第1話

文字数 1,287文字

「殴られ屋です」
先生に父の職業を聞かれ、そう答えた。
そう答えるしかなかった。
嘘はついていない。
父は殴られてお金を貰っている。

原因は5年前の雨の日、僕が11歳の時のこと。
ゲームセンターで父とワニワニパニックで勝負していた。
初めて僕に負けそうになった父はヤケクソになり、ラスト10秒、必死にワニを叩いた。

イタッ!
イタッ!
ワニの声が響く。

イターーーーーッ!

最後の一撃、聞いたことのない声がした。
同時に、稲光が駆け抜けた。
気がつくと父も僕もその場に倒れていた。

パカッ。パカッ。

音がする。
ゲームは終わったはずなのに、真ん中のワニの口が動いている。
なぜだろう?
僕が起き上がり叩こうとすると、ワニは少し左右に動いた。
叩かれるのを嫌がっているように見えた。

「父さん、まだワニが動いてるよ!」
話しかけても父は倒れたままだった。
そこへ母がやって来た。
「父さんが、ワニを叩くのに熱中して倒れたんだよ」
「まあ、あなた、あなた行くわよ」
母はしゃがみこみ、父の頬を叩いた。
しかし全く反応しない。
何度叩いても同じだった。
次第に焦る母。
周りには人が集まって来た。

「お客さん、救急車呼びましょうか?」
ゲーセンの店長が、そう話しかけてきた。
その時だった。父はパチクリ目を覚まし、店長の手に噛みついた。
「あなた何してるのよ」
怒る母。
さらに噛もうとする父。
ゲームのワニは相変わらず、口をパカパカ動かしている。

「店長、なんでこれ動いてるの?」
野次馬のひとりが聞いた。
「え、ほんとだ」
まさか……。
僕はカバンからペンを出して、咥えさせてみた。
そしてワニの前に立ち、紙を持つ。
「ち」
「ち」
「だ」
信じられなかった。
入れ替わってる。
ワニが父で、父がワニ。
「えー、入れ替わってるー」
近所の子供が騒ぎ始めた。
母はことの重大さに気がついたようだったが、すでに遅かった。

【診断結果:入れ替わに病】
冗談かと思ったが、事実だった。

翌日、ゲームセンターに行くとワニワニパニックは使用禁止になり
一帯は工事現場のようにテープが貼られていた。
「WARNING」と書いていたのは皮肉がすぎた。

その日から父はワニのまま。
店長はワニワニパニックの電源を落とさないでくれている。

これは何なんだろう。
オモチャにされ、ハンマーの餌食になり続けたワニの呪いか?
はたまた動物界の人間への復讐か?
どうやったら助けることができるんだ。
家にいる中身がワニの父をゲームセンターに連れて行き、そいつの手で思い切り叩いてみても、戻ることはない。

父はしだいに運命を受け入れはじめた。
今では100円をもらって、喜んで殴られている。
溜まったお金は年にいちど、正月に僕の口座に振り込まれる。
父からのお年玉だ。

今日も僕は父に会いに閉店後のゲームセンターに向かう。
ゆっくり顔を出した3番のワニ。
僕が満点をとったテストを見せると口をパカパカさせて喜んでいた。
ああ、呪いなら早く解けてくれ。

そう思った時、遠くから話し声が聞こえた。
誰だ!?
声の方に向かうと、同い年くらいの女の子がいた。
「お母さん、今日ね、いい事あったんだよ」
懐中電灯の灯りの中、彼女はそう言って、モグラにテストを見せていた。
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