いつも酔っ払って寝ていたからだ。
オレは浴びるほど酒を飲むようになった。
酒の美味さにようやく気がついた。
酒がこんなにも美味いことに今まで気がつがなかった。
オレは酒を飲んで酔っ払ってナイフを抱いて寝た。

ある日、家で酔いつぶれた日。
オレは夢を見た。
リアルな夢だった。
あいつの息遣いが聞こえた。
あいつがオレのそばに立っているのが分かった。
あいつの足音が聞こえた。
玄関の方に行ってまた戻ってくる。
そしていつものように布団に入ってきた。
いつものようにオレと体を向かい合わせて眠る。
あいつの毛の感触を感じた。
あいつの温もりを感じた。
暖かかった。
眼をあけたかった。
もう一度あいつを見たかった。
でもできなかった。
消えてしまう気がしたから。
また消えてしまう気がしたから。

一人で生きているつもりだった。
けど違った。
一人で生きていけるくらい強いと思っていた。
でも違った。
お前は知ってたんだ。
だからオレと一緒に居てくれたんだ。
今もこうして一緒に居てくれるんだ。
そうなんだろ?
オレが生かしてると思ってたのに。
オレが生かされてたんだ。
そうだろ?
分かったよ。
分かったから。
もう少しだけいいだろ?
もう少しだけ。
昔みたいにさ。
一緒に。


それ以来、あいつの夢を見ることはなくなった。
試しにナイフを横において寝ても、何処かに移動することはなくなった。
結局、たぶん、そういうことなんだろう。
オレはまだ何とか生きている。
生かされている。
それだけだ。



終わり



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